79:流す血と流れる涙
ガイウスとの攻防はいまだ拮抗している。
だれも彼を止めることはできないのか。
遠距離なら魔法でもいいけど、実弾でのダメージは予想以上に大きい。
なら、確実に相手の銃撃を減らすのが得策だ。 私は銃を乱発させて銃士をかたっぱしから狙った。
ただ、茫然とするニーデンベルグの姿が時々ちらついて集中できない自分がいる。
「立ちなさい! ニーデルベング!」
「天使様が、悪魔と手を......」
彼のショックはそうとう大きいらしい。だが、今は構っている余裕などない!
「命が惜しかったら、自分の手で戦いなさい! 私はガイウスを孤立させる!」
「孤立? そうしてなんになる! エレメンタル:グレートプレート!」
私の立っていた地面が急に畳替えしのように垂直に立っていく。王国軍の数名も巻き込みながら吹き飛ばされていく。草木や人間すらも吹き飛ばすその能力、強すぎる!
「エレメンタル:グラビティ・フォース!」
飛ばされたのも束の間。ガイウスが手を伸ばすとその方向に私だけが、引き寄せられていく。空が素早く過ぎ去っていく。引き寄せられた力を逆に利用して、私はマリスとともに拳を突き出す!
『この力、利用するしかないな!』
マリスと私は今、一心同体。彼の胸の鼓動のようなものを感じる。
温かい、と同時に寂しい感じがする。こうやって天使を一人ずつ倒して目的に向かっているというのに、どうして寂しいの......?
気にしている暇もなく、ガイウスは私たちの右拳を腕ごとつかみ取る。
「無駄だ。人間はなぜ無駄なことをする。命は尊く、清らかだ。だから、我々はそれを食らい生きていける。それにも関わらずなぜ命を自ら削る!」
ガイウスは掴んだ腕をいともたやすく、雑巾のようにゆっくりひねっていく。抵抗できずに筋肉のぶちぶちと切れる音が聞こえてきそうだ。
「人間も、命を食べて生きていく。それは仕方の......ないことね。それに、あなたたちが生きる上で私たちが必要なのも理解した。でも、私たちの自由や幸せを奪うことは許すことは、できない!」
ガイウスは私たちに顔を近づけその目を見つめる。
「私に食われることが、天使に食われることのなにが不幸せなのだ? この世のなによりも尊いことだろう? これ以上に美しい死と救済があるのか? 普通に死ねば、天界に行くことはない。よくて天国までだ。だが、我々に食われることで命は天に帰る。素晴らしいことだろう!」
「それが検討違いだって言ってんのよ!」
左手で再び銃を引き抜き、ガイウスの顔面に何発も浴びせていく。左手は利き手じゃないから狙いづらかったけど......。オークを倒して前線に戻ってきたサバトが私の元に駆けつけてきてくれた。
長い槍を使い、ガイウスの腕の腱を割くと力が弱まった。
「大丈夫? グレイス」
「まだいける。マリス、あんたもいけるのよね?」
さっきのマリスの感情が気になる。なにが彼を乱しているのか。
『ああ。だが少し、ざわつく。......! あぶない!』
急に、体が吹き飛んだと思うとなぜかマリスは私を押し出して実体化していた。そして、ガイウスの巨大なハンマーのようなものを両腕で支えていた。
「悪魔が人間を助けるなどありえん! 貴様らは人間な邪悪な心や恐怖心を弄び、無慈悲に殺す存在! 私たちにとっても、人間にとっても不要な存在が、なぜ」
そういうと、マリスは少し口角を上げた。そして、ハンマーを地面に投げ落とした。
『なぜかわからん。だが、グレイスに湧き始めた感情があるということだけは確かだ。この感情を知るまでは私は死ねない。そして、グレイスも殺させやしない。感情を知り、彼女にとっての絶望を知ることが私の今の生きる目的だ! 貴様らに殺されたりはしない!』
マリスの手から炎のようなものがまとわりついたかと思うと、それを解き放った。あれは、基礎魔法? まさか、彼も使えるの?
「人間に寄生した影響で、感情的になったか。だが、悪魔は悪魔だ。その命、天に還さずに魂ごと消去してくれる!」
ガイウスは切れた手首を直し、ハンマーを両手で持った。土埃が舞い、前が見えない。でも、行きたい方はわかっている。マリスだ。
「グレイス、君って人は......。 どうして、僕に背を向けるんだ! でも、僕はずっと君のそばで君を守り続ける!」
サバトの氷結魔法がガイウスの両腕に行き届く。その隙をついてマリスと解けあう。
「サバト、ありがとう! 行くよ、マリス」
『決着の時だ、ガイウスよ。貴様の休まる場所はないと思え! ハハハハハ!』
ガイウスは力技で氷を破壊し、ハンマーを振り下ろす。だが、大振りであればあるほど私たちの的の小ささが利点となる。 ハンマーを横切り、飛び上がる。
「オレに速さはない。だが、力だけは誰にも負けぬ! エレメンタル:グラビティ・フォール!」
重しが背中に落とされたかのような感覚が押し寄せたかと思うと、地面に一気に叩き落される。これは、城で受けたときと同じもの。でも、あのときとは違う!
「ケルベロス!」
閃光を纏い、私を背中に乗せたケルベロスは、軽々と重力の重みを超えて走っていく。私には仲間がいる。サバトを拾い、ガイウスに体当たりを仕掛ける。
「ケルベロスの体当たりに合わせて僕がこの槍でガイウスの身体すべてを凍らせる。その隙で君の斬撃を食らわせるんだ!」
「わかった! ケルベロス行けるわね!」
禿げた大地を颯爽と駆け巡っていき、ガイウスの力を分散させつつ近づく。チャンスは一瞬だ。
「今だ! サバト!」
「エレメンタル:ブリザード・ランス!」
ガイウスの胸に槍が突き刺さると、その周りから凍り付いていく。ガイウスの動きが止まっている。今、ケルベロスを鏡に戻し、彼の力を借り受けてその槍に斬撃を食らわせる。
「これだ! 死の淵に沸き起こる闘志! これが人間の底力というやつか! 美しい! 食らいたい! 食らいたいぃ!」
「あんたにこの命、渡すわけないでしょ。往生なさい!」
雷は槍を通過し、衝撃とともにガイウスの体中を駆け巡る。その力で奴の身体は焼け焦げていく。
「やったか?」
「ま、まだだ......。オレはもっと見たい。人間のその美しい闘志を、無謀な心を食らいつくしたい! もっと、戦え! 戦え! ぐはぁ......」
身体は身動きをとれずに眼だけがぎょろぎょろと私たちを威嚇する。それを見て、王国の軍たちはたじろぎ始める。それに乗じてレイアが追い打ちをかける。
「敵の戦意がバラバラになった今がチャンスです! 追い払いましょう!」
その一言でレイアやアリスがオークや王国兵たちを押しのけていく。
ニーデルベングも自分の命が惜しいのか、彼らに対抗している。
「オレが信じていた世界は、こうも脆く残酷だったというのか? オレたち竜人族は、どれだけ矮小な世界にいたんだ! これでは天使は悪魔と変わらないではないか!」
彼の悲痛な叫びと共に力が抜けたのか、その場で崩れて王国兵の一人に隙を作ってしまう。
ガイウスのことは後でだ。彼を今失うわけにはいかない。走ったと同時に兵士の剣はアリスの腕を深く切りつけていた。だが、アリスの腕はその剣を放そうとしなかった。
ガイウスとの戦いの最中、アリスはニーデンベルグをかばい深い傷を負う。
それは、勝機の傷となるのだろうか。




