第九話 爛漫と咲く
――彼女の出で立ちは何時も通り、楚々としており可憐であり。
まるで、一瞬にして荒廃を辿ったこの街の変貌を前にしても、等身大の儘に厳斉の前へと佇んでいるではないか。
しかしながら、何があるかも解らない街の中を抜けてきて、彼女は本当に無事であったのだろうか。
そんな厳斉の心の内を読み取ったかのように、変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま――織渼衛は自室へと進む己へと、その形の良い花唇を開くのだ。
「ふふっ。電話も何も通じないから、結局こうして来てしまったよ。あぁ、勿論本当に傷一つ負っていないとも」
「まさか、自分の家から此処迄歩いて来たのか?」
「勿論、それ以外の手段が無いのだから仕方ないじゃないか。公共の交通機関も死んだようなものだし、私は車も持っていないからね」
そういう意味で問い掛けた訳では無いのだが、と――。
兎にも角にも、陽はまだ高いとは言え、此処は未だ表なのだ。
このまま外で突っ立って万が一にも周りから目を惹くのも得策では無いが故に、一先ず彼女を自室へと上げることにする。
「それじゃあ、折角だしお邪魔するよ」
元よりそのつもりであったという様相を隠そうともせずに、勝手知ったるとばかりに鍵を開けた我が家へと織渼衛は入って往くのだ。
とは言え、この切迫した状況をきちんと理解しているようで――何時ものように、遠慮無しに冷蔵庫を開ける様子も見られなかった。
されど昨日、コンビニエンスストアより回収することの出来た缶ジュースくらいならば余裕もある為、彼女を促し持て成す品を好きに選ばせよう。
「ジュースや菓子なら幾らかあるから、好きに出していって良いぞ」
「おや、随分と太っ腹だね。備蓄に余裕が有るに越したことは無いけれど、それならば遠慮なく戴くことにするよ」
厳斉がそう言ってから、礼を一つ寄越した後に戸棚などへと指を掛けていたようであった。
飄々としているように見えて、彼女は実に賢い才女であったりする。
当然に物の分別は付く年頃であるし、常に良く物を見ているのだ。
したがって、己の様子からしても、食い扶持にも其処まで切羽詰まっていないという事は事実であると理解した故の行動なのであろう。
取り敢えずは、厳斉も適当な缶を掴み出し、プルタブへを上げて一気に中身を飲み乾した。
先の高校での事態により、以外でも無く――随分と喉も乾いていたようであったということに、冷たい茶を流し込んで初めて気が付いたのである。
己は帰還により、そして彼女は再会によって。
一息吐くことが出来たのか。同じように傾けていた缶をテーブルの上へと置きながら、織渼衛は自宅を訪れるまでの街の様子を話し始めた。
「いやはや、昨日はお互い本当に大変だったみたいだ。私は自室に居たのだけれど、外からは凄い衝撃音が聞こえたと思えば――気を失っていたみたいでね」
「俺は街中に居たんだが、気付いた時には辺り一面地獄だったな」
「私のアパート周辺も、意識を取り戻した際には大体そのような感じで在ったよ。自室は問題無かったのだけれど、街路には炎上した車やら倒れた電柱の下敷きで潰された人で阿鼻叫喚さ」
やはり、町中至る所がこの世の地獄と化していたのであろう。
彼女の言うことは、凡そ厳斉も体験させられた諸々に相違ない。
「その上、死体に瓦礫に黒煙に此処に来るまでも惨状以外見当たらなかった――挙句の果てには、世紀末と化した暴徒にまで襲われる始末だよ」
「俺も化け物に襲われて一悶着あったが、織渼衛は本当に何とも無かったのか?」
「ふふっ。ちゃんと私の事も、心配してくれるんだね」
「おちょくるのは止せ。こんな状況だからこそ、笑い話では無いんだよ」
流石の厳斉も――自分の事は、さて置き。
親しくしている友人が、それも女性である彼女が襲われたと聞かされれば――心中穏やかであることは難しいと言わざるを得ない。
少々厳しい口調で詰めたのだが、其れの何が琴線に触れたのか。
ほんのりと嬉しそうな表情を浮かべ目を細めながら、織渼衛は己の左手を示して言ったのだ。
「――其れだよ、其れ」
「この痣は……って、いきなり何してるんだ!?」
自身の手の甲へと刻まれた紋様へと視線を落とした厳斉が再び彼女へと視線を向けると――其処には、タイを緩めて自身のブラウスのボタンを外す彼女の姿が映っていたのだから。
無論、突如ストリップを始めんばかりに上を脱ぎ始めた織渼衛を止めようと試みるが、彼女は前を開けて下着すらも晒した胸元を己へと晒して来たのである。
「別に私の肌を初めて見るわけでもあるまいに、本当に君は初心だねぇ」
「今は、そういう事を言ってるんじゃないんだよ!」
織渼衛は――薄桃色の下着に包まれた、陶器のような白い肌の膨らみを寄せるように見せつけて来るのだから堪らない。
くすくすと揶揄うように笑う彼女へと目のやり場に困る厳斉であったが、此処でその行動の意図は直ぐに理解させられることとなる。
「ほんっとうに何が――って、まさか……!」
「まぁ、君の考えている通りさ。厳斉の左手同様に、私にもこんなものが刻まれていたんだ」
柔らかで形の良い彼女の左乳房へと存在したのは、己と同じく漆黒の墨にて描かれたような紋様であった。
其れは宛ら可憐な華のようであり、花弁となる部分が裂けるように鋭利さを見せている。
此処まで見せられれば、厳斉にも言わずとも理解出来るだろう。
要するに――己同様に、発現した異常性を駆使して修羅場を乗り越えて来たとの次第であろう。
「成程、そういうことか……」
「だから、言っただろう? 無事なんだってさ」
そう考えれば無事であったことにも納得が往くとの結論へと至り、思わず安堵の息を吐いてしまった。
しかしながら、織渼衛は未だシャツのボタンを開けたまま悪戯っぽく笑みを浮かべており、
「ふふっ、其れで君は何時まで私の乳房を眺めているのかな。気になるのであれば、柔らかさも確かめてみるかい?」
「……揶揄ってないで、さっさと仕舞いなさい」
残念。でも、何時でも好きな時にどうぞ――なんて。
中性的な振る舞いをしながらも、こうして男心を存分に擽る仕草をしてくるのだから、油断も隙もあったものでは無い。
とは言え、そんな内心の狼狽を見透かされるのを気恥しくも感じてしまうのもまた事実なのだから。
己が咳払いを一つした後、ブラウスを着直した織渼衛は興味津々とばかりに聴いてくる。
「其れで、厳斉は一体どのような異能が宿ったのかな?」
「――まぁ、織渼衛相手なら見せても良いだろ」
見ず知らずの相手出るならばまだしも、実質的に身内と云っても差し支えない彼女の前であれば、これからの生存率を上げる為にも己に出来ることを開陳しても良いと判断したのである。
腰を下ろしたまま右手を晒し、其処に深い夜空の如き色彩の渦を生み出す。
そしてそのまま、先程回収してきた医療品の数々をカーペットの上へと吐き出したのであった。
「あはっ! 中々以上に、君の能力は便利そうだ。此れなら重さも数も関係なく、どれだけ物資があっても問題無く回収することが出来そうだ」
「実際、こうやって荷物を持ち帰って来たからな」
一目見て、その異能の有用性を把握していたらしき織渼衛の理解力には舌を巻く。
更には続け様に披露するようにして――文字通り全く間に、彼女の身体は不定形の光の束へと変貌したのであった。
「ふふっ。如何かな、厳斉。今の私なら、見ての通り矢でも鉄砲でも怖くは無いのさ」
「――もう何か凄過ぎて、言葉も無いよ」
パチパチと音を立てて発光する彼女の身体は、何と雷の如き――否、雷電そのものとなって、この八畳のリビングへと顕現していたのであった。
力無く蹂躙される危険性が減ったのは良かったに違いないが、己にとっての日常がまた一歩遠退いた音が聞こえたのは気の所為では無いのだろう。
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【名前】涼城 織渼衛
【性別】♀
【征痕】雷の蕾
┣【能力】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【暴力】A+【耐力】A+【応用】B【敏捷】S
┣【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【❍雷鳴と共に来たれり】
┗視界内への移動に手番を消費しない。地形効果無視。
電線、電波を辿って移動可能。
【❍我が身は稲妻】
┗瀕死状態以外において、物理的手段による攻撃を無効化。
【☑そうして君は、三千世界を痺れさせる】
┗範囲内の対象を感電させる。耐性以外防御無視。
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