7話
まずはエリアお姉ちゃんの部屋に通され、「今日からはここが私とレンの部屋だ」と言われた。超高級ホテルのスイートルームみたいな広さの部屋。これだけ大きかったら二人で住んでも十分足りるけど、僕の個室はないの?小さくていいからほしいんだけど。
その次にエリアお姉ちゃんの妹フレアさんに挨拶した。今年二十歳らしい。見た目はエリアお姉ちゃんを若くしたような美人さんだけど、性格は真反対とのこと。暇さえあれば出かけるエリアお姉ちゃんと違い、部屋にこもることが多いんだとか。政治とかには全く興味がなくいつも難しい本を読んだり、何かの研究をしていて、周りからは異端児扱いされているんだって。挨拶がてら握手をすると、「わわわ、レン君の手やわっこいね~。いつでも遊びにおいで、おいしいお菓子あげるよ~」だって。めちゃくちゃいい人そう。
でも部屋から出た途端、エリアお姉ちゃんが僕に忠告してきた。フレアさんは、とんでもないベッドヤクザなんだって。男も女も見境ないらしく、メイドの間でもたいそう恐れられているらしい。
そして僕たちは今、ミアちゃんの待つ離れに向かい歩みを進めていた。
「レンのためを思って言っていなかったが、昔のミアとは少し変わっているかもしれない。どうやらコールズはミアに暗殺などの仕事を任せたかったみたいで、色々と教え込まれたらしい」
「・・・そうなんだ」
ミアちゃん・・・そんなことになってたんだ。大丈夫、お兄ちゃんが行くからね、もう安心だよ。
「ほら着いたぞ。扉を開けてやれ」
「う、うん」
緊張する。でも僕はお兄ちゃんなんだ。ミアちゃんがどんな風になっても絶対に見捨てたりしないから。
扉に手をかけ、そおっと開ける。そこにはミアちゃんがいた。髪はぼさぼさで少しやつれてるけど、間違いなくミアちゃんだ。
「ミ、ミアちゃん。お兄ちゃんだよ、レンだよ?」
椅子に座ってぼおっとしていたミアちゃんの視線がこちらを向く。僕を捉えると、驚いたように目を見開き、口を開ける。パクパクと何か言いたげだが、言葉が出てこないようだ。
そのままミアちゃんに近づき側まで寄る。
「もう大丈夫だから。僕は無事だし、これからはずっとミアちゃんの側にいれるよ。エリアお姉ちゃん、女王様がそうしてくれるんだ。ミアちゃんを奴隷からも解放するし、もう何にも心配要らない」
ミアちゃんをそっと抱きしめる。
「おにい、ちゃん?、、、お兄ちゃんなんだよね。ウソじゃないよね?」
「ほんとだよ。ミアちゃんのことが大好きなお兄ちゃん。レンだよ。ほら、あったかいでしょ。これが現実の証さ」
「うん、、、うん、、、。あったかい、、、。ほんとにお兄ちゃんなんだね」
ミアちゃんは涙と鼻水でぐしょぐしょみたい。後で目拭いて、ちーんしないと。全く世話のかかる妹だよ。
「私ね、私ね、ずっとお兄ちゃんは生きてるって信じてた。だから王都まで探しに行って、お兄ちゃんの働いてるところまで突き止めたんだよ。王都のおっきい商会の人が、お兄ちゃんのこと話してるのをこっそり聞いて、それで。それからコールズってところの人に誘われて、お金稼いで、お兄ちゃんの身請け金を溜めようって思ったの。でも、捕まっちゃって、、、それで、奴隷になっちゃって。もうどうしていいか分からなくなって・・・」
「うんうん、辛かったね。頑張ったね。僕のために。でももう安心だよ。これからは側にいるから。エリアお姉ちゃん、女王様がそうしてくれるんだ。奴隷からも解放してくれるって。だからもう大丈夫」
ミアちゃんの頭を撫でながら、ゆっくりと落ち着けるように言う。
落ち着くまで、しばらくはこのままいよう。
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少し時間を置いた後、僕たちは3人で話し合っていた。
「ミア、お前がレンのためにコールズに入っていたことは分かった。しかしな、だからと言って世間の奴らは許してくれん」
「はい、ご主人様」
一応今のミアちゃんは奴隷で、飼い主はエリアお姉ちゃんだからご主人様呼びらしい。
「私はお前がどうなろうと構わないんだが、そこのレンは違ってな。あることを条件に奴隷からの解放を提案してきた。優しいお兄ちゃんだな」
「お、お兄ちゃん。そんなに私のことを!」
うるうるした目でこっちを見てくるミアちゃん。うん、かわいい。でも今は真面目な話だからちゃんと話聞こうね。
「その条件というのはな。私とレンが結婚をすることだ。そこで私から恩赦を出してお前を解放する。簡単だろ?しかもその後はレンの専属メイドに雇用してやろう。暗殺のイロハを学んだお前ならレンの護衛もできるだろ?」
さっきまでの表情が一転。ミアちゃんの顔が真っ青になる。
「け、結婚?私とお兄ちゃんじゃなくて、ご主人様とお兄ちゃんが?、、、あはは、何かの冗談だよね?」
「・・・まあどうせ今は私の奴隷だから拒否権はないんだ。わざわざ事前に話してやってることすら本来はないのだから感謝するべきなんだが。とにかく、私はレンと結婚する。それは本当だ」
「ミアちゃん。でもこれはミアちゃんを救うためでもあるんだ。だから納得してほしい。このままじゃ、奴隷としてこき使われて、悪いご主人様に当たれば死んじゃうんだよ?僕はミアちゃんにそうなってほしくないんだ」
だからさ、そんな顔しないでよ。
「私は、、、お兄ちゃんが取られるくらいなら、死んでもいい」
「ミアちゃん、、、そんなこと言ったらだめだよ。命はもっと大事にしなきゃ」
そこまで思ってくれるのは嬉しいけど、ダメなものはダメなんだよ。ミアちゃんはまだ小さいから、直情的に動きすぎだ。だからコールズなんかに入っちゃうんだよ。判断力のある大人ならそんなことしない。
「仮に、仮にだよ?ミアちゃんが死んでも僕は結婚するよ。それでもミアちゃんは死ぬの?」
ここはお兄ちゃんとしてしっかり言わないと。
「嫌だ、でも結婚も嫌だ。お兄ちゃんが取られるなんて耐えられない」
そこでミアちゃんが泣く。
・・・ミアちゃん。それは無理なんだよ。二兎を追うものは一兎をも得ず。死ぬことが一兎に例えられるかどうかは置いといて。どっちもなんて虫のいい話はない。
「さっきから黙って聞いていれば!お前は奴隷だ。レンを困らすな。これは主人からの命令だぞ。逆らえば殺す」
「エリアお姉ちゃん!それはいくら何でも!「レンが甘やかすからだ!!!」」
もう行くぞ、とエリアお姉ちゃんに手を引かれ部屋の入口へと向かう。
扉が閉まる瞬間振り返ると、そこには赤く泣き腫らした目で僕とエリアお姉ちゃんを睨んで、小さい声で口を動かしていた。
ーー殺してやる。お兄ちゃんを奪うやつは殺してやるーー
口の動きがそう言っている、ように感じた。