7:悪魔とフロスト
悪魔の情報を聞き出すためにフロストの元へと向かったグレイス。
彼女(?)に待ち受けていたのは異端の研究者フロストだった。
俺たちは自宅に現れた天使から逃れ、やっとのことでフロストのいる降魔郷に到着した。
そこは、夜になると一層禍々しいほどの異彩を放つ山奥の邸宅となっており、おおよそ人とは無縁の場所のようだ。カラスが飛び交い、人を受け付けなさそうな扉がこちらを出迎えてきた。
「うわあ......。ちょっと不気味ぃ」
『それでかわいいとでも思っているのか? バカバカしい』
少しくらい女の子ってことに楽しみたいのにこいつが邪魔をする。そんなんじゃ生まれ変わっても意味ないし、死にたいのに死なせてもくれない。八方塞がりなんだよ。まあそれも今日で終わるかもな。
「こんばんは~! フロストさんいますかぁ?」
悪魔を模して造られたドアノブについたリングで何回かノックすると、中から背の高い髭の生えたおじさんが現れた。この人がフロスト?
「ああ? 俺はこんな幼女好みじゃないぞ。チェンジで」
イケてないおじさんは、寝ぐせをぼりぼりとかきながら気だるそうにこちらを見つめている。
というか、この世界にもそういういかがわしい店ってあるのか?
「いえ、私はギルドの情報でこちらに伺ったんですけど......」
「おお! そいつはすまなかった。で、ガラゴはどこに」
フロストは目が覚めたように目を大きく見張って興奮し始めた。
目の前の興奮おじさんに若干引きつつも、俺はガラゴが入ったぬいぐるみをつまんで見せた。
『よお。あんたがフロストか。悪魔の研究してるって噂は本当みたいだな』
ぬいぐるみが挨拶をするとフロストは驚きで目を丸くした。完全に目が覚めたようで興奮しっぱなしのようだ。
「おお? これが、ガラゴなのか! キミが土地の呪縛から解き放ち、器を与えたのか。素晴らしい才能だ! 入りたまえ、君のようなデーモンテイマーは大歓迎だ」
なんだかよくわからないけど、話が聞けそうでよかった。中に入ると檻が乱雑に置かれていて、その中にはスライムやゴブリンといった異世界でよく出てきそうなモンスターから頭に角が生えて尻尾の先がとがった典型的な悪魔が入っていた。
「どうして私がデーモンテイマーだと?」
「君はギルドでも持て余していた依頼をこなした。それは悪魔について耐性があると考察できる。つまり、君がデーモンテイマーだという可能性が高い。そう思っただけだ」
そういいながら、彼はぬいぐるみとなったガラゴを小さな実験台の上に置いて初めておもちゃをもらった少年のように目を輝かせて刃物や魔導書を並べて準備を始める。
夢中になって聞きそびれる前に、フロストに話を始める。
「と、ところで......。フロスト、さん? 悪魔について教えて欲しいんですけど」
「デーモンテイマーのきみの方がよく知ってるのでは?」
その言葉に私は目線をそらすと、彼は少し察したように話を続ける。
「どうやら、そうでもないようだな。いいだろう。悪魔とは、人間に厄災を運ぶものと天使が告げられた。だがその実態は、土着信仰に基づいたもう一つの神と捉えることもできる。私はそう解釈している」
信仰とか、誰がなにを行ったかとか知らない。ただ一つ言えることは、俺とともに来たマリスはそんな神様のような存在じゃないってことだ。こいつだけは俺にとっては厄災だ。
「じゃあ、天使は? 本当にいるんですか?」
「見たことないのか? 天使警団長も、街の長もみな天使だぞ? そうとう情報とかけ離れた生活を送ってきたみたいだな」
「ま、まあ......。ははは」
森の中でずっと彷徨っていたなんて、口が裂けても言えないし言いたくない。
しかもこんな見ず知らずのおっさんに少女の追放劇など教える義理もない。
そう思いながら愛想笑いをしていると、実験台をバンッと叩いてこちらを振り向く。
振り向いたその顔はいびつな笑みで満たされていた。なんだか、嫌な予感がする。
「天使のことはどうでもいい!! 今は研究だ。ガラゴも気になるが、君のことも知りたくなった。今より素晴らしいデーモンテイマーになる方法を教えよう!」
「いや、私は......。デーモンテイマーになりたいとかじゃなくて、このマリスという悪魔から離れて自由になりたいんです! なにか、方法は」
フロストにマリスを見せると、彼は無言でマリスをまじまじと眺める。
すると、ますます彼の目つきは童心に帰っていきこちらの両肩に手を置く。
「なんと! ますます面白い!! いい研究資料になりそうだ。 さあ、来い! デーモンテイマー!!」
そういってフロストは俺たちを強引に地下室へと連れて行った。そこには大きい黒い箱がずっしりと置いてあった。えっ......何するの?
「え、何? どういうこと?」
きょとんとしているとフロストは黒い箱を指さした。
「そこに眠っているのは、悪魔の中でも最悪中の最悪。蝗害をもたらすベルーゼブが目を血走らせて待っている。そいつを殺してもいい。君の力が知りたい」
黒い箱の中から大量の虫の羽音のようなものがこもって聞こえてくる。黒い箱の中であばれているのだろうか、時々黒い箱が動いている。いや、どう見ても金属の箱じゃないのか? あんなのが軽々しく動いていいわけがない......。
「殺せば、マリスを取り除く方法わかるんですか?」
「知りたいのなら、対価を払うんだ。世の中は奉仕だけで成り立っていないのだからな」
遠のく声に気付き、後を振り向くとフロストは地下室と地上を唯一行き来できる非常階段を地上で畳みこんでいた。
「ちょ、ちょっと!!」
そんな言葉もむなしく、地下室は密室となった。その瞬間を待っていたかのように小さな虫が、箱を食い破ってわらわらと床と天井を覆いつくしていく。 これが、蝗害をもたらす悪魔、ベルーゼブなのか?
厄災王ベルーゼブと戦う羽目になった彼女の行く末は
次回「ベル―ゼブと少女」