111:それぞれの自由へ
因縁は終わり、グレイスは安堵で気を失ったかのように眠っていた。ふと起きると、革命軍の面々が戦いで傷ついた土地や民家、人たちを癒すため奮闘していたのだった。
気づけば私はベッドの上にいた。外は騒がしく、働く声が聞こえてくる。
拠点に戻ったんだと安心してゆっくりと起きて外に出てみた。すると、そこには大勢の革命軍が破壊されていた家屋を建て直しているのが見えた。
「そっか。もう戦う必要なんてないんだ」
「あれ? グレイス、おはよう」
大きな木材を運んでいたアリスが私に気付き、その木材を置いて挨拶しながら近づいて抱きつく。
私は、彼女の頭を優しくなでて状況を聞く。
「街もかなりきれいになってきてるね」
「うん。今、他の地域にもキックス達が出向いて、みんな協力してるところ。だから息抜きもかねて、グレイスにも協力してほしいなって。体の方は大丈夫?」
「もう大丈夫。ルシエルとの戦いくらいの魔力は使えないかもしれないけど」
握り拳を何度かつくるも、ルシエルと対峙していた時の力が抜けているのを感じる。
あの時でもう、魔力は使い果たしてしまったのかな? まあ、それでいいとは思うんだけど。
自分の手を一生懸命見つめていると、その手に重ねるようにアリスの手が触れる。
「大丈夫。やることほとんど力仕事だから」
「じゃあ、私はどこにいったらいい?」
「どこも手薄だからなぁ......」
どこから手伝いに行こうかと考えながら、街を見て見ると違和感に気が付く。
そういえば、マリスがいない。私から離れたのはいいとして、どこいったんだろ。
「いろいろ回ってみるね。ところで、マリスは? 見かけてないけど」
「え? 一緒じゃないの?」
「なんとなく、近くに感じないし......。まぁ、どっかでふらついてるだろうし、他の街を見回りながら探してみるよ」
「わかった......。気を付けてね!」
じゃあ。とアリスに手を振り、ソルの街もといレイスガルド領を後にした。
自分の生まれ故郷ともいえるカマルの街方面へ向かうと、人の賑わいと出くわす。
ギルドや商店にはこれまで以上の利用客がたむろしていた。みんな、戦いなんて忘れているかのように振舞っている。もう少し歩くと、私の家が見えた。ついこの間まで、誰も使っておらずホコリや蜘蛛の巣でさびれていたが、見違えたように美しく改装されている。
「なにこれ。めちゃくちゃ綺麗になってる!」
「グレイスか。驚いたか?」
あっけにとられている私に家から出てきたのは、獣人のバベルだった。
バベルは、いつの間にか左目に眼帯をしていた。
「バベル、その眼帯は?」
「ああ。天使に操作されていた後遺症だ。気にするな、自業自得だからな」
少し、やりきれない気持ちになり下を向くもバベルは明るく振舞う。
「それより見ろ! 俺様がお前のために建て替えてやったんだぞ?」
バベルがそういうと、どこからともなくマルファスとニーデルベングがやってきた。
「それを言うなら、私たちというべきだ」
「そうだぜ。それに、グレイスとオレ達がいなければお前だって生きてないんだぜ?」
ニーデルベングは、嫌がるマルファスを強引に肩を寄せて笑う。
マルファスも彼に慣れてきたのか、少し笑う。
「それは、確かにそうだ。ありがとう、グレイス。俺の尻拭いをしてくれて。そして、俺たち獣人の敵を取ってくれて」
バベルは、私たちに頭を下げてきた。
そんなことをする必要はないのに......。私は彼の肩に優しく手を乗せる。
「顔を上げて。前も言ったじゃない、これは私が勝手にやってることだって。だから、気にしないで」
「そうか。そうだな......。ところで、グレイス。お前、これからどうするんだ?」
私には今、やるべきことがない。理由もなく、ただ生きている。それでいいと言えばそれだけなんだけど、やっぱり自由になったからには何かしたい。でも、何をしたらいいんだろう。
「とりあえず、今ここでできることはない? できることがあれば力になるわ」
「気持ちはありがてえけどよお、このあたりはもう片付いちまっててよぉ」
バベルが、耳の後ろを搔きながら申し訳なさそうに言う。
続けて彼は、私の肩に両手を据えて語る。
「そういうんじゃなくてよ、でけえ夢とかねえのか? 旅がしてえ、うまいもん食いてえ。なんでもいい。お前の好きなことやっていいんだぜ!?」
そういうバベルに対して賛同するようにニーデルベングも腕を組みながら頷く。
「そうだぜ。お前はそういう自由を取り戻すために戦ったんだろ?」
「そうだけどさ、いざそうなるとやりたいことなんてすぐ思いつかないよ」
私は首を横に振って、うつむく。そうしていると、ハッとマルファスが気付く。
「グレイス、あの悪魔はどうした?」
「ああ、マリス? 私だって知らないよ」
ハァとため息をつき、彼ら3人に手を振り自宅を後にした。
山の方へ戻り、時間をかけて首都マトハルにたどり着く。ここなら、今できることがあるかもしれない。そう思っていると、キックスがマトハル城下町の入り口に立つ私を迎えてくれた。
「やっと来たか。グレイス」
「もしかして、困りごと?」
「マリスを止めてくれ」
「どういうこと?」
マリスを止める? 何がどうなってるんだ?
キックスは歩きながら話そうといいながら、城の方を指さす。
「それで、あいつがどうしたの?」
「それがいきなり城に現れたかと思うと、『これからは悪魔がこの世界を支配する』といって玉座から離れないんだ。私もジーンも話し合おうと努力したが、取りつく島もなく......。そんなところに君が現れたというわけだ。悪いが、協力してくれ」
あっという間に城の正面に着くと、私たちに気付いたのか門外橋が降りる。
橋を渡り、玉座へ向かうとキックスの言う通り、マリスが椅子のひざ掛けに足を乗せて私たちを見下していた。
「どうやら、ウソではないようね」
「君に今嘘を言ってどうなるんだ!」
「ごめん、ごめん。あまりにも荒唐無稽だからさ」
二人で盛り上がっていると、マリスが口をはさみ始めた。
『来たか、グレイス・アルマン。私の世界にはお前が邪魔だ。消えてもらうぞ』
玉座から降り、彼は魔力を放出してオーラのように見せながら私に近づいてくる。
そんなこけおどしに私が騙されるわけもなく、冷静に受け流す。
「あんたねえ、いたずらのつもりなら寒いわよ? さっさと一緒に帰るわよ」
「これは、宣戦布告だ。悪魔に居場所などない。地獄や冥界も不安定な状態で、行き場を失いつつある。かといって、この世界に来れば真っ先に抹殺対象だ。だから、私がこの世界を治めて悪魔が自由に暮らす社会を作る」
言ってることはまともそうにも聞こえるが、彼の本意ではないように聞こえる。
どこか、上っ面で話している。そんな気がした。
「そんなことはどうでもいい。あんたの本音が聞きたい。それはあんたの本心なの?」
そういうと、彼は立ち止まり拳をすばやく私の顔の横に突き出す。
「これが、私の本心だ」
私はその拳を掴み、背負い投げを一発かます。彼の身体は軽く、すぐに浮き上がり柔道を習ったことのない私でさえ軽々と床に叩き落した。そのまま、掴んだ手を放さずにマリスの顔に近づく。
「死にたいの?」
『私が長になれば、人間は悪魔の奴隷だ! 人間の尊厳を守りたくば、私を殺せ!!』
そういうと、彼は足を私の方へ突き出す。すんでのところでよけるとともに、突き出された足にターゲットを変えて掴もうとするも、二度はうけずマリスはブレイクダンスのように回転蹴りをくりだす。
よけきれず、頭にくらってしまった。ふらつきながら彼から離れるもすぐに態勢を立て直す。
「あんたとは、ずっとやっていけると思ってたのにな!」
『結局悪魔と人間は、殺すか殺されるかだ。最後の一人になるまで戦いは終わらん! それが私の望む恐怖だ!』
私は、グッと拳を握りしめてマリスの前まで突き出そうとするも目の前のところでフッと今までのことが思い出される。これまで一緒にきた友人、仲間ともいえる彼を殺したくない!!
マリスは、容赦なく私の突き出した拳を掴み、捻り倒していく。
『どうした。今までの威勢はどうした! 自由を奪われようとしているこの時に、お前はされるがまま死ぬのか!』
「このまま、夢も目標も立てないまま死ねるか! 私はまだ、幸せじゃない!!」
いっぱいおいしいものが食べたい。多くの仲間と一日でも長く過ごしたい。
でも、一番の幸せは、マリス......。あなたと隣で一緒に笑いあうことなのに......。それなのにどうして戦っているんだ!! 私は、マリスの顔に一発殴り飛ばした。
『ぐっ!!』
「私の気持ちも知らないで! 勝手に悪魔気取ってんじゃねえぞ! クソが!! あんただって、私の幸せを知りたい。その気持ちを知ってから私を殺すんじゃなかったのか!! なのに、こんなぬるい思想でお高くとまりやがって! 自分は夢を持ちましたってか! ふざけんな!!」
気づけば、マリスの顔を何度も何度も馬乗りになって殴っていた。
彼の意識はもうなく、ぐったりとしていた。まさかと思いつつも彼の胸の鼓動を聞く。
だが、そこに聞こえるはずの音がない......。
「なぁ、こんなとこで死ぬなよ! 私を置いて行くな!! こんなんで、死んでどうするんだよ!! 悪魔だろ!!」
『......ぐぅ。勝手に、殺すな......。私は悪魔だ。ルシエルのように簡単には死なん! 死ぬわけにはいかない。お前を、殺すまで!!』
マリスは、起き上がり馬乗りだった私を押し倒す。
そして、彼は私の顔に手をかざす。
『すぐに終わらせてやる......!!』
「やれるもんならやってみろ! 私の未来を奪って見ろ!」
できるなら死にたくはない。でも、マリスがもし「殺したい」というのなら......。
私は彼の「享楽」に寄り添いたい。それが、悪魔を愛した代償だというのなら......。
『......。なぜだ! なぜ、できんのだ!』
気づくと、彼の手は震えていた。その手に驚くマリスに、私も驚きつつも胸が締め付けられる。
「震えてるよ。私を殺すのに、そんな手じゃダメじゃない」
ゆっくりと彼の手に寄り添い、自分の顔に持ってくる。
マリスはさらに動揺していく。すぐに手を引っ込めて私から離れる。
『私が、恐れている......!? お前を失いたくないと恐怖しているというのか? この私が......?』
振るえる手を見つめながら、マリスは茫然としていた。
彼に私は手を差し伸べる。
「帰ろ。私たちの居場所に」
「さっきも言ったはずだ......。悪魔に居場所はない。どこにもないのだ......。だが、今はそれがなによりも恐ろしい」
「だから、私を?」
『ああ。決着を着けたかったというのもある。だが、私はお前のそばにいたいと思ってしまった。悪魔は人間を愛してはならない。だから、その気持ちと決別するため戦いを挑んだ。だが、無駄だったようだ』
そう言って彼は私の手を取った。
立ち上がり、私の顔をじっくりと見つめる。
「なによ、じろじろと見て」
『大きくなったな、グレイス』
「そりゃ、もうすぐ15歳だし? 成長期ってやつ?」
「私は、一人の人間に入れ込みすぎた。グレイス、お前を愛したがゆえに私は消滅する」
その時、初めてマリスの口から言葉が発せられた気がする。
いままでのぼんやりと頭に響く声ではなく、まぎれもなく彼の『声』だった。
「そう、残念ね......」
強がってはいたけど、私の顔は今どこにも見せられないような顔になっているかもしれない。
でも、彼は私の顔を見て微笑む。
「泣くな、グレイス・アルマン。消え去る者を追いかけてはならない。さて私は、罪を背負い旅に出るとしよう。だが、忘れるな。これは別れでもなければ、敗北でもない。グレイス・アルマン。貴様がどんな姿形になろうとも、私はお前を探し出し、殺してやるぞ......」
「それは、私を怖がらせるための呪いってやつ?」
私はおどけると、彼は鼻で笑う。
「ハッ! 違うな......。これは、『約束』だ。それまで、せいぜい惨めな人生を送るのだな! ハハハハ! ハハハハハハ......」
マリスは城からゆっくりと出ていく。私とキックスは彼を追いかけていった。
彼の背は小さくなり、さらに彼の笑い声は山びことなり、夜まで高らかに響いていった。
その場で座り込む私に、キックスは背中を優しくさすり続けてくれてくれた。
マリス、決めたよ。私は、あんたの分まで幸せに生きるよ。
沢山、幸せになるよ。そして、いつか死んで生まれ変わっても私を見つけ出して......。
グレイスはマリスを見送り、朗らかな顔つきで余生を過ごしていく。




