87:王国の崩壊と分裂
グレイスは宿敵といえるルシエル復活阻止のために天使との対話を望んだ。
たとえこれまで自分が憎んだ相手であったとしても、そして相手に憎まれていたとしても......。
自分の幸せをつかむためには、矛盾を孕むことをしなければらないのかもしれない。
王国へ旅立とうとして歩み始めていると、遠くから私たちを止める声が響く。
「待って!」
振り向くと、そこにはジーンが旅支度をした様子で走り疲れていた。
「え、どうしたの?」
「私も、行く」
「急にどうしたの。さっき手、挙げてなかったじゃない」
そういうと、彼女は首を横に振り少し息を整えた。
「挙げられなかった。でも、お父さんとお母さんが少しでも長く生きられる方法が、外にあるのなら私はあなた達と共に行きたい。そう思ったから」
そういいながら、彼女の荷物から本が出てきた。それは、かつてエルフの村で出会った魔法について勉強熱心だったキオナの遺した魔導書だった。彼の遺したものがジーンを焚きつけたのだろうか。その気持ちは無下にはできない。
「わかった。行きましょう」
そうして、急遽加わったジーンそしてサバト、レイアと共に王国へと目指すことになった。
......王国にたどり着いた私たちが見た光景は、想像以上に荒み始めていた城と疲れ切った戦士たちの姿だった。都市部のためか、私たちがいた街よりも人気が多い気がするがそこに活気も生気も感じられない。
「ここが、マトハル? 噓でしょ?」
私は思わず口にすると、サバトもすぐに反応した。
「ペスートの進行のせいというより、別の意味で疲れているような......」
そう言っていると、人がぽつりぽつりと私たちの来た方へ向かってくる。
なにがあったんだ? 私は、一人の男に話しかけてみた。その男は身なりはボロボロで頬もやせこけ、重そうに両手で荷物をさげていた。
「どこへ向かうんです?」
「南は、ここよりもまだ安全な街があると聞きまして......。そこへ向かおうとしております」
「南? もしかして、ソルの街?」
「え、ええ。もしかして、みなさまはそこから? もしやあそこもひどいのですか?」
男はおびえるように私たちにすがる。私たちがそこから逃げてきたのだと勘違いしているのかもしれない。彼の様相を再び見てもどうもおかしい。私たち以上に目は虚ろでどこを捉えているかわからない。肉付きもとてもではないがいいとは言えない。そんな人を向こうで待っているアリス達が無下にしないだろう。
「いや、私たちは別件でここまできただけで。多分、そこならあなたを受け入れてくれると思いますよ」
「ああ、よかった。まだ、救いの天使はいらっしゃったのですね。ありがとう」
男は地平の彼方へと去っていった。都市部でもこんなにもひどいのか。彼は天使に救いを求めていたけども、彼らを信用していいものか。少なくとも私はあまり信用していない。
「......。こんな世界になっても天使に救いを求めるのね」
男は、お礼をいいながら立ち去っていった。私は、彼とは反対に城へと向かっていく。
城の周りには疲弊した兵士や、魔人が座り込んでいるようだ。だが、それを諫めるような声が響き渡る。
「何をしているか! 我々が今国を守らなければならないのだ! この国の再興のため!」
城から降りてきたのは、鎧を着ていなくて一瞬分からなかったけどキックスみたいだ。
彼もまた、ボロボロでありながらも自分自身の守るべき正義を貫いているようだ。
「キックス、よね」
「グレイス・アルマン、君か......。今は、君たちと争っている余裕はない。お帰り願おう」
「そういうわけにはいかないわ。私たちは、戦いをこれ以上しないために天使に会いに来たんだから」
「戦いをしかけたのは君たちじゃないか。君はなにを言っているんだ? 君たちが私たちのように天使と迎合すればいい話だろう!」
彼の怒りは、私の胸倉まで届く。 だが、その掴んでいた腕をレイアが静かに取り押さえる。
「戦争が始まったのはまぎれもなく、革命軍というものが生まれたから。それは決して間違いではありません。ですが、現に我々と同じように前の生活に疑問を抱くものもいるのも事実。ここは、話し合いで解決するしかないかと」
「だとしても、我々はあくまで天使ウィナスの管轄下の人間だ。彼無しにお前たちと話し合うことはできないし、こっちは飢饉状態で手一杯なんだ」
レイアに抑えられていた手をスッと自分の方に戻して、キックスは目を泳がせていた。ふと、彼の目がとどまったので、その方を見るとそこには見知らぬ青年が立っていた。男は身なりがよく、全体的に白を基調とした服を着て我々を見つめていた。突然、その姿が消えたと思うと、私の目の前に姿を現した。
「こんにちは」
青年は、清廉そうな声でありながらどこか機械的な抑揚で話しかけてきた。
「うわぁっ!」
思わず、私はしりもちをついてしまった。サバトに支えられながら再び立つと、青年がお辞儀をした。
「これは失礼。長い間、眠りについていたもので人間との距離感を忘却していた。私の名は、ユピトリス。五属聖が一つ、樹木の天使です」
いきなりの登場と礼儀正しさで、気味が悪いけどもこの異質な感じと人外的に美しい容姿を見るに言っていることに嘘はないみたいだ。でも、この瞬間移動能力前にも体験したぞ。
「まさか、あなたルシエルが成り代わっているんじゃないでしょうね」
「ああ、ルシエルか。彼は私よりも優れているのです。自分は、ただの木枯らしによる分身です。こんな、こんな自分と! ルシエルとを一緒にしないでもらえますか! なんと劣った能力! 今、考えただけで自分の力の無力さに怒りさえ覚える!!」
そう言って彼は首をなんどもなんども掻き毟った。白い素肌に血が鮮明に爛れ堕ちるまで......。彼の狂行をただ茫然と見守っていると、彼はすんなりと現実を受け止めて紳士的な口調を取り戻した。
「羞恥な部分を見せた。なにぶん、彼は私にとって一番嫌いな存在ですから。申し訳ありません。ああ、話し合いの件でしたか。ウィナスに代わり、私が代理としてお請けしましょうか? 王国騎士団団長、キックス・レオパルドくん」
そういうと、キックスはたじろぎ首を縦に振らなかった。
「いや、これは管轄外の天使であるあなたの出る幕では」
「いえ、これはウィナス直々の申し出なので。美しい解決、それができるのが私しかいないと」
きな臭い微笑みを全員に振りまくユピトリス。彼は信用に足るのか、でも話のできそうなのは確かだ。
「なるほど、ウィナスが頼んだというなら私は口をはさめませんね。お願いします」
「ありがとうございます。では、話し合いのできるよう場所を変えましょう。革命軍の皆さん」
そういうと、彼は指を鳴らした。その瞬間、木の根が生物のように蠢きだし、私たちを捉えてどこかへ連れて行こうとした。体の自由も、視界の自由も奪われ、ただ城から離れていくような感覚だけが体全体に絡まる幹から伝わるだけだった。
突如として現れた樹木の天使であるユピトリス。
彼は何を考え、何を思い、グレイスに近づいたのか。




