102:パンドラの中身
ウィナスはグレイスの前でクノロスを吸収し、自分の力とした。
だが彼は目的を果たしたと言い残し姿を消してしまうのだった。
それでも、あの獣人だけは彼を逃さなかった。
「さてと、用も済んだことだし......。ぼくは帰らせてもらうよ」
ウィナスは、クノロスとは違って戦闘を拒みそそくさと帰る準備に取り掛かろうとしていた。
「お前、なにしてんだよ。ウィナス、お前クノロスを殺したのか?」
「別に、この子も僕の美の世界に必要ないってだけだよ」
「それだけの理由で」
「それだけの理由って。君たちだって復讐だの、幸せだの、それだけの理由で僕たちを殺してきているだろう? それって美しくないよね?」
「なら、私も本音を言うわ。私は、自分の求める世界にするために天使たちを殺す。あんたに美しいと思われなかったとしても、泥臭く生きて、幸せに死ねるような世界に変えてやる」
私の言葉に、ウィナスはため息をつき始める。
どうやら、彼とは意見が合わなそうだ。
「僕たちとずっと友達でいれば、君たちだって永遠の時の中で暮らせるっていうのに......。人間というのは時間を無駄にしたがる。クノロスと繋がった今、彼が人間を嫌悪していた理由も納得するよ。それでも、僕はそんな人間の馬鹿なところも美しいと感じてしまう」
『問答は済んだか? さっさと殺すぞ、グレイス』
苛立ったマリスが、前に出て手をポキポキと鳴らして戦闘態勢に入っていた。
それに加わるように、サバトが私をかばうように前に立つ。
「グレイス、僕も協力するよ。僕だって、君の役に立ちたいんだ」
「素晴らしい友情、愛情、憎悪......。美しいね。でも、僕は争いが好きじゃない。君たちを殺すのは惜しいけど、革命軍という醜い存在が消えるためなんだ。パンドラ、後は頼んだよ」
ウィナスの影からにゅるッと飛び出てきたのは、奇妙な仮面をつけた魔人パンドラだった。
彼は地面に降り立つと、ウィナスに深々とお辞儀をした。
「はい。ウィナス様」
ウィナスがちょうど消えかかるころ、どこからか激しい足音が聞こえてくる。
音の方を見ると、オークや人間をなぎ倒しながら鬼の形相でこちらを捉えるバベルだった。
「獣人? 彼らは死んだはずでは」
「生きてて悪かったなぁ!!」
バベルに声をかけるより先に、彼はウィナスと共に消えていってしまった。
「嘘! 大人しくしてたと思ってたら!」
アリスが頭を抱えて茫然としていると、レイアが彼女を助けながら諭す。
「落ち着いてください! まずは目の前の敵を倒すことが先です。拠点を守らなければ我々を信じてくれた市民たちに面目が立たない」
「倒す......ですか。魔人の始祖である私を倒せると思っているのですか? それに私たちにはこんなにも軍備がある。あなたたちは今戦える人数に限りがある。勝てるわけがない」
少し前、家に戻った時に見た魔人という存在。その実験態の1号ってことなのか、こいつは。
次元鏡を取り出そうとした途端、同じ魔人であるマルファスが彼に突っかかっていく。
「お前も、私の分身ということか......。魔人の存在は、悪魔と共に滅ぶがいい!」
「分身? 笑わせないでください。私はあなたたちの上位ですよ?」
「魔人がどんな存在かだなんてどうでもいい! あんたを殺して、すぐにウィナスの元へ向かってやる!!」
私は、マルファスを横切りケルベロスを使って突進していく。 パンドラは見事吹っ飛んでいき、近くの大きな木にぶつかり倒しながら態勢を崩す。 追い打ちをかけるように拳銃を取り出して、フェニックスと心を通わせて火力を増大させて撃ち放つ。
「ぐ......。ふふふ、利きませんねえ。 私の天啓『仮面』がある限り私に攻撃は通用しませんよ」
そういうと、彼の特徴的な無表情の仮面を取り払ってこれ見よがしに見せる。その顔を見ると、傷は入っていたものの私の父にそっくりだった。
「と、父さん......」
「そんな劇的なシナリオな訳がないでしょ。私は、あなたの父親と悪魔の因子を受け継いだ魔人なのですよ。うーん、ということはあなたとは異母兄弟ということでしょうか?」
「ふざけるな!!」
私は、ケルベロスを鏡に戻して今度は久しぶりにマリスと一つになった。マリスからも怒りと似た感情が私に流れ込んでくる。彼も天使を殺せなかったやるせなさがこみあげているのだろう。
「グレイス、これは私の獲物だ! これ以上の邪魔はするな」
パンドラに殴りかかろうとするも、マルファスは私に敵意の目を向けて肘を首に入れて妨害してくる。
だが、私はそんなことに屈したりはしない。というか、一緒に戦えばいいだろ......。
「私だって、こいつには聞きたいことがいっぱいあるんだよ! お前こそ邪魔すんな」
結局、互いに邪魔しあう形になっていた。以前に手を取り合っていたような仕草はどこへやら......。
関係値は父親の家で探索していた時とあまり変わっていなかったようだ。
「仲間割れですか。まったく、人間はとても愚かですねぇ。 あ、人間じゃありませんでしたね」
「「うるせえ!」」
やっと息があったかと思うと、私たちはパンドラに一発お見舞いしていることに気付いた。
マリスはあきれ果てて自分の中から出てきた。
『初めから共に戦えばよかったものを......。グレイス、お前のその血の気の多い性格、嫌いではないがなんとかならんのか』
「うっさいわね、これだけ戦ってちゃ血の気も多くなるわよ」
「油断するな! 敵はまだ殺していないんだぞ!」
マルファスは警戒態勢をとると、パンドラすぐに立ち上がった。やっぱり、あの仮面をどうにかしないと......。
「さすがは魔人。あなたたちの拳、かなり効きました。ですが、仮面を破るには遠い! 黒魔術:影縫い」
パンドラはスッと影の中に消えていく。マルファスもそうだが、影を使う黒魔術は厄介だ。次にどこのだれを狙ってくるのかまるで予想ができない。あたりを確認していると、マルファスもいないことに気が付く。
「く、始祖たる私から派生して誕生した模造品のくせに!!」
声がした途端影の中から、パンドラとマルファス二人が絡み合い取っ組み合っているのが見え始めた。
マルファスは、紅い眼をさらに紅く輝かせてパンドラに叫ぶ。
「模造品ではない。今の私は、マルファスだ! 影の魔人として革命軍の殿、アリスを守るためこの命に代えてでもお前を殺す!」
「そんなこと知るか! 私にとっては、ただの劣化種だ!」
パンドラは、私の方むけてマルファスを投げ飛ばしていく。私は、ケルベロスの柔らかな毛並みを信じて彼を呼び出す。ボフッという音と共にケロべロスのお腹で気絶するマルファス。彼を守るように私は前に立ち、パンドラを迎え撃つ。
「父の負の遺産は、私が断ち切ってやる!」
「負の遺産? それはあなたもですよ。グレイス・アルマン」
「どういうことよ」
「あなたは、確かにマリスというルシエルの片割れを持ってルシエル復活の器として誕生した。セイネプトス様の契約と同時に君の父は、自らの実験台にしたのだよ。衰弱しきった赤子を取り戻すため」
私が、衰弱していた......!? そんなこと、知らなかった......。戦いも忘れ、彼の言葉に耳を傾けていく。
「父親は我々の研究成果で、死人が悪魔の力で蘇ることを知っていた。そして、天使の力があればそれが可能だと思った。だから小さな君に契約させた。そう、君はマリスという名の祝福を受けて転生したのだよ! 魔人としてね」
私が......魔人!?
グレイス・アルマンは死んでいた。だが、悪魔の力と契約魔法の力で今ここにいる。
それは、本当に本来の「グレイス・アルマン」だったのだろうか。
彼女の問答は続く。




