38:仮面の天使と装う悪魔
ファムエルとの死線を乗り越えたグレイス。
もう二人は戻らないが、二人の想いを胸に街を救う。
フェニックスの尾はケガや病気を治すことができるが、死人を生き返らせることはできない。
死んだ人間が戻ってくることはない。だからこそ、命は重い。
「二人の死は絶対に無駄にしない。この町は私が守る。そして、天使とこの世界を切り離す!」
「そうだな......。グレイス、我々の手で天使に頼らない世界にしよう」
私の力強く握る拳をキオナが優しく開いて両手で温かく握りしめる。彼の少年のような顔つきと背格好とは思えない言動にいつも励まされている。
「いや、天使のいない世界って......。それは魔法のない世界と同等なんだぞ!? 本気で言ってるのか?」
サバトが慌てて私たちの言葉を危惧する。確かに天使の名のもとに魔法の詠唱があるなら天使がいなくなれば魔法が使えなくなる可能性もある。
「魔法のいらない世界にすればいいのよ」
魔法のいらない平和な世界でマリスのいない余生......。信じられないけど、これが一番いい世界だと思う。でも、マリスのいない世界って少し寂しいような、いや気の迷いだろう。
監視塔の階段を下りていくと朝日と大空が見え始める。久しぶりの平和な青空に肩を下ろして外へ出る。
朝の元気な日差しに目をすぼめながら伸びをしていると一人の人間が目の前に現れた。それは機械的な仮面と大きな鎌と長物の銃を背中に背負ってこちらを見据えている。地獄で出会ったあの仮面の男だ。キオナは不審がりながらも彼に近づく。
「ぶっそうなもん持ってるけどあんた何もんだ?」
「キオナ、気をつけて。そいつ、天使を殺せる力を持ってるから」
私がキオナを制してターニャに形見でもある剣を構えてキオナを背に回す。
「そういえばまだ名前を名乗っていなかったな。私はノマド、未来を導くもの。このあたりの悪魔は全員露払いをしておいた。これは君への餞別だ、グレイス・アルマン」
ノマドと名乗った男はまたも意味の分からないことを語り掛けている。サバトが今にも飛び出しそうだ。でもこの人にはまだ聞かなければならないことがたくさんある。
「あなたの目的は何?」
「君と同じ、天使を殺すこと。すべてを取り戻すために動いている。つまり私には私なりの理由があるってことだ。君たちが転生してきたことに理由があるように」
こいつ、私が転生してきたことを知ってる!? 悪魔が生まれたときからついているということしか皆には話していないのに......。
『グレイス、こいつが私たちの共通の敵の可能性がある。潰すぞ』
マリスが現れてこちらを見つめて体を借りるように催促する。これで、別れられる。でも今別れて正解なんだろうか?
「可能性があるなら潰すしかないな!」
離れたい一心で体を黒く染める。彼と意識が一体となる。魔法も力も一段と強くなったような感覚が襲う。ノマドは鎌を取り出していきなり横一閃に振りきる。飛び上がり、伸びた影が拳となって相手の頭を殴りおろす。
ノマドの顔が下を向いた隙に地上に降りる落下速度を利用してかかと落としをしようとした。が、ノマドはそれを読んでいたかのように鎌を落として両手で受け止める。
「マリス、そこまで人間が好きになったのかい?」
『私は私を人間に縛りつけて異世界に飛ばしたものに復讐するために彼女を使っているだけだ。そう思っていた。だが、私はこいつとともに行動したことでなにかが変わってしまった。それがわからないだけだ』
「ただの悪意が情に流されたか! 情けない......。こんな未来になるのならお前は必要ないな」
足が離されて後ろの方に飛ばされる。その間にギリギリのところで鎌が振り下ろされる。フッとなにかが抜けていくのを感じる。黒いものが落ちていく。マリス......!?
「グレイス!? 貴様グレイスに何をしたぁ!!」
サバトの怒りの声が遠くから聞こえる。意識はあるけど、今にも遠のきそうだ。体が重い。サバトが私のために戦ってくれているのに私が戦えないなんて......。キオナが私を守るように魔法で壁を作っている。サバトは槍で鎌を扱うノマドと対峙している。とても勇士とは思えない荒々しさ。その型にはまらない動きでノマドを圧倒していた。ノマドはまた、霧のように消えていく。
私の意識も霧がかって落ちていく......。
グレイスにまとわりつく仮面の男、ノマド。
彼の目的は謎のまま、マリスとグレイスは分断されてしまう。
意識のないグレイスに幾度となく呼びかけるサバト、彼もまた彼女のために立ちあがり旅をはじめる。




