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いくらプッシュされても、承諾できない理由がある。

 翌日もまた占いの館には、あの中年男性の客が来た。


 予想通り、別のキャラクターとの相性を占って欲しいとお願いされた。どうやら無事に立ち直ってくれたようである。


 きっと今度こそ、そう思ったのもつかの間。新しい三人のキャラクターとの相性を占ってみたが、これまた最悪な結果に終わってしまった。


 どうしてこうも、わかりやすいぐらいにダメな相手ばかりを選ぶのか。ここまでくると、ある意味才能と言えるかもしれない。


「本当に残念なのですが……」

「そんなこと言わないでください」


 中年男性は、ポロポロと涙を流し始めた。


「どうして僕は、誰とも幸せになれないんですか。何が悪いんですか」


 知りません。そう言いたいのを必死にこらえる。


 とりあえず、部屋においてあったティッシュケースを中年男性に差し出すと、何枚もティッシュを抜き取って涙を拭いて、さらに鼻まで噛みだした。


「妄想の世界ぐらい、幸せになれたっていいじゃないですか。酷いですよ」


 確かに、妄想で幸せになるぐらい許されてもいいはずだ。だが、この中年男性が選んだキャラクターは、ことごとく相性が悪いのだから仕方がない。


 文句はキャラクターのデータを設定した、製作者側に言っていただきたい。もちろんそんな苦情を言われたところで、相手は困るだろうが。


「現実の僕は、ずっとひとりぼっちでした。妄想の世界ですら、これからもずっと一人なんでしょうか。そんなにこの世界の神様は、僕のこと嫌いなんですかね」


 だんだん可哀想になってきた。

 魂の叫びとも言える言葉を聞いていると、こちらまで涙目になってきた。


「すみません。お役に立てなくて」


 俺もティッシュを一枚手に取ると、メイクが落ちないように涙を拭き取った。


「あなたは優しい人ですね。僕がこんな無茶な占いをお願いしても、ちゃんと話を聞いて真剣に占ってくれて。しかも一緒に泣いてくれて」


 中年男性は何度も鼻を噛んで、肩を揺らすようにしながら泣いている。


「他のところじゃ門前払いや、あからさまに気持ち悪いって顔をされたり、どこで占ってもらっても、今までひどい扱いをされてきたんです。でもあなたは全然違う」


 中年男性は、俺のことをじっと見つめている。


「本名と生年月日を教えてもらえませんか」

「はい?」


 俺は涙を拭いていた手を止めた。

 驚きのせいで、瞬きが早くなる。


「占い師さんとの相性を占ってください」


 なにを言いだすんだ、この男は。


「いや、それはちょっと」

「三次元の女性で、僕の趣味の話を真剣に聞いてくれたのは、あなたが初めてなんです」


 迂闊だった。確かに今の俺は、女装をしている。勘違いされるのも仕方がない。ある意味騙しているのだから、こちらの不手際だ。


 だが俺は男だ。期待には添えない。どうしたものか。

 とりあえず、セオリー通りに断っておくか。


「申し訳ありません。基本的に自分のことはあまり占わないようにしてますので」


 中年男性は椅子から立ち上がり、前のめりで、顔を真っ赤にしながら、必死に喋り出した。


「基本的にということは、例外もあるってことですよね」

「ちょ、ちょっと落ち着いてください」


 やばい。食い下がってきた。しかも顔が近いです。


「僕初めてなんです。三次元の女性でもいいかもって思えたの。お願いです。あなたを逃したら、本当に僕は、一生ずっと一人かもしれないんですよ」


 もしこれが仕事中で、飛び込みの営業先に契約をお願いしている場合なら、情に訴える作戦は正しいアプローチかもしれない。


 だが残念ながら、俺は男だ。

 いくらプッシュされても、承諾できない理由がある。


 しかも、まだしばらくは、この占いの館で仕事を続けようと思っている状態で、ただの一顧客のために、女装していることをカミングアウトするのは、リスクが高すぎる。


 真実を告げないまま、やり過ごすとしたら、どうすればこの中年男性は諦めてくれるのか。

 そうだ。彼氏がいます作戦で行こう。


「あの……大変申し上げにくいのですが」


 俺は自分のスマートフォンを取り出して、ホスト時代に撮影した写真を一枚選んで、中年男性に見せた。金髪でチャラいスーツを着ている俺が、シャンパンタワーの前で、ドンペリを注いでいる姿が写っている。


「実は付き合ってる彼氏がいまして。なのでお気持ちはありがたいのですが、ご期待には添えないかと」


 俺は全力の営業スマイルを見せる。


 中年男性は、スマートフォンの画面を指で広げるようにピンチアウトして、写真の中の俺を、頭から足先まで舐めるように見つめている。


 顔をじっくり見た後は、時計や靴の部分を重点的にチェックしているところを見ると、値踏みをされているのかもしれない。


 ホスト時代は、それなりに金を稼いでいたとはいえ、派手なものは趣味ではない。


 スーツは客からプレゼントされたもので、多少はチャラかったが、時計はアンティークのシンプルで見やすいものを、靴は使い込むほどに味の出る、オイルドレザーのワークブーツを履いていた。


 見る人が見ればそれなりの金がかかっていることはわかるはずだ。


「あなたはホストにお金を貢いでいるんですか」

「貢いでません」


「騙されてるんじゃないですか」

「騙されてません」


「いや、どう考えても、絶対に女性を騙してお金を巻き上げてるでしょ、この男」

「巻き上げてません」


 ダメだ。写真のチョイスを間違った。

 もうちょっと真面目そうな写真を選ぶべきだったが、今更気がついても、もう遅い。


「僕ならあなたから巻き上げたりしません」

「だから巻き上げられてませんから」


 むしろアーケードゲームの中に住んでいる二次元の女の子たちに、お金を巻き上げられているのはお前の方だろうがと、ツッコミたい気持ちで心が爆発寸前だ。


「僕は酒もタバコもしませんし、趣味はアーケードのカードゲームぐらいですし、それも毎月五万までと決めています」


 聞いてもいない自己アピールが始まったぞ。

 あー面倒臭いことになってきた。


 もう帰りたい帰りたい帰りたい、お家に帰りたい。

 お布団にダイブしたい。


「ホストの方に比べれば、毎月の稼ぎは少ないかもしれませんが、外資系の上場企業で部長職をしてますので、年収もそれなりですし、貯金だってわりとあります。僕じゃダメですか」


 ダメです。ダメに決まってるだろうが。

 そう叫びたい気持ちでいっぱいだったが必死にこらえる。


「ごめんなさい。彼以外のことは考えられないんです」

「どうしてもダメですか」

「どうしてもダメです」


 中年男性は、またポロポロと涙を流し始めた。この場合、泣かせたのは俺ということになるのだろうか。複雑な心境である。


「ですよね。すみません。変なこと言って」


 中年男性は、カードとバインダーをブリーフケースに入れると、いつもより多めのお金を置いて逃げるように立ち去った。迷惑料のつもりだろうか。


 もしかしたら、もう二度とこないかもしれない。常連さんになるかもしれない顧客を一人失ったのは、もったいないことだが、仕方がなかった。気持ちを切り替えて、仕事を続けることにする。


「次の方どうぞ」


 入ってきたのは、あの女刑事だった。




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