85:ルシエルの野望と私たちの希望
ペスート封印のため全力でぶつかっていくグレイスたち。
ルシエル相手にどこまで粘ることができるのか......。
私の拳も、魔法も、ルシエルには届かない。向こうの攻撃もなんなくかわすのが精いっぱいだ。
サバトとニーデンベルグが地上の平和を取り戻すために戦っている。
だからこそ、力が及ばなくても希望が潰えないように、私はこいつを足止めしないと!
「不完全ではあれど、私はこの世に再び生を得ている。並みの力で倒されてたまるか!」
ルシエルが目のまえで急にいなくなり、全く見えないところから力が加わってルシエルを放してしまった。あいつ、透明になれるのか? 透明になったとしても私には悪魔の目がある。
そう思って凝視しているものの、全く見えない。くそ、どこにいるんだ!!
眼を凝らしているとマリスが真横に現れて肩に手を置く。
『グレイス、あまり使いすぎるな。肝心な時に見えなくなるぞ』
一瞬、サバトとニーデンベルグが見えた。二人はゆっくりとうごめくペスートの前で蛇の杖を振りかざしていく。いよいよ、作戦が始まるんだ。
「ん? あれは?」
なぜか地面に足跡が見え始めた。その方向はサバトたちに向いている気がする。
「あいつ、私そっちのけで! ケルベロスの電気であぶりだしてやる!」
腕を大きく天にあげると、ケルベロスの力である稲妻が地上を走っていく。
稲妻は透明となっていたルシエルを捉えて地面に叩きつけた。
「グレイス、もう少し頑張ってくれ! ちょっと時間がかかりそうだ」
サバトが杖に刻まれた文字をニーデンベルグと共に解読しようとしていた。それがおそらく杖を使うための呪文なんだろう。彼らに時間を与えないと......。
「わかった!」
「そんな安請け合いで、私を止められると思うのか!」
「足止めくらいできるわよ!」
ペスートの方へ向かっていたルシエルを私は羽交い絞めにして引き離していく。
冥界の空気の巡りのせいか、目を酷使しすぎたせいか、すこし目がかすんでくる。
ルシエルの重みを感じているものの、彼は目の前で消えていく。
やはりルシエルは透明になる能力を持っているらしい。
ただ、掴んでさえいれば見えなくても大丈夫だろう。
と思っていた矢先、その重みさえも消えてしまった。
「なに? 消えた!?」
周りを見渡しても見えない。熱さえも消えているのか?
探していると、今度は背後から蹴りが飛んできた。
「ぐへ! いつの間に!」
飛んできた方を見ると、ルシエルが荒息を立てながら姿を現した。
「はぁ、はぁ......。この程度の力しかでないのか......。やはり完全ではないためか」
「完全になってなにがしたいの!? 天への復讐? それとも世界の支配?」
ルシエルは首を横に振った。何? 復讐でも支配でもないのか?
「復讐も支配も過程に過ぎない。すべては私の理想を再構築するためだ。君はその器にふさわしいと思っていた。これまではなぁ!」
彼は背中に携えていた大型ライフルを構えて私に撃ち放った。
「あぶねっ!」
ギリギリで躱せたものの、その威力はすさまじくペスートの身体を少し削っていく。
「グレイス。貴様は意思を持ちすぎた。意思を持つことは不幸だ。悩みが生まれるのも、感情で人を憎むのも一人一人が意思を持っているからだ。理想とは、意思のない世界だ。その世界は幸福だと思わないか?」
「そう思うのはあんただけだよ。気持ち悪い」
私は彼の大きなライフルを蹴り飛ばして、自分の持っていた銃を構える。
「ドワーフの作り出した拳銃か。彼らは私を知る唯一の種族と言っていいだろう。彼らと共に地上を制圧するという選択肢もあっただろうが、もう我々が手を取り合うことはないな」
そういいつつも、彼の手は離れて置き去りになったライフルに伸びていた。
私は、遠慮なく彼の手に拳銃を放つ。彼の手に風穴が空く。彼はそれに動じず、こちらを見つめる。
「ペスートの分離が始まっているな。これではもう意味がない」
後ろを見ると、ニーデルベングとサバトが杖を掲げている姿が見える。杖の先には天使ガイウスからペスートが剝がれていくように見えた。杖の中にガイウスが吸収されていき、かつてペスートであった血の塊のようなものは虚空の悪魔であるディーアによって吸い取られていく。
「これで、あんた完全復活はなくなった。観念してここで死ぬのね」
「ここで死ぬわけにはいかない! 私は諦めない。 こうなれば杖を奪い取るのみ!」
サバトの持つ杖の方へ向かうも、杖は宙を舞いディーアの手へと引き寄せられていく。
翻弄されるようにルシエルは体をひねり、ディーアのいる冥界の門の方まで走っていく。 だが、そこには見えない壁があるようで、橋より先にはいくことができないでいた。
「バカな男......。冥界は誰もが入れるわけではないと教えたというのに。この杖は冥界に保管します。私の中で眠らせたペスートを眠らせるためにも。これ以上、誰にも渡すわけにはいきません」
「ふん、こんなことで完全復活できない私ではない。天界十二使のうち、半分を殺した状態でここまで力を引き戻すことができたのだ。一人や二人殺さなくても切り札はいくつでもある。次は、天使もろとも貴様を殺してやる。グレイス・アルマン!!」
そう言ってルシエルは光の糸となって消えていた。その絹のような糸を掴もうとしたものの、指から指へとすり抜けて天へと昇っていった。まるで、カンダタを見限った糸のように残酷で、冷ややかな肌心地だった。
「終わった、ようですね。ご苦労様です、皆さん。これで、冥界も少し安定するでしょう。地上の悪魔はすぐにでも引き上げさせます」
「ありがとう、ディーア。これで私はルシエルに集中できるわ。サバト、ニーちゃん大丈夫?」
サバトの手のひらを見ると指が凍傷にあったかのように黒ずみ、ぷっくりと膨れ上がっていた。
ニーデルベングはそれを必死に直そうと自分の手でその黒ずんだ手を握りしめていた。
「いててて!」
「もう少し辛抱しろ。 痛みは一瞬だ、多分な」
「杖を使用したらこうなるって教えてくれよ!」
サバトがディーアに文句を言うも、涼しい顔で彼女は返す。
「私は君に託したとき、言ったはずだがな。彼は物忘れが酷いのか?」
すっとぼけた表情に少しクスッとしてしまったが、当の本人は静かに怒りを浮き彫りにしていった。
「あいつ......」
「まあまあ。致命傷じゃなかったんだし、よしとしましょうよ。ね?」
「そうだ。地上の人間に比べれば、治療できる程度のものだ。それ、見てみろ」
サバトが手を広げると、そこには先ほどまでとは打って変わって以前と同様美しい手が動いていた。
サバトもそれで少し期限を直して手をもじもじさせていた。
「まぁ、それは確かにそうだけどさ......。ありがとう、ニーデルベング」
「帰りましょうか......。私たちの住む地上へ」
冥界の王ディーアに見送られながら、私たちは冥界を後にした。
私たちの戦いの後が道中見える。焼け焦げた後や、切り傷......。それを見ると多くを失ったことを思い出す。でも、これからは今あるものを守っていきたい。
そのためなら、悪魔に魂を売っても構わないと思う。
ルシエルの言う切り札とは何なのか。
そして、グレイスたちは五属聖残り二人を倒すことができるのか。
次章に続く......。




