5:ガラゴとフェンリル
沼地の瘴気を操る悪魔ガラゴは沼地で死んだ白骨死体を使って暴れまわる。
ギルドの依頼を受けて悪魔 ガラゴの生息場所である毒の沼地へとやってきた。
「悪魔って普通にいんのか?」
『私という存在がいる以上確定だろう。それに、天使という対となる存在が浸透しているならなおさらだ』
確かにそうだ。あれだけ天使に対して信仰心があれば逆に悪魔も実在するはずだ。
瘴気が膝から下に流れ出ている。硫黄のような匂いが鼻孔を刺激する。
「も、もしかして毒の沼地って硫酸沼?」
『知らん。だが、このように死に直結するような場所には、悪魔が寄り付きやすいのはどの世界も同じだな! ハハハ』
沼に近づけば近づくほど、瘴気は濃くなっていく。それとともに死の足音が聞こえてくる。瘴気が強く吹き付けると風に乗ってガイコツがこちらに近づいてくる。
『それ以上近づくと危険だな。私は貴様をもう助けないからな』
俺を置いて悪魔は離れようとしたがそうはいかなかった。俺と悪魔は繋がっている。それはどれだけ離れようとしても俺の体から離れることができないということだ。悪魔の力が強いせいで俺は引きずられるように沼から遠ざかる。ガイコツはいつまでたっても追いかけてくる。
「あれがガラゴなのか?」
『さあ? 悪魔とはいってもこれだけ弱いと幽霊と見分けがつかないな』
マリスが鼻で笑うとガイコツは沼と草木を肉体として生成しはじめドロドロのクマのような形になっていた。
『このガラゴ様に弱いと言ったのはどこのどいつだ』
地面中に響き渡る声が俺たちの足場を崩していく。森は揺れ、木々は倒れていった。
マリスは一瞬にして気配を消した。俺でさえわからないどこかへ消えた。ガラゴはこちらに気づいた。
『おまえか......。っていうか、幼女じゃないか』
「これでも13才なので。正確には幼女じゃなくて少女なんだけど」
悪魔と言えどもそれを間違っちゃだめだ。まあどちらにせよ悪魔は容赦などしない。ここはフェンリルであるジョンの出番だ。瘴気の薄くなった今の場所なら戦えるはずだ。
「ジョン! あのドロドロ悪魔に攻撃しろ!」
瘴気のない後ろの方からドサッドサッと足音が聞こえた後、ジョンの鋭い牙がガラゴの本体であるガイコツまで到達していた。この世界のフェンリルは魂を食らうと言われている。だから本能的に魂のある場所がわかるのだろう。ガイコツがどろどろの中から引きずりだされる。
『うわぁあ! フェンリルかよ、クソが!! 俺様は犬っころが大の苦手なんだよぉ!』
ガイコツ姿になったガラゴはむやみやたらに暴れだす。ジョンは振り落とされまいと剥きでた肋骨を掴んで放さない。
「いいぞ! そのまま嚙みちぎれ!!」
だが、そうはうまくいかなかった。ガイコツの腕はジョンをわしづかみにしてこちらに投げ飛ばしてきた。投げ飛ばされたジョンはマリスによって受け止められた。マリスは表情が読み取れないが穏やかな怒りを感じた。ガラゴは少し慌てたような口ぶりで手をあげて交渉しはじめた。
『おお、お前大したデーモンテイマーだぜ。そんな悪魔みたことないぜ! どうだ、俺様と一緒にこの先にある街を一つ殺戮しないか? お前も泣き叫ぶ住民の顔や声が聞きたいだろう? 俺様はこんなところでちんたら人を殺さずにもっと大量に蹂躙したいんだよぉ! 悪魔のお前ならわかるだろう? それとも、そんな小娘に首輪繋がれて牙まで奪われたのか? あぁ!?』
最後はマリスに喧嘩を売るようなこと言ってたけど大丈夫かな......。かくいうマリスはカタカタと音を鳴らしていた。その笑いは賛同の笑いのように受け取れた。ああ、やっぱりこいつもあいつと同じ、命をもてあそぶ悪魔なんだ......。
『ああ、とてもわかるぞ。人が死におびえる姿は私の虚ろな心を満たす。この小娘はそれを全く分かっておらず、あまつさえ死に抵抗がない。とてもつまらない。しかし、私の好みはあくまで一人一人が静かに孤独に命乞いをし、絶望すること! 蹂躙だと!? 蹂躙は悪魔が最も嫌う殺し方だ!』
そういうとまた血の気が引いてくる。あいつまた勝手に魔力を吸いやがって......! どんどんと大きくなっていくマリスにガラゴは少し顔に脅えが見え始めた。
『お、おい......。お前とやりあう気なんてねえよ。俺様とお前は仲間だろ!? だから、さ。勘弁してくれよ』
『いいや、貴様は一つ勘違いをしている。私と貴様は悪魔の格も生まれた場所も違う。貴様はただの血の気の多い雑魚だ』
格の違いそして悪魔としての威厳の違いを今はっきりわかった。同時に俺はこんな化け物を自分の中に飼っていると知った。
『う、うあ......うわぁ、たす......たすけて!』
『悪魔が命乞いとは、面白い......! とても面白いぞ! もっと命乞いをしろ! 貴様の命を握る私に』
『ごめんなさい。ごめんなさい。命だけはご勘弁を!!』
『ハハハハハハッ! ......だめだね』
そういうとマリスから下半身が生成されていく。強靭なカンガルーのような足つきでガイコツを吹き飛ばす。腕がこっちにつながれたままなので上半身だけだが、威力は十分だった。マリスはひさしぶりにおもちゃで遊んだ子供の用に喜び、はしゃぎながらガラゴの本体を粉砕した。何度も何度も、踏みつけて声が聞こえなくなるまで、俺の魔力が尽きるまで残虐な行動は続いた。マリスのカタカタという笑い声は森を静かにした。
やはり悪魔は悪魔。
わかりあうことなどできないのだ。