エピローグ
これは、いつかの2人が出会うまでのお話。
天使との戦いを終え、グレイス・アルマンは街と仲間に見守られながらその生涯に幕を閉じた。
彼女の人生は初めは壮絶だったかもしれないが、玄馬紀里弥として生きるよりも十分に幸せな時間を過ごしたという。そして時は流れ、世界も大きく変わっていく。
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彼または彼女の魂は流転し、ある夫婦の間の娘として産声を上げた。
彼女の名前は、グレイス・シュバルツ。奇しくも、名前は同じであった。
彼女は、幼いながらも可憐で優美な目鼻立ちをしており、両親ともども彼女を可愛がった。
だが、彼女は生まれながらに病弱でもあった。
「グレイス。はい、今日の分のお薬よ」
彼女と同じ澄んだ翡翠の瞳と髪色の母親が、病院のベッドでうずくまるグレイスに優しく声をかける。
グレイスは、ベッドからひょこッと顔をのぞかせて細々と声を出す。
「おくすり、いや......」
「だめよ。ちゃんと、飲んで元気にならないと。お外でも遊びたいんでしょ?」
「うん」
グレイスは、ベッドから起き上がり殺風景な病院を一瞥して、母の差し出す薬をごくりと飲み干す。
するとすぐに彼女は、舌を出して眉を顰める。
「うえぇ」
「こらこら。可愛い顔が台無し......。フフフ」
グレイスはふと、窓の外を覗いた。外はあたり一面銀化粧が施されていて、グレイスの心を躍らせる。
グレイスは、口角を緩ませていく。
「うわあ、すごい! なにあれ」
「あれは、雪ね。 冬になると、降り積もるのよ。そういえば、明後日はクリスマスね」
彼女はそのきらびやかな言葉にさらに声を弾ませる。
「くりすます、って?」
「そっか。去年はずっと寝たきりだったもんね......。クリスマスってのはね、ケーキを食べたりサンタさんからプレゼントがもらえる日なのよ。あ、でもグレイスはケーキダメだからね」
母の『ダメ』という言葉にぷくりと頬を膨らませるのも束の間、彼女の頭の中には「プレゼント」という素晴らしそうな言葉でいっぱいになった。彼女がそれについて聞こうとした瞬間、病室の扉が開く。
「グレイスー! お父さんが来たぞー!」
「お父さん!!」
しなやかで優しい母と打って変わり、筋骨隆々で白い歯がきらりと光る笑顔がまぶしいガテン系の父がその大きな腕でグッと彼女を抱きしめる。
「アハハ! お父さん、おひげ痛いよぉ!」
「あなた、そんな力こめないで」
そういうものの、父の愛情表現は止まらない。
グーッと抱きしめた後、彼はグレイスに向き合う。
「グレイス、クリスマスのプレゼントは何がいい?」
グレイスは父の言葉に、さらに気分がよくなった。
プレゼントというのは自分がもらえるものだと分かったからだ。
グレイスは、思いきり悩んだ。だが、彼女にはほしいと思うものは見つからない。
ふと、彼女はあることを口走る。
「うーん、リス?」
彼女の記憶の奥底にある何かが、目覚めた瞬間だった。
だが、彼女にはそれがなにかわからなかった。忘れてはならないものがそこにはあった。
「リス? リスさんのぬいぐるみかしら」
「グレイス、リスなんて知ってるんだな。物知りで偉いぞ!」
父親は、教えたことも見せたこともない「リス」という存在を口に出した娘に違和感を抱きながら心のメモに記憶していた。母親も少し違和感を覚えながらも、きっとどこかで覚えたのだろうと楽観的だった。
「えへへ」
頭をなでられ、グレイスは喜びつつも自分の発した言葉に疑問を持っていた。
初めての言葉に戸惑いつつも、どこか安心していたものもあった。
両親とそのまま話し込んでいると、すぐに夕暮れになり申し訳なさそうに看護師がやってきた。
「そろそろ面会時間終了です」
「そっか。じゃあ、またクリスマスに来るからな」
「いい子でしてるのよ」
両親の言葉にグレイスは、思いきり首を大きく縦に振り笑顔で返す。
「うん!」
その日の夜、グレイスは今まで以上に眠れた。
だが、ふと彼女は目を覚ましてしまった。夜泣きでもトイレに行きたかったわけでもない。
人気を感じたからだ。
「だれ......」
彼女は眠気眼をこすりながら、むくりと起き上がるとそれに反応するように影がうごめく。
影は形となり、白い頭蓋骨とその横から大きく映える角があらわとなった。
『私は死神......。君の命を奪いに来た』
彼の声はグレイスにしか聞こえていないようで、頭に直接響く声だった。
グレイスはその声や容姿に驚きも怖がりもせず、どこか安心を覚えていた。
「わたし、死ぬの?」
『正確には二日後のこの時間。君は確実に死を迎える。君にはそれを知る権利がある。そう思い、私が独断で知らせに来た』
そういうと、すでに死神は消えていた。
グレイスの目にはなぜか涙がこぼれていた......。
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気づけばもう朝になっていた。鳥がグレイスの朝を彩っていく。
母親も早くから彼女の病室に入って、洗濯物を取り込んでいる。
グレイスはあの時の夢のような出来事が忘れられず、母親に聞くことにした。
「おかあさん。私、明日......死ぬの?」
母は、その言葉を聞いて洗濯物を落とした。
その目は怒りとも悲しみともいえない、やりきれないものだった。
「誰かから聞いたの?」
グレイスは昨日の死神のことは言わず、ただ首を横に振った。
「そう......。でも、知らないといけないかもね。グレイス、よく聞いてね。あなたは生まれてからずっと病気がちで大変だったけど、生まれてきて本当に嬉しいわ。でも、そう長くはないみたい。......あなたが6歳まで生きられることはないってお医者さんに言われたの。だから、明日が最後かもしれないっていつも思ってるの。眠っているように死ぬんじゃないかって、いつもあなたの寝顔を見ながら」
そう言っているうちに、彼女の眼から大粒の涙が流れ落ちていく。
母親は、グレイスのベッドにうずくまり布団にシミを作っていった。
グレイスは、小さいながらも母親を慰めるように彼女の頭を撫でた。
「おかあさん、泣かないで」
途中から話を聞いていた父親は、静かに病室に入り母親と娘を優しく抱きしめた。
その後、夫婦二人は病院の許可を取りグレイスと共に寝ることにした。明日最後かもしれないという思いは募るばかりの夫婦に病院側も無下にはできなかった。
3人の仲を引き裂きたくないのか、死神はその日姿を見せなかったという。
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次の日の朝、3人はゆっくりと目覚めた。全員の時がこれ以上進まないように、おまじないをかけるように。父親は、それでも作業服を着て出かけようとする。
「あなた、もう行くの?」
「うん。美を追求する宮廷彫刻士に休みはないから。必ず、夕方には帰るよ」
父親は母と娘のおでこにキスをした後、颯爽と出かけていく。
母親はというと、一日でも多く一緒にいたいということから会社の有休を取っていた。
母とグレイスは、テレビを見ながら一日を過ごした。そして、まちかねた夕方。父親は大きな袋を持って病院に戻ってきた。
「グレイス! メリークリスマス!」
父親はグレイスに中身の見えない袋を手渡した。
グレイスは、目をキラキラと輝かせた。
「うわぁ!! 大きい!! 開けていい?」
「もちろん!」
父の合図にグレイスは無邪気に開けると、そこには大きなリスのぬいぐるみが入っていた。
グレイスは、きょとんとしつつもその可愛さにぎゅっと抱きしめた。
うずくまっていると思ったその瞬間、彼女はすぐに吐血した。リスの顔が途端に血で汚れていく。
ナースコールがけたたましく鳴り響き、主治医とナース数人が駆けつけてくる。
主治医はグレイスを落ち着かせて、身体の状態を確認していく。
想像以上に病巣は進行しており、主治医は苦悩する。
「最近は投薬で安定もしていましたし、余命の峠を通り越したので大丈夫かと思っていたのですが......。再発してました......」
主治医の言葉に、両親は愕然とする。
だが、もう一度立ち上がり彼らは最後の望みに賭ける。
「手術は、可能ですか?」
「以前にもお話した通り、子供の代替臓器というのは現代医学では困難です。それに、摘出・適合手術に彼女の身体が耐えられるかどうか......」
「このまま、見殺しにしろとでもいうのですか!」
両親は焦っていく。
彼女は安静になっているとはいえ、一時的なもの。
彼女はまた起きればまた病気に苦しみだすことも安易に想像できる。
かといって、手術を強行して術中死というのもいたたまれいないものである。
だが、医師も両親も小さな希望にすがっていく。
「わかりました......。お父さん、お母さん。ここからは、かなり危険な手術になります。私も全力を尽くしますが、万が一というのもあります。それでもかまいませんか?」
主治医の念押しに両親は一瞬たじろぐ。だが、彼らは揺るがない。
「手術をお願いします。せめて、楽にしてあげてください」
手術はその夜に行われることになった。
グレイスの身体はそのまま緊急手術室に運ばれていく。
運び込まれた体が大きな照明に照らされると、医師たちが仰々しいマスクや滅菌服を着用して彼女に対面していく。全身麻酔の効いた彼女に医師たちは決意の眼差しを向ける。
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一方、グレイスは一人自分の身体を茫然と見つめていた。
まるで手術している人間が他人かのように思えた。
彼女の横に以前現れた死神が突如として現れる。
「やあ、グレイス」
「あれ、なに?」
「君は今、生と死の境目にいる。 あれは手術を受けている君だ。そして、今ここで私と話しているのも君自身だ」
よくわからず、グレイスは頷く。
死神は彼女の頭にそっと触れる。
そこには、魂の中に眠る記憶というものが垣間見えた。
死神は彼女に触れて確信した。彼女こそが、グレイス・アルマン当人であると。
だが、彼は自分のことを明かさず彼女を見守る。
「私、このまま死ぬの?」
「そうだろうな。とはいえ私が死神といえど、正確な死亡時刻までは計れない」
「もう少し、おとうさんとおかあさんと一緒にいたかったな」
そういうと、死神は知っているかのような口ぶりで語る。
「今の君の両親は優しい人たちだったのだな。さぞ幸せだっただろう」
「しあわせって、なに?」
「それが分かれば、死神などやっていないさ」
二人が淡々と話し込んでいるうちに手術は峠を迎えていく。
計器があちらこちらでアラームが発砲していく。医師たちもその音に苛まれながらも汗を流し、最後の最後まで抗い続ける。
「これが、死ぬってこと? マリス」
グレイスは、自分の言葉にハッとした。
死神のことを知らないはずの彼女は死神の名前を口にしていたnのだ。
「そうだな。君はもうすぐ死ぬ。君の両親が来た。グレイス、挨拶はいいのか?」
「『泣かないで、いつでもそばにいるから』ってだけは伝えたい」
死神マリスは目をそっと閉じ、両親に念を送っていたように見えた。
そうすると、両親はグレイスの固くなっていく身体をギュッと抱きしめながら泣いていた。
グレイスはそれを見つめていると、死神はそっと彼女に手を差し伸べた。
「さぁ、次はどこへ行こうか。グレイス」
「どこでもいいよ。マリス、あなたと一緒なら」
二人は、するりと病院を飛びたち、寒空の雲より高く昇っていった。
end
小鳥です。
長い間、お付き合い頂きありがとうございます。
こちらで完結とさせていただきます。
個人的には少し物足りなさはありますが、野暮なことはせずに締めようと決意しました。
改めて、ご愛読ありがとうございました。
また、次の作品でもよろしくお願いします。




