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序章

 ――気が付いた時には、辺り一面地獄と化していた。

 痛む身体に、倒れて居た為か服は土埃で汚れている。

 廃墟宛らに倒壊したビルに、地べたが捲れ上がったアスファルト。

 あちらこちらに突っ込んだ自動車は黒煙を挙げながら炎上し、圧し折れた電柱の下では頭の拉げた人型が地表を真紅に染め上げていた。

 悲鳴と怒号。阿鼻と叫喚。パニックの中に、肉の焼ける匂いが漂う。

 此れが地獄で無いとすれば、一体此処は何処なのだろうか。

 何時もと変わらぬ休日の昼下がりであったにも拘わらず、気が付けば街の中では途轍もない惨劇が生み出されていたのであった。

 気を失う前に己が最後に目にした光景は、空から不自然な発行体が墜落を遂げた瞬間であろうか。

 経験するのは初めてなのだが――此れが隕石によるものであれば、如何せん衝撃が薄いように思えてしまうし。

 はたまた、他国からのミサイルで在れば、自国が感知した時点で手持ちの端末や街頭モニターを通じて、避難を呼びかけるアラートが発信されているに違いない。

 いずれにせよ。まるで理解の呼ばぬ事態に陥っていた以上、今の自分に出来ることは自身の安全を最優先に行動することくらいなものであった。

 目を背けたいのはやまやまなのであるが、周りには建物の破片で潰された死体の数々や――中にはガス爆発にでも巻き込まれてしまったのか、手足が千切れ飛んでいる不満足な肉塊まで確認することが出来てしまうのである。

 最早、何が何だか解らないが、それでも如何にか吐き散らかして体力を失う様を晒すことなく。如何にか、五体満足にて立ち上がることが出来たのは、不幸中の幸いであったのかもしれない。

 しかしながら、何時までもこの地獄の窯底で呆けているわけにも往かないだろう。

 まさか、この国であっても暴動でも起こっているのであろうかと言わんばかりの嫌な喧騒が、あちこちから聞こえてくるのだ。

 自分自身大した物も持っていないが、まだ見ぬ暴動なぞに巻き込まれては堪らない。

 軍隊や警察、格闘技どころか――碌に殴り合いすらしたことの無い身なのである。

 この混乱極まる街の中で、この惨劇を機に暴れ回っているかもしれない危なげな輩と遭遇するなど心底御免被りたい。

 加えて、辺りを見た限りでは死体に死体――死体の河である。

 自身と同じく己の脚で立ち上がり非難を試みている人々は、見ての通り問題なく行動しているようであったが――既に素人目に見ても事切れていると思わしき倒れ伏した者達のことは、申し訳なく思いながらも放置するしか無いのであった。

 念の為。懐より通信用の端末を取り出してみるものの、やはり電波は駄目になっているようである。これでは一切の通信が出来ぬのだから、警察も消防も呼ぶことすら困難を極めるのであった。

 そうこうしている内にも、遠くから聞こえて来たらしき怒号や爆発音が徐々に近くでも発生しているように聞こえて来たのだ。

 このままでは、もしや良からぬ輩が――己の居るこの公園内にも踏み込んでくるかもしれない。

 なれば、脚が問題無く動くことを確認した後、一目散に遠く離れる選択を採ったのは決して間違いではないと思いたかった。

 何処を見ても同じよな惨状に苛まれている以上、特定の場所が安全であるとは言い難い現状なのであろう。

 故に安心の当てがある訳では無いのだが、どうせならば慣れた場所が少しでもマシでは無かろうか――と。

 暫く離れた自宅を目指して、ただ只管に走り続けたのであった。

 見れば見る程焦りと恐怖に支配されると思ってしまい、周りには目もくれず――一心不乱に、大学生となってから独り暮らしをしている単身用のアパートへと向かって往った。

 ビルが崩れるくらいなのだから、あんな古ぼけたバラックなど既に駄目になっているのではなかろうかなんて考えは、出来得る限り頭の中から追い遣る様に脚を動かす。

 必死に。走って、奔って――何振り構わず駆け抜けて、気付けば自宅へと辿り着いていたのであった。

 運が良かったのかは解らぬが、襤褸の割には少しも倒壊の兆しを見せていないアパートへと安堵しながら、錆びた階段を駆け上がる様に素早く二階へと昇り、鍵を開けて部屋へと飛び込んだ。

 手の震えなぞは如何にか無かったために、そのまま鍵をかけて一息吐くように玄関へと座り込んでいたのであった。

 ――そして、ふと気が付く。

 鍵を握ったままであった己の左手の甲へ、何時の間にやら――まるで見知らぬタトゥーのような痣が刻まれているでは無いか。

 円形の黒い輪が、宛ら刺青の如く。その存在を自身へ向けて主張しているかのように感じられてしまうのは、一体全体何なのであろうか。

 理解も及ばぬ内に訳の解らぬ事態へと巻き込まれ、こうして望まぬ非日常へと街ごと放り込まれてしまった。

 日中である筈にも拘わらず、既に心身共に疲れ切っていたが為に――そのまま寝室へと向かい、倒れるように眠ってしまったのは致し方の無い事であったのだから。

 そうして、知らず知らずの内に――既知の崩落と共に、世界は再誕を遂げたのであった。

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