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どうして私を尾行しているんですか。

 翌日もいつものように完璧に女装をして、占いの館で仕事をしていた。


 いつものように、今日もいろんな客を相手にする。女のことは気になるが、俺には占い師としての仕事がある。雇われ占い師なので、自分勝手に休むわけにもいかない。


 最初に訪れた客は、中年男性だった。平日の昼過ぎに来る客としては、珍しいかもしれない。


 仕立てのいいネイビーのスーツに、薄い水色ストライプの白襟シャツ。ネクタイにはトレンドの差し色が入っていてコーディネートもこなれている。ブリーフケースや靴、時計もそれなりの値段がする、センスのいいものを身につけていた。


 イケメンというほどではないが、清潔感に溢れていて、誠実そうに見える顔をしている。


 外資系のエリートサラリーマンといった風貌の人間が、なぜこんな真昼間から、占いの館に来ているのだろう。休憩ついでに冷やかしにでも来たのだろうか。


「今日はどういったことを占いますか」

「誰を選べばいいのか、どうしても決められないので、相性占いをお願いしたいのですが」


 バリトンのいい声をしていた。同時に複数の女性から告白でもされたのだろうか。


 そんなことを考えながら見ていると、中年男性がブリーフケースから取り出したバインダーには、ラミネート加工されたカードがぎっしり入っていた。


 いわゆるアーケードで遊べる女児向けカードゲームだろうか。

 その中から三枚を抜き取って机に並べる。


「僕と一緒になったら、一番幸せになれるのはどの子でしょうか」


 そう来たか。最近はアイドルをモチーフにしたアニメやゲームが増えたせいもあり、若い女性や中年女性が、二次元のキャラクターとの相性を占って欲しいとやってくることは増えていた。


 昔ならアイドルや俳優との相性を、調べて欲しいという依頼だったのだろうが、二次元のキャラクターとの相性占いが要求されるというのも、時代の流れなのだろう。だがさすがに、中年男性の依頼は初めてだった。


 俺はメモとペンを差し出して言った。


「とりあえず、こちらに全員の名前と生年月日を書いてもらえますか」


 中年男性の書いた文字は、丁寧で読みやすいものだった。文字には人柄が出る。普段から真面目でとても仕事ができる優秀な人なのかもしれない。


 二次元のキャラクターとの相性を占うなんて、他人から見たら頭がおかしいと思われるようなことかもしれないが、本人たちはいたって真剣である。俺もプロとしてきちんと占うことにしている。


 できれば幸せな結果が出ればいいなと思いながら占うが、今回の場合は、残念ながら三人すべてが、最悪な結果になってしまった。それはもう面白いぐらいに悪い内容だった。


「大変言いにくいのですが」


 結果を伝えたところ、中年男性はこの世の終わりのように打ちひしがれた様子で、ブリーフケースにバインダーを収めると、料金を払って、静かに部屋を出て行った。


 どうか無事に家にたどり着いて欲しいと、俺は心の中で願っていた。

 だがきっとあの手のタイプは、新しいお気に入りのキャラクターができたら、元気になる可能性があるから大丈夫だと信じたい。


 今まで何度もその手の女性を見てきた。あんなに夢中になっていたキャラクターはどうしたんだというぐらいに、まったく違うキャラクターとの相性を占いにきた女性が、何人もいたからだ。


 あの中年男性も、その手の楽観的なタイプであることを期待しつつ、俺は悲しい中年男性の背中を見送った。




 その後もいろんな客の相手をしていたが、やはりずっと桐谷レイナと名乗った女のことで頭がいっぱいだった。


 もし本当に桐谷レイナという女性が殺されたのだとしたら、もしかしてあの女が何か事件に関係があったりするのだろうか。


 警察に事情を話したほうがいいのかもしれないと思ったりもしたが、彼女が桐谷レイナと名乗ったという証拠はどこにもない。


 名前や生年月日を書いたメモは、店を出る前にシュレッダーにかけてから捨ててしまった。ゴミ箱はカラだ。すでに清掃業者に回収された後だろう。


 このまま黙っておくのは、気持ちが悪いという思いはありつつも、どうしようもない。


 ようやくすべての仕事を終えてからも、桐谷レイナと名乗った女のことばかりを考えていたら、昨日と同じコンビニの前まできていた。


 まさかいるわけないよなと思いつつ、一応中に入ってみる。飲み物の棚がある通路に入ると、見覚えのあるグレーのスーツが目に入った。あの女だ。炭酸飲料のペットボトルを手にしている。


 思わず俺は声をあげそうになった。必死にこらえてなんでもない振りをして、自分も棚からミネラルウォーターを手に取った。


 昨日とは違って女が買おうとしていたのは、砂糖がたっぷり入った炭酸飲料のようだった。人は疲れていると炭酸飲料が美味しく感じるらしい。相変わらず表情は暗い。


 自殺志願者かもしれないという線は、ほとんど消えたとはいえ、死にそうな顔をしているのは同じだった。なぜ彼女はそんなに疲れているのだろう。よくわからない。


 女がレジをすませたのを確認すると、自分も会計をして店を出る。少し離れて後をつけた。昨日とは違って、女は繁華街の裏通りへと入っていく。細い路地へと姿を消した。


 すぐに同じ路地に入ったはずなのに、女はどこにもいない。内心焦りつつも、さらに道を進み、路地裏から出ようとしたところで、腕を掴まれた。


「どうして私を尾行しているんですか」




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