1:男と悪魔
新作です。
悪魔と一緒に大冒険する話です。
よろしくおねがいします。
「ん? なんだ......。体が動かない......。いや、動かせない」
自分の手足にも関わらず、俺自身の身体は言うことを聞かなかった。足も腕も上がらず、自分の瞳だけがきょろきょろと動かすことができた。
自分の部屋、本棚、テレビ、ドア……。ものは認識できている。
夢なのか? いや、夢だとしても感覚も目の前の風景もリアルすぎる。
『どこを見ている』
どす黒いなにかが、脳内に響いて聞こえてくる。だが、どこにも見当たらない。
すると、突然ベッドの上に現実とは思えない異質なモンスターが俺の身体の上にまたがるように現れた。ますます夢かと疑ってしまうが、自分の身体が動けない原因はこいつにありそうなのでこいつは現実に存在することになる......のか?
それで、こいつはなんなんだ? 死神なのか?
『動くな。と言っても動くことはできんだろうがな』
首あたりにひんやりと何かがあたる感覚。それは、三日月状の刃のついた鎌で、ますますこの人外は死神のイメージといったところだ。人外はずっと大きな角で威圧し、動物の頭の骨のような異質さで恐怖させ、虚ろでつかみどころのない青い炎のような瞳で俺を捉える。
「な、なんなんだ」
唇を震わせながら彼をにらみつけるも、それは俺を観察するのをやめない。少し間が開いて、死神のような見た目のそれが口を開き始めた。
『玄馬 紀里弥だな。我が名はマリス。貴様の命、奪いにきた』
こ、こいつ、今俺の名前を!? まさか、本当に死神!?
ということは、俺はもう寿命ということなんだろうか。
途端に諦めのスイッチが入ると、俺は冷静になってきた。
「死神よ、俺は死ぬのか?」
抵抗しようなんて思わない。正直、この世界に未練はない。子供部屋に引きこもっている俺はただ、目の前の虚構に向き合うだけだ。そう思っていると人外は首を横に振った。
『私は、貴様の言う死神ではない。悪魔だ。悪魔はいたずらに人間の生死を操る。たまたま選んだ貴様に『死』をプレゼントしてやろうというわけだ。ハハハハハ!』
カタカタと骨を震わせて笑ったと思うと、瞬時にこちらを凝視してきた。その眼差しからは逃れられず、やつの瞳から昔のトラウマが映像として映されていく。高卒で100社の面接に落ちたこと。幼馴染をヤンキーに寝取られたこと......嫌なこととか、恐ろしかった出来事を鮮明に見せてくる。悪魔は、絶望を与え、死へと誘う。こう自身の人生を振り返ると死んだ方がマシだと感じてしまう。もういい、悪魔でも誰でもいいから俺を殺してくれ......。
「わかった。ひと思いに殺してくれ」
そういうと悪魔は一度鎌を引き上げた。
彼の表情は読み取れないが、炎のような目はさらに勢いを強くしている。
あれは、怒っているのか?
『つまらん。私は、恐怖する顔が見たいのだ。さらに言うと直面する理不尽な死に対する絶望が見たい! そして、まだ未来があると妄信し、命乞いをするものに祝福の断罪を与えるのが悪魔の性というものだ! それを貴様、諦めるとは面白い。だが、本当に死を目の前にしたら変わるかもしれないな!』
悪魔が怒りに任せて鎌を振り上げたその瞬間、耳鳴りに近い鐘の音が頭に響き渡った。悪魔も俺も耳を抑えて耐えていた。部屋の空間が歪みだす。悪魔が黒い霧のようになって消えていく気がした。俺の体も手や体がゆらゆらと揺れ始めて急に意識が体の外に飛んでいった。自分の体がどんどんと離れていく。
やっぱり死ぬのか? でも、これでよかったのかもしれない。見ている景色がうつろい乱れていく。ただ、今は流れの赴くままに……。
そして、暗闇が訪れた。
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次に目が覚めたとき、俺は知らない木造家屋にいた。
ここは、どこだ? 俺は自分の部屋にいたはずなんだが目の前の光景は日本の都会的な場所から日本人の俺が思い浮かべそうな田舎のヨーロッパの情景と趣のある家の中のゆりかごに揺られていた。
ゆりかごのゆらゆらと揺れる感覚はまさしくホンモノだった。そしてもっとも決定づけたのは女性に抱きかかえられていたときの手の感触、胸の感触は母親の温かさだ。小窓から匂う花や草木の匂い、花の香りをふわりと届けてくれる風も、母親の顔も父親の顔もすべて現実だった。
そして、俺の股間がつるつるなのも現実!!
俺はここでいわゆる異世界転生を果たしたのだと理解した。
子孫を残せるような人間ではなかったし、ムスコに未練があったわけでもない。それでもこの事実は衝撃だった。俺は、女の子に生まれ変わったんだ。
さらにはふわりと浮かぶ異形の怪物が目の前にいる……。えっ?
草食動物のような白骨。
そして紺碧の炎のような瞳。
前にも見た異形の存在がこちらを見つめていた。
『やっと起きたか、人間。どうやら、貴様と私は別の世界に新たな一つの命として生まれたようだ。つまり、貴様は死にそびれたということになるんだが……。ここはどこなのだ』
こいつの言葉より、自分の周りが気になって仕方がない......!
家具や食器は少し高貴な印象のように見える。どうやら俺の家は以前よりも裕福そうだ。
「以前」ということからも玄馬紀里弥という前世の記憶を保持しているということだ。
でも、なぜ......?
『おい、貴様話せるか? おい! 聞いているのか! 私が見えているのだろう!?』
聞こえないふりをしていたが、うるさすぎてたまったものじゃない。転生したのはまだ理解できる。だが、どうしてこいつも一緒なんだ! まったく、最悪だ!!
これから楽しい人生が待っていたかもしれないのに、この悪魔のせいで絶望がまた押し寄せる。
『まあいい。どうせ貴様は私の手によって死ぬのだ! ハハハハハ! どうだ、少しは命乞いしたくなったか?』
今生まれたばかりっぽいのに、もう死にたくなってきた。生きていることをあざ笑うかのようにカタカタと音を鳴らす悪魔は赤ん坊にとっては恐怖でしかないだろう。
でも、こいつを見るたびにどこか安心感を覚えていた。彼の恐怖の言葉さえも子守唄に感じる......。