77:事実と虚構
ニーデルベングと拳を交えるグレイス。
彼らを止められるのはなにもない。
「ニーデルベング! あんたにそいつは殺させない!」
「人間がなぜ悪魔を守る!」
黒魔術の影を振り払ってマリスの捕縛を解いていく。
マリスが私の隣に立ち、一息をついた後少し笑みを浮かべる。
『互いの利益のためだ。だが、時間の掛けすぎだ、グレイス・アルマン』
「うるさい。『助けてくれてありがとう、グレイス様』が先だろ。だから嫌いなんだよ」
『それなら早く私との縁を切るんだな』
こいつとの縁ももうすぐ終わると考えると胸のすく思いだが、少し寂しい気持ちをある。
なんでこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ。ただの悪魔のくせに。
「あんたなんかすぐにエンガチョなんだから」
『えんがちょ? とはなんだ』
「お前を殺すってこと! つっこまなくていいから、こいつ止めるわよ」
私とマリスが一つとなりまた、溶け合う。力が増してくる。ニーデルベングの動きも見える!
彼は剣を捨て、生身だけで挑みだす。拳でやりあおうってのか? 面白れぇ。
「穢れを生みだす悪魔は楽園に不要だ! 俺がお前を止める」
互いの両手が重なり合い、取っ組み合いとなる。こいつ、意外と力あるな!?
他の竜人はだれも彼の手を貸さず、何食わぬ顔で通り過ぎていく。手を出したくないのか、関わりたくないのか。どちらにせよ、異様な空気の中私たちは戦う。
「だれも戦おうとしないのね」
「竜人族は本来戦いを好まない。我々はその彼らに代わり戦いを執行する。人間が悪意を生み、自然を壊す限り我々の戦わなくてはならない。人間が悪魔を生み出し、世界に解き放ったのだ。その汚らわしい手で」
手が振りほどかれて、自分の身体が一瞬よろめいてしまった。その隙を見て、ニーデンベルグは拳を突き出す。私もすかさず拳を突き出して対抗する。
「悪魔を解き放ったのは天使だ! 事実、井戸を壊われて悪魔がはびこったのは天使の計画だ。確かに人間はときに悪意で互いを罵り、傷つけあう。それと同時に、正義という鎧で相手を殺すこともある! お前はその正義に溺れてるだけだ!」
私は、ニーデルベングの拳をはじいて自分の拳を思いっきり彼の顔にぶつけた。
「グ、グワアアアアアア!」
ニーデルベングは顔を横に振り、私の拳を振り払う。私の拳は、マリスの力が宿っている。相当のダメージが入っているはずなのに、どこまでタフなんだ。
「確かに、一方的な正義というのはある。魔人という存在も、国を守るというエゴから生まれた。そんな世の中を変えたいと奮い立ってくれたのが我が主君、アリスだ。私はそれに答えたい。竜人よ、悪魔を憎むのであれば、目の前の私たちを憎むのでなく今この時代を混沌に変えようとする天使の皮を被った悪魔と戦え!」
マルファスは私の隣に並び、私ではなく竜人を見つめていた。その顔は先ほどまでの復讐に飢えた顔ではなく、どこか覚悟を決めた顔だった。ニーデルベングは私たちの言葉にたじろぎ始める。
「天使様が、自ら悪魔を解き放つわけがない。我々と天界十二使の第1使長セイネプトス様率いる天使軍がやっとの思いでルシエルや悪魔たちを封印したというのだぞ! 嘘も大概にしろ!」
「嘘ならよかったんだけどね......。きっと、今の天使は一枚岩じゃないってことね」
「ならば、私が地上に降り確かめるのみ。元々、お前らを始末した後、混血を始末するため地上に降りるつもりだったが......。まあいい。お前らのいう本当の敵が天使様かどうか見極めるまで俺はお前らを殺さない。これは同盟でもなく仲間になったわけでもない。契約だ。お前らに拒否権はない」
「その上からの態度は気に入らないけど、飲むしかないか。契約成立ってことで」
私が、ニーデルベングの手を取り握手をするとニーデルベングは鏡の中に吸い込まれていった。
びっくりして彼をもう一度引っ張り出すと、彼自身も驚いていた。
「これは、契約魔法? 私がテイムされたということか? お前、どうしてテイマーだと言わなかった!」
「は? どういうこと?」
「テイマーと契約すると、お前の持つケルベロスやフェニックスのように我々竜人にも主従関係が生まれてしまうのだ! 我々は元々竜の一族だからな。くそ、命を握られたのは俺の方だということか」
何を言ってるのか全然わからないけど、彼は私の手駒ってこと? 言い方は悪いけど、こいつは面白いかもな。天国の住民はその光景に一瞬目が合ったと思うと、彼らは蜘蛛の子を散らすように自分の家に去っていく。
「なんだかわからんが、とにかくヨシってこと?」
「いいわけがないだろう! 早く契約を破棄しろ」
「ん? するわけないじゃん。こんなおいしい状況なのに。それに、鏡はあなたのもう一つの命同然。ここに戻して握りつぶしてもいいんだけど」
「はぁ、大人しくしてやるから地上に戻るぞ」
こいつの指示で動くのは癪だけど、今は早くアリス達の元へ戻らなくちゃ。ニーデルベングに案内されたとおりに進むと自分の家まで戻ってきていた。そこからはまっすぐに行けばアリス達のいるソルの町だ。みんな元気にしてるかな?
「早く戻ろ! みんなが待ってる」
「ああ......」
早く帰りたくてマルファス達をせかして森や街を横切っていくと、焚火の跡が何個も見られた。野営地? 彼女たちは近いかも! そう思ってソルの街に入るとそこにいたはずの悪魔は少なく、代わりに見知った顔が並んでいた。私たちの顔に気付いた彼らは手を振る。彼らに近づこうとするとマルファスが声をかけてきた。
「グレイス」
「なに、マルファス」
「貴様がアリスの恩人ということも忘れ、復讐に溺れた非礼を許してほしい。貴様の、いや君の父もこの国を思い、我々に命を宿したのだろう。宿した命を弄んだ事実は変わらない。だが、その命があったから私は愛すべき、守るべき主君を手に入れたのだ......。彼女が、ああして笑顔でいられる世界になれるよう協力してほしい。いや、私が協力しないといけないんだったな......。はは」
そういうと、彼は照れ臭そうに笑った。こいつ、こんな風に笑えるんだ。少しほっとした。冷徹な奴だと思っていたけど、案外可愛いやつだな。今は、この瞬間を喜ぼう。束の間の平和を
地上へ戻ると温かく迎え入れてくれる革命軍。
だが、つかの間の休息だった。グレイスたちはまたも戦いの火の中に身を投じていくのだった。




