36:監視塔と絵画の天使
監視塔の頂上へと登るグレイス。
そこにはやはり絵筆を握る異形の天使がいた。
頂上へ近づくとともにポタッ、ポタッと雫が落ちる音が鮮明に聞こえてくる。
私を先頭にしてサバト、ターニャ、そしてキオナが階段を壁に沿って登っていく。
「キオナ、もしかして怖いの?」
ターニャがキオナに煽りだす。彼女の声も少し上ずっているように聞こえる。みんな心のどこかで怖がっているんだと思う。サバトの勘の通りなら、ここには殺した人間の血で絵を描いている天使がいることになる。
「そ、そんなわけないよ」
キオナは目をそらして足をゆっくりあげる。そうだ......。そんなことあるはずがない、それを否定するように上に登るほど血の匂いは濃くなっている。絵画は上になるほど抽象的になっている。声が聞こえ始める。
『足りない、足りない。えのぐが足りない。私の作品がどんどん汚れていく......』
反響した声は女性のようにも聞こえる。鼻歌を歌っている。鼻歌は優しいそうなメロディだけど、まったく癒される心地がしない。声はしだいにはっきりと聞こえ出す。頂上につくとそこは部屋のようになっていた。階すぐそばにそれ(・・)はいる。
『隠れてないで出ておいで。仔羊たちよ』
私たちのことをいっているのだろうか......。天使は手を止めて私たちと交流を図ろうとしている。彼女の姿はそんなに小さくはない。下半身である球体をぷかぷか浮かせてこちらの方へ向かってくる。彼女の手には赤いものがべったりとついている。彼女の言葉で私たちは武器を持って彼女の前に出た。
「どうして悪魔の進行を止めないの? あなた、天使でしょ」
睨みつけながら彼女に訴えかけると彼女は淡々とした口調で話す。
『我々が人間を守る義理なんてないよ。今はただ食料がうるさくなったから上質なものを選別してるだけよ』
「それってあなた達の勝手な都合じゃない! 勝手な都合で人の人生めちゃくちゃにすんな!」
『人間の人生は見ていてとても楽しいよ。めちゃくちゃになった姿も、めちゃくちゃにするのもね』
そういうと天使の下半身から小さな球体が現れた。球体から赤いエネルギーのようなものが放出される。私たちの動きに反応して小さな球体は熱光線で私たちを分散させて檻となって閉じ込める。熱光線は触れることもできないくらいに熱い。天使はさらに自分の弁解を進める。
『人間をいたぶり、それを絵画として残す。それが私のこの世界での芸術活動。食い殺した人間への贖罪なのです。ああ、なんて高潔なんでしょう。そして、啓蒙の天使ファムエルこと私の芸術活動の最高傑作こそ、彼なのです』
そういうとフェムエルは後ろから一人の人間を呼び出した。黒い鎧に包まれて瞳もうつろに黒く濁る一人の男。私はこの男をあまり知らないけど、ターニャは彼を知っている。ターニャは彼に呼びかける。
「クオーツ! お前はそこで何をしてるんだ!!」
「だまれ反逆者め!! お前は俺の手で裁く。来いよ、その二つの剣で俺を切り裂いて見せろ!」
ターニャの熱光線の檻が開けられた。
「ウチらが戦う必要なんてどこにもないだろ。剣もないのに」
「強くなった俺に剣など必要ない。杖一つで十分だ」
そういうとクオーツは何もない所から杖を取り出してきた。彼女に加勢しようとマリスを使って檻を抜けようと何度か試みたけど悪魔にもこの檻は抜け出せないようだ。ターニャは一人自分の相棒だった人間と対峙する。
「アイビィバインド!!」
緑のツタがターニャを襲う。ターニャは二つの剣を自在に扱って意志があるように動くツタを切り刻んでクオーツへと近づく。
「クオーツ!! お前だけはウチが止める!!」
ポケットの中のガラゴがごそごそと動き出す。彼なら、この檻を脱出できるかもしれない。
クオーツとターニャの戦闘に天使が気を取られている間にこちらでやれることはやっておかないと
「ガラゴ、この檻破れる?」
「俺様が? まあ出来ねえことはないが......。それよりあの二人のどうでもいい戦いをもっと楽しめよ。友達なら信じたらどうだ?」
ガラゴが皮肉めいたことを語りだすが、私は彼女を信じていないわけじゃない。一刻も早くこの街を取り戻すために最善を尽くさないといけない。
「彼女たちにとっては決着をつけないといけないことよ。私は私のできることをするだけ」
「わかったよ、そう睨むな」
ガラゴはスルリと熱光線の檻を抜け、光線を打ち出している小さな球体を溶かした。
「ありがとう。他の檻もお願い!」
『まったく、悪魔使いの荒いお嬢ちゃんだぜ』
減らず口を叩きながらもクマのぬいぐるみはサバトやキオナの檻の方へと向かっていった。私は一直線にファムエルの方へと向かっていった。
「ファムエルーーーーーーーー!!」
フェンリルを次元鏡から出して、傍観している天使に迎え撃とうとするが激しい風が私たちを包んだ。
風はクオーツが魔法によって生み出したもので私たちはターニャのいるところに吹き飛ばされてしまった。
「ごめん、ターニャ大丈夫?」
ターニャの上に乗っかかる形になってしまった私は、すぐに立ち上がって彼女に手を差し伸べる。
「抜け出して特攻しかけるならもっとスムーズにやってよね」
「ごめん、邪魔をするわけじゃなかったんだけど」
すぐにファムエルの方へ向かおうとしたがクオーツが私の方へと高速移動してきて杖を目の前に向ける。
「フレイムバーっ......!!」
「マリス!」
炎の魔法が解き放たれる瞬間、マリスが文字通り盾となって私を守っていた。それにしてもあのクオーツの動き、まるで......。
「天使......?」
彼の頭上には天使の輪っかのようなものが浮かんでいた。目は青白く光り、人間を逸脱して新たな腕が生成されていく。彼は一体何になろうとしているの?
「おお、力が......。力がみなぎってくる! これが、選ばれし者への天啓!」
彼はもう人間ではない醜いものへと変貌していく。ただ、天使の輪はきれいに美しく輝き続けている。
人間が天使へと変貌した。
目の前で起こった事実に困惑しつつも二人の天使に立ち向かうグレイス。
そして、また失う。




