88:ユピトリスと革命軍
目覚めると、そこは木々に囲まれた場所だった。
マトハルに近いのかも、そもそも自分たちがいた世界なのかもわからない。
そんな不思議な感覚にグレイスたちを襲った。
次に目を開いたときは、自然豊かな森の中だった。その中に、異様に白い服が目立つ男が一人ぽつんと佇んでいた。ここは、どこだ?
「まずは、強引にこの場に運び出したことを謝罪する」
彼は木の幹を集めて、椅子のようにして静かに座った。あまり謝罪しているような姿勢には見えないが......。彼は、続けて私たちに話しかける。
「話をもう一度整理しよう。君たちは、自由を追求し我々天使の管轄からの脱退を望んでいる。それについて天使と議論したいということだろうか?」
「ええ。私たちは私たちのルールで生きる。あなた達の食料のために生きているんじゃないわ」
「死を迎えれば必然と我々の食料となる。むしろ、より上品な魂に仕上げるため魔力を提供している。魔力は現世の人間が生きるための必須条件だ。それは、君たちの言う『win-winの関係』というものではないのか? 何が不満なのだろうか」
この世界の人間には生きるために自然が必要であると同時に、魔力が必要だ。それは自分のここ十数年の人生でもよく理解しているつもりだ。だが、もしそれを必要としない世界が作れるとしたら?
オレがいた世界でも魔法がなくても戦争も起きていたし、自然なんて気休め程度しかない。それでも、魔法がなくても生きていられる。そういう世界だ。
「私は、その魔法のせいで悪魔と引っ付いているんですけど? 十分害なんだが?」
「それは君個人の見解だろう? グレイス・アルマン」
「少し、いいですか?」
レイアが、ゆっくりと手を挙げてきた。彼女はようやく身の回りに起きたことを整理して目の前にいる天使の前まで歩いていく。歩いていくたびに地面に埋まっている木の幹が彼女を避けてユピトリスまでの道を示してくれていた。
「私たちは革命軍として、魔法を使用しない方法で街を復興したり作物を育ててきました。口にすることは簡単ですが、十分に難しいことと自明しています。ですが、現実的に可能であると結論付けました。つまり、これまでの協定関係を破棄してもこちらとしては全く不利益がないです」
彼女の透き通ったまっすぐな声はユピトリスを捉えて離さない。私はその言葉に驚きはそこまでなかった。革命軍が拠点を拡大していくのを見ていても魔法を使っていないし、その地でも作物を蓄えラテていた。だからこそ、ここまで戦争になっても耐えられてきたし首都のような飢餓は起こしていない。
「なるほど。つまり、あなたたちは天使は必要ないと。私のような者は必要ない......。はぁ、それは......人間の傲慢でしょう! その傲慢さゆえにあなた達は地の天使を葬った! だから、肥沃な大地はやせ細り、マトハルの住人は飢餓で苦しんでいるのです! 大地の恵みがなくなり、飢えがあるのはあなた達人間の傲慢さが生んでいる!」
急にユピトリスは柔和な表情からコロッと変えて逆鱗に触れたかのような鬼の形相になっていた。
だが、彼にはまだ冷静さがあるのだろうか。攻撃はしてこない。ただ、鋭利な木の枝が自分の首元まで下がっているような気がした。
「それは単純に首都の人間が作物を育てる力を持っていないだけだろ! 人間が傲慢だからというのと関係ないだろ? お前、何を寝言言ってんだ」
「人は飢えます。飢えは、信仰の揺らぎの証です。信仰があれば満たされます。それは私たちが信仰に応え、魔力を与えているからです。魔力があれば食を通じなくても人は生きられる。それを、『ものを食べる』という下品で非合理的な考えをよく言ってられるものだ。吐き気がする」
ここまで考えが違うとなると、理解が追い付かない。飢えは信仰の揺らぎだの、食べることが下品で非合理的だなんて考えたことがない。だが、目の前にいる天使はつぶらな瞳で見つめ、首をかしげている。自分の言葉が当たり前だと信じて疑いのない澄んだ瞳が私たちを刺していく。
「これは私たちとは到底理解できない発想ですね。これらと共存する方法などないと言っても過言ではないかもしれません」
「賛同する。我々天使は人間との共存は望んでいない。対等ではなく主従関係を我々は望んでいるのだからな。家畜と人間が同じ権利を与えられていないように、君たちに権利は与える必要はない。主従関係を破棄するというのであれば、暴力的処置もやむを得ないだろう」
ユピトリスが手を大きく広げていくと、木々が動き始めていった。木の幹がうねうねと大蛇のようにユピトリスの元に集まってきたかと思うと、彼を持ち上げつつ私たちに鋭利な枝先を素早く伸ばしてくる。
「話し合いではどうにもならなそうですね!」
「そうみたい......。ジーン、あなただけでも逃げて」
身体全体を震わせて目をつぶるジーン。彼女に容赦なく枝先が襲おうとするけど、そこはサバトがカバーしてくれたみたいだ。私は、迫りくる大量の枝を切り裂き、サバトとジーンの元へ駆けつける。
「大丈夫? サバト、ジーン」
「僕は大丈夫。 彼女を連れてここを離れる。君はレイアさんと天使の方を」
「頼むわ」
サバトがジーンを連れ出そうと彼女の手を引っ張ると彼女はぐっと止まる。
それと同時に木の枝が私たちの周りを囲んでいく。道をふさがれたのか!
ジーンはそれを見て、うつむきつつも握りこぶしを震わせていた。
「......だ」
「え?」
「いやだ! 私も戦う! 私もお母さんやお父さんみたいに!」
私は、彼女の肩に手を置き彼女を説得する。
「あなたは、戦いに来たんじゃなくてお父さんとお母さんの黒化の治療法を探しに来たんでしょ? なら、戦わなくていいじゃない」
「一人で行って天使に襲われちゃったら意味がないもん! 今、ここで戦わないと私が死んじゃうから戦う力を身につけたい!」
そう......か。大事なことを見落としていた。私自身が彼女を守るから、サバトが守ってくれるからいいと思っていた。でもそれじゃ、天使の考えと同じなんだ。それこそ、彼の言う傲慢な人間なのかもしれない。彼女の意思をここは尊重するしかない。
「わかった。でも、無茶しないで......」
「うん! お母さん、力を貸してください。 私と一緒に戦って! バジルちゃん!」
ジーンが取り出した鏡からはバジリスクが飛び出してきた。きっと、エリエさんが持たせていたのだろう。バジリスクは彼女の周りにある枝を刃のような切れ味の翼を利用して切り裂いていく。
「自然そのものである私に牙を向けるとは、非常に愚かな存在だ。仕方ない、一度滅ぼすしかない」
愚かでも、生きていきたい。そして、幸せに暮らしたい。
それが叶うというのであれば、私は戦い続ける!
天使とは分かり合うことはできない。




