89:分かり合えぬものと分かり合えるもの
グレイスたちはユピトリスの作った木の牢獄に閉じ込められた。その中にいたのは自分たちだけではなかった。
ユピトリスは、私たちの考えている以上に理解の及ばない存在だった。
私たちは説得も共存も諦めて、彼と戦うことに決めたもののどうやってやつと戦えば......。
奴の弱点はなんだ?
「周辺10キロを木々で覆い塞いだ。ここから逃れることはできない。グレイス・アルマン、天使に反旗を翻すもの......十分に抹殺対象だ」
やはり、逃れることは許されないみたいだ。
周りはもう、木々に囲まれてしまっていて身動きを取ることはできなくなっていた。
しかも、みんなとはぐれてしまったみたい。
「まとまって戦うと不利です! バラバラに戦いましょう」
レイアの声は聞こえるものの、姿が見えない。どこから話しているんだ?
私は目の前にある壁となった木の幹を叩いてみる。
「レイアさん? 返事してください! 一度合流した方がいいよ! 敵に分断されてるんだから!!」
「人間は惑う。木の葉の擦れや枝のたゆませた音を人間の声と勘違いする。私は、そんな人間を導く存在」
風に吹かれてたゆむ木の枝と葉音と共にユピトリスの声があたり一面に響き渡る。さっきのレイアさんの声もこれで惑わせていたということ? じゃあ、他の子たちも同じようなことを?」
「ユピトリス! どこにいる! 出てこい!」
『グレイス、下だ!』
マリスが現れた瞬間、木の枝ががっしりと私の足首を掴んで引っ張る。勢いに負けて私は背中から地面に倒れてしまいそのまま引きずられていく。
「くそがぁ! お前の好きにされてたまるか!」
引きずっていく木の枝に何度も銃を撃ち放つ。だが、その瞬間に次の枝が私の足を捉えていく。
生半可な力じゃこの枝は撃ち落とせないってことか。
『何を考えている! 魔力最大出力で撃つつもりか! お前の身体が持たないぞ!』
「わかってる! そんなことやるわけないだろ!」
どんどんと奥へ奥へと引き摺られていく。それなのにだれにも会うことはない。ジーン、サバト、レイアさん......。みんな、どうしてるの。
自分の銃に多くない魔力を込めて、その枝に解き放つ。弾丸は枝をはじけさせて何とか自由を取り戻せた。
『グレイス、ここはなにかおかしい。いけどもいけども、人の気配がない。他の奴らはどうした』
「わからない。そもそもここがどこなのかわかってない」
私は、周りを見渡してみた。最初は王都より北上した先にあるっていう森なのかと思い込んでいた。
だが、今はどうだ。地面だと思っていたものは、触ってみたらすべて木の幹から生成されているようだ。
「ここは、私の世界です」
突如として目の前にユピトリスが現れた。さすがに二度目は驚かないとは思ったけど、少し後ろに下がってしまった。彼の言う自分の世界ってなんだ。
「は?」
「中に入った時点であなた達は私の所有物であり、供物なのです。ここではだれもが平等になれる。これがあなたのいう幸せなのでしょう?」
「そんなわけ!」
ここから脱出しないと......。私は相手に感づかれないようにユピトリスの目を見ながら後ろへと下がっていく。すると、なぜか背中に何かが当たった。壁か?いや、この感触は生物のそれだ。
「なに? グレイス・アルマン......。きみだったのか」
「ウィナス? ここで何してんのよ」
「少し、美の価値観の違いでね......。彼は人間の美しさを理解していない。人間は生きていてこそ美しいのに」
こいつ、人間を殺しているくせになにを言うんだ。ウィナスのひょうひょうとした表情に少しイラつきながら彼を見つめる。
「天使なんてみんな一緒でしょ。人間を食い物にして、殺すだろ」
ウィナスに集中していると、もうすぐそばにはユピトリスはいなくなっていた。
「僕はいなくなった彼と違ってそんなことしないよ。自分で人間に手を出したこともないからね」
「こいつ......。でも私の家に来たとき、私が狙いで来てたんだろ?」
「うーん、確かにそうだね。 人がいるか確認して来いって国王がうるさかったからね。君の父親は国の闇の歴史を知る人間だから、確実にその血筋の人間は根絶やしにしろっていう命令だったんだ。でも、僕はあの家の美しさと、君の華麗さに見惚れてやめちゃった」
にしては、こいつの立ち位置がよくわからない。普通に王の側近として堂々といたし......。
そう思っていると彼は、余裕そうに座り始めた。こいつは一体なにを考えているんだ。
「おいおい、なにしてんだよ。あんたもここを出たいんじゃないの」
「出たいよ? でも、僕一人じゃどうにもできないよ」
こいつは放っておくか。そう思っていると、マリスも同じように思ったのか彼に見向きもせずに自分たちを囲む木を叩き始める。
『グレイス、こいつに構っている暇があるならここから出る方法を探れ。力づくでもここから出るぞ』
「そんな美しくないことをしても無駄だよ。そんなことなら僕でもここを脱出することができるさ。さあ、君たちだけでもどうにもならないならどうすればいいと思う?」
こいつは私たちから、自分にここから脱出する手助けをしてほしいと言わせたいのか?
そう思うと、彼の表情はずっとこちらを見つめながら皮肉めいた笑みを浮かべている。
「あんた、ほんとに嫌な奴だね」
「美しい僕に免じて赦しておくれよ。さあ、どうする? ここから出るために僕の手を取る? それとも取らずにここに立ち往生するかい?」
私は彼の手を取り、立ち上がらせた。そして、少し背の高い彼をグッと引き寄せる。
「今だけだからな」
「了解」
そういうと、彼は手のひらを上にして風を集めだした。流動しつつも球状に変形した風を周りを囲む木に当てていく。
「なにしてんの?」
「木を風化させる。少しずつだが、表面のもろくなったところを君たちの美しくない馬鹿力でなんとか切り開いていけ」
「結局力技じゃない」
「でも、僕がいないとこの木の太さと多さでは時間がかかりすぎる。手間暇をかけずに行くなら僕と一緒に脱出するほかないね! ささ、次の木の枝が風化した枝を覆う前に早く崩したまえ」
癪だが、今は彼の指示に従うしかない。風化し始めた木の枝を崩すと、まだ年輪しか見えなかった。マジで表層部分だけだったのかよ。手ごたえあったと思ったのに......。私とマリス、そして使い魔たちと共に木の枝を殴り、奥へ奥へと進んでいく。
ウィナスと共にユピトリスの手中から脱出を試みるグレイス。彼女らは、たとえどんな困難であろうとそれを打ち砕いていくだろう




