97:自由に生きる場所
グレイスたちはキックスを連れて革命軍の本拠地へ戻った。
拠点に戻ると、これまで以上に活気づいてているように感じた。ここだけは他よりも明るさを取り戻しているようにも見えていた。この世紀末で唯一のオアシスと言えるかもしれない。
「グレイス! おかえりなさい!!」
戻るとすぐにアリスがアツい抱擁で出迎えてくれた。彼女の頭をなでると、アリスは少し尻尾を振って胸に顔をうずめていた。寂しい思いをしていたんだろうな。
「もういいだろう、再会を喜ぶのは後だ。作戦を立て直す。ジーンの両親を治すための治療法も考えないとな」
マルファスがジーンの頭を撫でた後、叱りつけるように指を差していた。きっと、無断で出て行っていたんだろう。それを知りつつあそこで怒り狂わなかったというのも、マルファスという男は成長しているのかもしれない......。
「状況を整理しましょう。私たちが出会ったの天使はなんなのです? それに、まだあれらより強い天使が残っているんですか?」
すると、キックスが口を開き始めた。
「君たちが出会ったのは天界十二使の中でも神の領域に近い存在だ。名前は、セイネプトス、ウラノス、クノロスだ。君たちと直接戦ったのはその中でもクノロス、ウラノスの兄弟だ」
あわせるように、ニーデルベングが自分の持つ情報を開示した。
「確か、時の黒魔術と空間の黒魔術を操る天使だったな。めったに地上には現れないと聞いていたが」
「おそらく、ウィナスが王国を空けていた際に天界に行ったのだろう。そこで彼らが登場したというわけだ」
「それと、ルシエルの計5人が残る天使ってことでいいのよね?」
私が言うと、ニーデンベルグとキックスが首を縦に振った。その後、キックスが補足を加えた。
「ルシエルは十二使ではない。十二使を創造した、さらに上位存在と言えるだろうな。君たちの宿敵ともいえるが」
「そんな5人をどのようにして相手したらいいのでしょうか......。それに、ジーンちゃんのご両親のことも」
レイアが弱気になっていると、彼女の言葉に疑問を持ったキックスがレイアに問いかけていく。
「そのエルフの両親、たしかペスートの呪いに蝕まれていると言っていたな」
「え? ええ。そうです、よね? ジーン」
「うん、そうだよ......。キックスさん、やっぱりどうにもならない?」
「少し失礼する」
そういうと、キックスはジーンの両親であるエリエとロンドのいるベッドの方へと歩いて行った。
彼らは少し顔を強張らせながらキックスの触診を待っていた。
「そう固まるな。診断がしづらいだろ......。といっても無理はないか。これまで散々君たちを追いかけ回していたのだからな」
というと、彼らの身体から離れるとキックスは少し頭を悩ませた後に再び語り始めた。
「思っていたほど進行は遅そうだ。これなら黒化現象を抑えられる。ジーンって言ったね。君はこいつらと違って薬草について多少の知識がありそうだ。私が今から言うものを取ってきてくれないか」
そういうと、キックスはつらつらと横文字を並べてきた。私は全く意味が分からなかったけどジーンは一生懸命に聞いていた。一通り聞くとジーンは一冊の本を取り出して中身をあさった。
「ジーン、それは」
古めかしい表紙の本だった。私はその本になんとなくの既視感を覚えていた。
そして、その本には薬草の絵柄がいくつも描かれていた。
「これね、キオナからもらったんだ。いつか役に立つって」
「それ、ぼくにも見せてくれ!」
突如としてキックスはその本に興味深々になりはじめ、その本を半ば奪うように読み漁る。
そうすると、彼はあきれ笑いしはじめた。
「ははは、灯台下暗しとはこのことだな。いいかい君たち、ここに載っているのは黒魔術や契約魔法、基礎魔法だけじゃない! 反転魔術! ぼくはこれを見落としていた!」
「どういうこと? キオナも言ってたけど反転魔術ってなんなの?」
「簡単にいうなら呪いの魔法に対するカウンターだ。これなら黒化もなんとかなるかもしれん」
「ほんと?」
「ああ。竜人、お前古語はできるな」
キックスがニーデンベルグを指さすと、彼はその指を強く握りしめて怒りをあらわにし始める。
「ニーデンベルグだ。竜人をなんだと思っている。我々の書物はすべて古語だ。この本を読めばいいのだな」
キックスは自分の持っていた短剣で自身の指を傷つけた後、その血で床に魔法陣を一心不乱に描き始める。書き終わると、顔を上げてエリエ達を呼び寄せる。
「ぶっつけ本番だが、やってみよう。ぼくを、いや私を信じてくれるか?」
「やろうよ!お父さん、お母さん!」
ジーンが彼らの手を握ると、両親は少し笑みをこぼした。
「もう少し、生きてみるか」
「お願い、します! 娘が自由に生きる場所で私も生きたい!」
私とサバト、アリスとエリエがそれぞれ足が黒化して動けないロンドとエリエを抱えて魔法陣の元へゆっくりと降ろしていく。
「いいかい、呪いに唯一対抗できること。それは祈りだ。それは天を信じることでも敬うことでもない。ただ、彼らに手を当てて治ると信じることだ。それが、反転魔術の基本だ」
「そんな......」
私が驚くのも束の間に、ニーデンベルグが本に書かれていた呪文を訳すと同時にキックスがその言葉を続ける。キックスが魔法陣に手を当てると、ジーンも同じように二人のお腹あたりに手を当てる。
「簡単なことか? だから、灯台下暗しといったんだ。そして、天使が最も恐れる理由だ。人が人を信じる力は昔から変わらず強いということを彼らは知っているからこの魔術を封印した」
「見てください、グレイス! エリエの足が!」
レイアが指さす先を見るとエリエの足だけじゃなく、ロンドの方も黒ずみボロボロになっていた足が元の澄んだ肌へとするすると変化していく。ジーンはその奇跡を目の当たりにして涙を浮かべていた。
ロンドたちも、不思議と元気を取り戻しているように見えた。
「すごい......。治ってる」
ロンドが自分の足を触りつつ、エリエの足も触っていた。エリエの右足はそれに反応して少し指をピクピクさせていた。これが魔法の力......。
「あとは君たちの気力しだいだな。さて、次は君だ。グレイス」
私は、マリスと天使によって契約させられて一心同体の状態だ。それを分離するには結果的に契約した天使を殺す必要があると思っている。
「私たちの契約魔法は無理よ。だって、その本の持ち主が」
「実際にやってみたのか?」
その言葉を聞いて私はうつむく。
「いや、それは......」
「なら、やってみる価値はある! 私はセイネプトスから天啓を授かっている。多少の上級魔法でも耐えられる魔力量と体となった私に任せてくれ」
彼の言葉に半信半疑のまま、彼の作成した魔法陣の上に立つ。これでマリスとも別れられる......。
そう思うと、彼との思い出がふと脳裏にちらつく。
『私と別れるのが寂しいのか? 変わった人間だ』
「うるさいわね。あんたがいなくなると思って清々してるのよ」
「終わったぞ。おい、悪魔出てこい」
キックスが言うと、マリスは私から離れていく。影からすっと抜けていく。ヤギのような頭蓋骨に肉が付きはじめる。彼の身体が出来上がる。私と同じくらいか少し背の高いヤギ頭の悪魔が現れた。
『私の名はマリスだ。他の悪魔と一緒にするな。......なるほど、これが自由というものか』
そしてマリスは、私の首を絞めて口角を上げる。
『これで、貴様をいつでも殺せるなぁ』
けど、すぐに彼は手を広げて私を突き放す。
『だが、お前は幸せではない。幸せの絶頂となったとき、必ずお前を殺す! それが私の喜びだからだ』
だけど、私は恐怖よりも安心を覚えていた。そして、彼に初めて触れた。彼の少しほっそりとした肉付き、フワフワとした首元すべてを感じられる。それだけで......。
「うん、必ず幸せになって見せるよ。だから、まだ一緒にいてくれるよね?」
マリスは驚きの表情とともに不思議な表情を浮かべていた。初めて感じた自分の気持ちを確かめるような、感情の濁流に困惑しているようだった。
グレイスとマリスはキックスの奮闘により分離することに成功した。
だが、戦いの炎は消えることはなかった。




