60:天使の言葉と王の命
オーブは国王の言葉を国民に伝えるための情報伝達手段のひとつであった。
それを逆手に取り、天使たちは国民の心を掌握しようと企む。
牢獄に閉じ込められたグレイスたちは王と天使の言葉を粛々と聞く。
脱獄の瞬間を待ち伏せながら
『多くを失うことになるだろう。だが、天使様のご加護はいつもお前たち心清らかな国民にある! ここで宣言しよう。天使は絶対に我々を見放さないと!』
王の言葉は、天使の言葉でもあるのだろう。国民にとっては安心かもしれないけど、それは確実に王国側が私たちの障壁であるという証だ。それにこのまま天使たちに飼いならされる人達を見たくない......。
「私たちを完全に敵対視してるわね」
私がボソッとつぶやくとアリスが
「うん、でも間違ってるよね? 私たちは彼らの餌じゃない。監視もされてるなんてもってのほかよ」
その言葉にざわざわと賛同し始めるエルフや獣人たちが小言を言い始めている。通信の音声が聞きづらい......。
「静かにしてよ、今からその天使様がお話になるんだ。聞いてやろうじゃないか」
キオナが嫌味な敬語で周りは静かになった。
『皆様、陛下の言う通り我々天界十二使、そして五属聖がいながらも悪しき魂や悪魔を野放しになっております。天使警団も、我々と共に皆さんの安全のため悪魔に立ち向かうも今ではほぼ壊滅状態......。それもこれも、契約をそそのかす銀髪のデーモンテイマー、グレイス・アルマンのせいなのです! 彼女はあろうことか、王国きっての魔法使いアルマン家のご息女なのです!痛ましい。残念です。我々は総力を持って悪鬼グレイス・アルま......。陛下? どうされましたか?』
ウィナスの飄々としつつも鬼気迫る熱弁は王の苦しそうな声で中断された。王の様相はぐちゃぐちゃと音を立てていく。光の輪が現れるとすべてを吹き飛ばしていき、異形なバケモノへと変わっていった。
「あれこそ、契約の代償......。二度と人間に戻ることのできない血の代償。天使と人間の間、魔人」
マルファスは重い口をゆっくりと開けるように丁寧に言葉を紡いでいく。
「でも、魔人は天使じゃなくて悪魔と人間の間に交わったって......」
『天使と悪魔は表裏一体......。とでもいいたそうだな』
マリスはあからさまに不機嫌な口調でマルファスをにらみつける。
「そうでなければ説明がつかん。というより、悪魔はもとより天使が産み落とした粗悪品とされている。ルシエルが地上に墜ちた後、人は力を増大させた。多くの人間や動物は魔力をもつようになり、死ぬと魂はルシエルとともに冥界に眠った。だが、一部の悪しき魂は地上に留まりそれは、悪魔と呼ばれ実体を持つまでとなった」
『私が、天使の劣化だと言いたいのか? なら、貴様はそれ以下ではないか! 貴様に何ができると言うのだ!』
「お前よりかは自由に動ける。監獄など簡単に脱獄させられる。だが、今は社会勉強の時間だ。黙って彼らの動向を聞くべきだ」
マルファスはすぐにオーブの方に向きなおした。顔つきまでは分からなかったけど、マリスは完全にキレてる感じだ。天使と悪魔は表裏一体......。そんなことどうでもいいし、社会勉強してなんの意味が......。すると銃声がひとつ大きく鳴り響いた。 王が倒れてる!? 殺したのか?
『王はただいまを持って悪魔と認定し、殺しました。......。どうやら皆さんが、我々が思っているより状態はひどいようです。皆さん、これが現状です。ですが、恐れてはなりません。恐れを闘志に変えなさい。恐れを信仰で癒しなさい。悪魔は皆さまの敵、我々にとって悪なのです! みなさんは、天使に選ばれた最高の人間です! この言葉を聞いているものは天使に選ばれた最高の人間です! さあ、武器をとりなさい、拳を上げなさい! 我々と共に異形の敵を打ち倒しましょう!』
異様なのは天使も同じだと言うのに、彼らはいままでの地位を生かして完全に人間の世界を乗っ取ってしまった。国の兵士たちは天使を受け入れ、『命を天に、命を天に!』と高らかに叫んでいる。
「異常ね......。こんなやつとマリスたちが悪魔と同じだなんて思えない」
『......。自らの欲を満たすため行動している。天使は自らの延命のため人の魂を食らう。我々悪魔は恐怖によって人間を殺す。欲求のためならなんでもするという点では変わらない。何が違うと言うのだ? グレイス・アルマン』
「そんなの、人間も同じじゃない。誰だって自分が大好きで、自分の想う通りにしたいと思ってる。悪魔も私たちもそれを知っている。人間は知っているから自制する。悪魔は知りながら欲望のままに動く。でも、彼らは、天使たちは欲望が叶うことが当たり前だと思ってる。それが私には許せないだけ」
『フン、やはり貴様は面白い。貴様について正解だったかもしれないな。さぁ、社会勉強とやらが済んだなら、この狭苦しい教室から出ようではないか』
マリスはカタカタと笑うも、私以外は少しキョトンとしていた。社会勉強って言葉は分かるのに、教室とか見たことないのかな? ま、動くことのできないお前が言うなって話だけどね。
「お前が指図するな。ただ、見張りの兵がオーブに夢中になっている今がチャンスだ。持っていろ」
マルファスから通信結晶を受け取ると彼は牢屋の鉄格子の前に立った。すると突然、影の中に体が消えていった。
「ちょ、ちょっと......。あの子、影から影へと移動している?」
「お姉ちゃんごめんね。うちのマルファスの口が悪くて......。でも、あの通り偵察の腕は確かだから」
アリスと少し話しているうちに鍵を手に入れ、扉を開けた。
「お前らさっさとでろ。休憩は終わりだ」
「じゃあ帰るとするか。野郎ども、見張りの兵を警戒しろ! 匂いは覚えてるよな」
バベルを筆頭に、獣人たちが音も立てず牢屋からレンガ造りの廊下を飛び移る。その姿まさに忍者のようだった。マルファスとの相性はよさそうだ。
「じゃあ、行こうか。キオナちゃんとエリエ姉さんは小隊編成で後衛を。私とグレイスお姉ちゃん、サバトさんで前衛を。さあ、帰るまでが作戦よ」
獣人族10数人、エルフ族30名ほどがぞろぞろと城の中を闊歩していると見つかりやすくなるからか、種族や役割ですぐに分断し、お互いにオーブを使い通信していた。もうすでに戦いは始まっているんだ。
「地上へ出る階段があったわ。バベル、キオナ、エリエ、私がかざしている光を頼りに」
キオナ、エリエがそれぞれのエルフたちを連れて、階段まで歩いてくる。そして私たちはそれを見守った後、バベルたち獣人たちを見守った。
「アリス、そういえばマルファスは?」
「闇に潜んで、死角を偵察しているわ」
私とアリスが階段で待ちながら話していると獣人が走ってこちらに向かってくる。
「あなた達! 走ったら見つかっちゃうでしょ!」
「もう、見つかってんだよ! マルファスの野郎しくじりやがった!」
バベルがそういうと獣人たちは唸り声をあげながら階段を上っていく。
「囚人が逃げたぞ! 追え!」
兵士の一人が私たちに襲い掛かる。だけどその剣はアリスに届くことはなかった。
「アリスに指一本触れることはオレが許さない!」
マルファスが短剣を二つを踊るように兵士の大剣を捌く。短剣は鎧で固められたフル装備の首元の小さな隙間さえも逃さなかった。
「ぐぎゃああ!」
ピクリとも動かなくなった見張りの兵に気を取られるわけでもなく、マリスは冷静に片膝をついた。
「アリス、すまない」
「マルファス、謝罪はいいから今は先に地上へ戻った人達と合流しよ」
「はい......」
微妙な空気感が二人の間で流れた後、私たちはアリスとともに上へとあがった。
奇跡的に兵は全員、あの王の間に集結していたようだ。見張りの兵もあれで最後だったみたい。エルフたちは見当たらず、獣人たちだけが私たちを出迎えてくれた。
「誰もいないのも中々気持ち悪いが、キオナたちは先に拠点に戻ったぞ。俺たちも先に戻ってる。マルファス、後で覚えておけよ」
バベルがマズルにしわを寄せて睨みつけた後、獣人たちは音もなく城を去っていった。
「私たちも急ぎましょう。いつ、脱獄がばれるかもわからないし」
そう言うしかなかった。みんなが頷き、私たちは革命軍の拠点へと希望の一歩を踏み出した。たとえ小さな一歩だとしても......。
アリス、マルファス、グレイス、マリス、サバトの5人は革命軍の拠点となっているカマルの街へと向かうのだった。だが、彼らに待ち受けていたのは戦いの洗礼だった。




