76:革新と保守
グレイスたちは竜人の長、ヨルムガと対峙する。
だが、思い知らされたのは彼の無慈悲さだった。
「ニーデルベング、お前にはこいつらを連れてこいと言ったはずだが」
先ほどまで戦っていた竜人は、先ほど私たちに黒魔術をかけた老爺に跪いた。
神殿にいるし強いからえらい人に違いない。そう思って私たちもそれに倣い、跪いて頭を垂れた。
「ヨルムガ族長......。ですがこいつらは」
ニーデルベングと呼ばれた竜人の青年。彼はいまだに私たちを敵視しているようだ。
「わかっている。指示するまで下がっていなさい」
「はい、かしこまりました」
私たちを見つめながら影に消えていった。ニーデルベング......今度会ったら覚えておけよ。
「我が側近が失礼をした。彼に代わり、詫びよう。グレイス・アルマン、そして悲しき魔人マルファスよ」
「なに? 私たちを知っているのか?」
マルファスは無礼にも頭を上げた。私は少し彼の顔を見てジェスチャーで下を向けと合図したが彼の眼差しは一向にまっすぐと長であるヨルムガを捉えている。
「私はすべて知っている。だが、君たちに協力することはできない。我々は運命を受け入れている。それに、君の持つ文章を考えた娘とは特に協力することはできない」
「どうして? 彼女は同じ種族なんでしょ?」
同じ種族だから助けてもらえるかどうかなんてわからない。だが、同族の頼みを無下にするほど冷血だろうか......。
「彼女は我々竜人の純血ではない。掟を破り、血を混じりあったものに手を貸す道理はない」
「たった、それだけ......?」
「そうだ。それに人間に手を貸す恩義もないからな。申し訳ないが帰ってくれ、君たちに関わると天使様の怒りに触れる。話は終わりだ。ニーデルベング、後は任せたぞ」
そういってヨルムガは神殿の中へと消えていった。周りにいる護衛の竜人達は、早く帰れと言わんばかりに私たちを冷ややかな目を向ける。ニーデルベングは、こちらを向いて神殿の外へ追いやろうとする。
「取りつく島もなしか......」
小さく呟くとマルファスは頭を抱えていた。そうとう計算外だったのだろう。
「また、失敗か......。アリスになんと報告すれば」
「仕方ないって。彼らは彼らの領域を守るので精一杯だってことにずればいいじゃん」
彼の肩に手を回して立ち上がらせようとすると、マルファスは乱暴に振り払い私に再び刃を向ける。
「やはり貴様と来たのが間違いだった。お前と一緒に来たから!」
刃を瞬間に振り上げて日の光にキラッと輝いたと思うと、私の腹は二つに軽く割かれていた。
「ぐっ......」
『気を付けろ。私が貴様の身体を動かしていなければ無駄死にしていたぞ』
「私を殺すのはあんたなんでしょ、マリス。せいぜい守んなさいよ、死に急ぐ乙女をよぉ!」
私はマリスと離れて、町で手に入れた片手剣を抜き出してマルファスに近寄る。
『困った宿主様だ、あまり離れるなよ......。なに!?』
マリスが、急に後ろを振り向くとそこにはニーデルベングが主のいない席を狙い、私たちに刃をむける。
「ヨルムガ様の命令がなくとも、元より俺はお前らをこのまま下界に放り出す気などない! 聖地であるここに土足で入ってきたお前らを排除してくれる!」
ニーデルベングは、マリスを人質にとるように彼を羽交い絞めにする。
同時に体が引っ張られる感覚が背中を襲う。
「マリス!」
『グレイス・アルマン、私にかまうな』
「でも!」
「よそ見をするな! グレイス・アルマン、お前は私の手で殺す!」
マルファスの素早い剣技を自分の剣で受ける。相手の方が早いし、当然実力も上だ。
でも、彼の目にはどこか迷いが見える。
「どうした! 今のお前にはもう助けてくれるサバトもマリスもいないぞ! もっと抗え!」
マルファスの目は赤く深く光り、本気を出したかのように見えたが、彼の剣技は私が抵抗しなくなるたびに鋭さを鈍らせていく。
「そんなことしてアリスが喜ぶと思ってんのか!? はじめは復讐のためなんだろうけど、彼女の強さに、そして弱さに惹かれたから一緒にいるんじゃないのか!」
「だまれ! お前の父は、私からなにもかも奪った。自由も、未来も、幸せも......。この力で私が、どれだけこの手を血で染めたかお前にはわからんだろう! だから、もっと足掻け、苦しめ!」
彼の赤い目から水が流れた気がした。あれは、涙?
ああ、やっぱり一番苦しんでいたのは復讐を遂げようとするマルファス自身だったのか。
「知るかそんなもん! でもお前が泣いてる理由はわかる。ほんと、馬鹿正直なほどアリスのことが好きなんだな」
瞬間、自分の身体の動きが鈍くなった......。
マリスは、ニーデルベングが抑えていたため、かなり遠くに行ってしまっていた。
ニーデルベングとの交戦は後だ。今は、マルファスの心と向き合うことが重要だ!
「どこをみている! よそ見をするな! 私だけを見ろ、私と決着をつけろ!」
「お前だって涙で、なにも見えていないじゃないか! 私を殺したらアリスが悲しむし、自分を愛してくれなくなる......。だから、泣いてるんだろ!」
「うるさい!......この涙は、この涙は! お前を倒す喜びで流した涙だ!」
「殺せるもんなら殺してみろ! あんたの未来を奪った敵を討ってみろ!」
「うわあああああああああああああああ!」
思い通りにいかない怒りの刃が地面に突き刺さる。
荒い息遣いが肌にビリビリ伝わる。彼のやり場のない怒りと悲しみが......。
「行け。戦意のない、お前を殺しても意味がない。それに、お前の言う通りアリスの悲しむ姿など一番みたくない。おまえも、大事なものがあるのだろ? さっさと取り返してこい」
「大事じゃないよ、腐れ縁ってだけよ。でも、ありがとう。いってくる」
そう言い残し、私はマリスの元へと向かった。
ニーデルベングとの戦いに挑むグレイスだったが、不毛な戦いに嫌気が差してくる。
誰が、この戦いを終わらせるのだろうか。




