3:少女と追放
森に追放された彼女の旅の行く末は......。
冷たい夜、知らない森の中は狼の遠吠えが泣き止まない。死にたいと思っても死ねない。それでも少し生きたいとも思っている。どうすればいいかもわからず何日も何カ月も、何年もさまよい続けている気がする。そんな心もとない状況で、灯りといったら隣にいるこいつの淀んだ蒼い眼だ。
『何をじろじろと見ている?』
まじまじと少女に見つめられた悪魔は表情一つ変えずに首をかしげる。
うすぼんやりと見える、骨がむき出しになった顔は無機質な恐怖を覚えた。
「死にたいって言っているのに、殺してくれないんだよ。悪魔なんだろ」
サラッとした長い髪の毛が肩から擦り落ちる。不思議な感覚だ。
髪の毛をいじっていると悪魔は少しぶっきらぼうに切り返す。
『この世界で貴様にはまだ利用価値のあるからだ。それに、悪魔は恐怖するものの命を刈り取る。特に命乞いをするものを好む。そして、一度選んだ相手を恐怖に陥れるまで、どこまでも付きまとうぞ。......ン? 何か聞こえるな』
静まり返ると奥からなにかが草むらをかき分ける音が聞こえてくる。
おれとマリスは腰を低くして草むらの向こうのなにかを警戒していく。
「グルルルルゥ......」
獣の威嚇する声がしたとたん、自分の背丈よりも大きな狼がこちらに牙を剥いてこちらを覗いていた。歯と歯の隙間から湧き出るよだれが月明りで照らされていて気持ちが悪い。
きっと人を何人も殺して食っているような目つきと大柄な狼という点、そして父が言っていた「フェンリルの森」という単語から目の前の獣はおそらくフェンリルだろう。
彼の視線を切らないように後ろに一歩ずつ下がるも、大木が多くこれ以上進めない。
フェンリルは依然静かにそして大胆に追いかける。もう、無理かもしれない。
諦めた俺の足が止まった瞬間、フェンリルは大きな口を開けてとびかかろうとした。
『貴様はまだ死ぬに値しない』
そういって悪魔は勝手に俺の魔力を吸い取って実体化した。悪魔が人間を助けることなんてありえないことだ。でもそれは事実として実体化した彼の手は狼の爪よりもするどく、とびかかるフェンリルを一瞬で叩き落すほどの力さえも持っていた。
「そこまでして俺を生かす利用価値なんてあんのか?」
俺は単純な疑問を投げかけると悪魔はギロっと赤い目をこちらに向けて俺の顎に手を伸ばした。
『ある。この私を、こんな異世界に追いやったものへの復讐のため、貴様は必要だ』
「手を貸すわけがないだろ! お前の勝手な都合なんて」
『どうだかな? もし、その復讐相手が私たちを分離する方法を知っていたら?』
そんな都合のいい事なんて起こるわけがない。でも、異世界に前の記憶を持ったまま転生するなんて都合のいいことが今、この時点で起きてるんだ。そんな都合のいいことの1つや2つはあってもいいだろう。
「でも、悪魔の言うことなんて信じられるか!」
『私のことが信じられないと?』
「当たり前だ! お前は悪魔だし、だいたい悪意って言う名前からして信じられねえよ」
マリスとの会話で狼のことを忘れていた。
フェンリルは血だらけになりながらこちらを警戒している。
『獣というのは、どうしてこうも美しくないのだ? 弱者は強者に命を乞うもの。醜態をさらすなら、さっさと消えろ』
利用するという意味では、このフェンリルに契約魔法を使って使役すれば、ここを出られて少しはマシなところに出られるかもしれない。そう思った俺はマリスがフェンリルに手を出そうとするのを制止した。
「待てって! こいつなんかに使えないかな。この森の中を出られるかもしれないし」
『例の契約魔法か? フン、まあいいだろう。だが死にそびれたものに、安息はないと思え』
俺は魔術書を取り出して契約魔法を目の前にいる大きな狼【フェンリル】にかけた。実践するのは初めてだけどぶっつけ本番でやってみるしかない。
「『天使の名において我と契約せよ』テイム!」
そういうと契約の魔法陣が狼の体を包んだ。あの時のウマにかけたように手なずけられるように優しく包み込んだ。
『悪魔と一緒にいるというのに、契約の詠唱が【天使の名において】というのも皮肉だな』
「お前が引っ付いてくるからおかしいんだろ」
『だが、この世界に悪魔や天使という言葉が根付いているとなると実在する可能性もある。現に私やあの馬がそうだ。もしかすると、我々がこの世界に来たのもその天使や悪魔の仕業なのか?』
「そうかもな。天使様を見たっていう人もいるし、街の拠点にいるって噂も実家にいたときに聞いた気がする。小さいときだったからぼんやりとしか覚えてねえけど」
この世界は天使によって守られているらしい。だからこそ悪魔を宿す俺は忌み嫌われるんだ。両親からも、家のまわりにいた住民にも、そして社会からも......。それでも、死ぬに死にきれない。どう死のうとしても、この厄介な悪魔が邪魔をしてくる。ふざけたやつだ。
『引っ付きたくて引っ付いているわけではない。私はお前のような人間が一番つまらん!』
フェンリルに異常はなさそうだ。彼に負わせた傷を癒してあげながら頭をなでる。
この子に名前くらいはつけてあげたいな。それにしてもマリスがずっとこちらを向いてぶつくさ文句を言っている。
「ちょっと黙ってろよ! いまジョンに街に出る方法を聞いてるから」
『「ジョン」というのは、まさかこのフェンリルのことか?』
悪魔は少しおどけたような口ぶりで狼を指さした。んだよ、悪いかよ。
「なんだよ! なんか文句あっか」
『いや、人間のその変な風習に呆れているだけだ』
「似たもんじゃねえか」
なんだよ、こいつ......。とにかく、今はここから抜け出してこの世界のことをもっと知らないと死ぬに死ねない。
ジョンならこの世界のことなら俺達以上に詳しいだろうし、森のこととなるともっと詳しいはずだ。彼に人里へ行く方法を聞くと、彼はすんなりということを聞いて私たちの前を歩いていく。
「ついてこいって」
『犬に指示されるのは癪だな』
「犬じゃないって、フェンリル。どっちかっていうと狼だろ」
『どうでもいい、はやく案内させろ。悪魔や天使の知るこの世界の住民に話を聞けば、我々のこともわかるかもしれん。はやく行くぞ、グレイス・アルマン』
いつの間にかリーダー気取りでフェンリルの隣にマリスがゆらりと立っていた。
それに引っ張られるように私もフェンリルの横まで前のめりになってたどりつく。
私を見るなり、フェンリルとマリスはずんずんと足を速めていく。
森が獣道になり、人の手入れされた草木が目立ち始めると明かりが見え始めた。私たちはようやく人気のある街並みにたどり着いた。これほどまで安心したのはいつぶりだろうかと思いながら私はその町並みに足を踏み入れていく。
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