95:覚悟と覚悟ぶつかりしとき
マリスは何を思ってか、グレイスを叩き起こして2人の因縁の決着を申し出るのだった。
『起きろ。 グレイス・アルマン』
「なによ、マリス。なんか緊急事態?」
マリスに急に起こされた私は不機嫌になりながらも目を開けると、マリスはいつも以上に真剣なまなざしをこちらに向けていた。一体何があったんだ。
『貴様との決着をつけるときだ』
「は? 私たち、まだつながったままでしょ。 そんなことしてもどっちみちあんたも死ぬでしょ」
『今貴様と問答する気はない。さっさと行くぞ』
マリスは実体になると、私の腕を掴んでは外へと引っ張り出していく。
こいつ、本当に正気なのか? だが、彼の眼に偽りも迷いもなさそうだった。
『ポシェットを置け。素手で来い』
「素手って、どういう状況よ」
文句を言いつつも、私はマリスの言葉に従いキックスの家の庭にポシェットをボトッと落とした。きっと、彼なりの訓練なんだろうと思った。
あの優しい目をしたマリスは信じていいはずだ。
「はい、これでいいよね? 戦闘訓練ならそうい......」
笑いながら言い終わる直前、マリスの拳が顔の横まで来ていた。その風圧でか、頬から血が垂れている感覚に襲われた。私はその腕を掴み、マリスを近づけて腹部に蹴りをいれた。
『これが、痛み......。以前からも体験しているが、お前が契約で失い私が得た感覚となった。これが恐怖につながる感覚か! 面白い!』
「こちとら、その痛みがないせいでどれだけ傷ついても穴が開いても気づきもしない! あんたのおかげでね!」
よろめいて後ろへ下がるマリスを私は正面に近づいて顔面を殴る。私も殴られていないにも関わらず顔がマリスと同じ方向に曲がっていく。やはり、私たちはまだつながっている。でも、こっちは痛みがないからわからない。自分がどれくらいの力で殴っているのかも。
「どうしたの......。はやくかかってきなさいよ! あんたが望んだ戦いでしょ!」
『私は、すべてを手に入れたい。人間の感覚すべてを体験したい! これほど楽しいことがあっただろうか......!!』
マリスは私に向かって蹴りを入れた。力は圧倒的に向こうの方が有利。吹っ飛んだ拍子に倒れ込んだ私に馬乗りになったマリスが私の顔面をタコ殴りにする。
『貴様は私にどれだけ殴られようが痛みはない。その反動が私に返ってくるだけ......。不平等だ。だが、私はその不平等を受け入れよう! 私が悪魔、マリスが生きているという証明だからな!』
マリスがカタカタと笑っていると、彼の背後からサバトが自分の持つ槍を横に持ち首を絞めるようにマリスの首にひっかけて私からマリスを放していく。
「君にグレイスと共に生きる資格はない。僕は今度こそ、お前を殺す! マリス!」
『ほう、私を殺せばグレイスも死ぬということも承知でか?』
「そうだ! 僕はこれまで勇気が足りなかった。君たちに甘えてばかりいた! だから、僕は決めたんだ。グレイスが誰かに殺される前に、守れる自分になるって! そのためならマリスと戦う、つまりグレイスを傷つける覚悟が必要だ。今はそのための戦いだ!」
自分の首にはくっきりとサバトのひっかけている槍の形にボコッとヘコんでいる。私は、サバトを振りほどくマリスの背中を引っ張り、その顔面に拳を食らわせた。
「これは私たち二人の問題なの! 邪魔しないでよ!」
「いや、いくら君の頼みでもこればかりは受け入れられない。天使にも負けるような悪魔に君を任せられるか」
『私が天使に負けていた? あの状況でか? 寝坊助がよく言う』
3人でにらみ合っていると、キックスの家から頭の包帯が取れないまま刀身の長い刀を引きずるレイアさんがこっちを見つめていた。
「皆さんもどうやら同じ気持ちのようですね。あそこまで天使にやられてしまうのは私も初めてでしたので......」
手にもまだ包帯を巻いており、刀を両手で持つのがやっとのレイアさんは苦い表情を浮かべながら私たちの方へ向かう。
「私も強くなります。より、部下に顔向けのできる領主になるために......。お手合わせ、願います!」
「僕たちは遊びでやってるんじゃないんだ!」
『邪魔が多い。グレイス、場所を変えるぞ』
「させるわけないだろ。悪魔」
「隙アリです!」
レイアさんが刀を一振りすると私たちは一気に吹き飛ばされた。裏庭が少し広くて助かった。誰もいないからいいものの、ここは適地だ。こんなところで派手に戦闘していては何者かに見つかってしまう可能性が高い。
レイアさんはさらにマリスの元に向かい、自分の件を振りかざす。だが、彼もまたただやられるわけにはいかなかった。刀を片手で受け止めて立ち上がる。
「いい加減にしろ、貴様!」
「流石です、マリス。あなたとは一度戦ってみたかった。あそこで死ななかったのが幸福でした」
「それは僕が自分とキミに氷の魔法で心臓を一度凍らせたからだろ! 少しは僕に手を貸してくれてもいいんじゃない?」
レイアさんとサバトでマリスの奪い合いが始まると、マリスは二人を鉄拳制裁で数秒も経たずに倒し私の脇を持ってレイアさんとサバトのいない場所へ移動しようとするも、二人はまだ諦めていなかった。
「二人とも、マリスのこと好きすぎでしょ」
『嫌いなだけだろ』
レイアさんの刃とサバトの槍が重なり、私の拳とマリスの拳が重なり、お互いがお互いの命を狙いあっていると、奥から一閃の突きが襲って来た。そのただ一閃に私たちの身体が止まり、腰を落としてしまう。
「治った途端に仲間割れか。君たちというのはなぜこうも野蛮なんだ」
キックスが剣を収めると同時に私たちの身体の自由が利くようになった。一体何をしたんだ?
キックスに睨みつけられながら彼の家に戻ると、ジーンが出迎えてくれた。
「みんな元気になりすぎでしょ......」
ジーンはあきれ笑いをみせながらも私たちにまたも薬草を私たちに渡してくれた。彼女の介抱の技術は、革命軍で培われていたこともあってかとても適切だ。感謝してもしきれない。だが、マリスだけはそれを受け取らなかった。
『私はいい。グレイスの1人分で事足りる。いざという時にとっておけ。それよりグレイス、先程の決着がまだだったな』
「何言ってんのよ! まだやる気なの?」
『ここでやったとしても、邪魔が入るだけだ。だから、この勝負貴様に預ける。決着が着くまではいかなる敗北も死も私が許さん』
彼の言葉で私の喉は熱く何かがへばりついたように話せなくなった。私はただ、その何かを飲み込み頷くだけだった。
その様子を見た後、キックスは不服そうに喋り始めた。
「勝手にやってくれ……。とにかく、君たちを迎えにくるよう彼女が革命軍に要請してくれたそうだ。これに懲りたら、もう天使に関わらない生き方を見つけるのだな」
「この世界にいる限り、私たちにとっての幸せは訪れない。第一、逃げても私にはこいつがいるもの。絶対追いかけてくるわ」
「ウラノス様やセイネプトス様たちなら、やりかねんな。彼らは安住をこの世界に求めているからな」
「どうにせよ、作戦を立て直す必要がありそうですね」
レイアさんが言うと、彼女のすぐそばから黒い魔法陣が床に現れた。
そこから革命軍のマルファスと、竜人ニーデンベルグが姿を現した。
敗北の傷は癒えぬまま、グレイス達は革命軍の元へ帰ることに。彼らを見守るキックスは彼らの拠点に興味を示していた。




