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桐谷レイナという怪しい女。

「あのー、よろしいですか」


 部屋を覗き込んでいるのは、パンツスーツ姿の女だった。


「どうぞ」


 中に入ってきた女は、部屋をぐるりと確認してから椅子に座った。目の下にクマができている。思いつめたような顔をして、俺のことをずっと睨みつけていた。


「自殺する人って、やっぱり姓名判断とか手相を見たら、わかったりするんですかね」


 今にも死にそうな、疲れ切った表情をした女性が、開口一番そう言ったら、気にするなというほうが無理である。


 やっぱりこいつは腫れ物様だ。

 今日も最後の最後にやばい客が来たようだ。


「多少は。性格的なものだとか、運命的にあまり長生きしなさそうなタイプだなとか、総合的な観点から見ればわからないこともないですが。もちろん、そういう傾向がある、という程度ですが」


 俺は苦笑いをする。

 なんとか刺激しないように、無難におかえりいただかなくては。


「へぇ、そうなんですか」


 女が目を見開いた。眼光が鋭すぎる。なんだか不気味だ。


「今日はどういったことを占いましょうか」

「基本的な運勢と、相性占いをお願いします」

「わかりました」


 俺は新しいメモを用意した。


「お名前は」

「きりたにれいな…………桐たんすの桐、谷底の谷、れいなは片仮名です」


 俺は桐谷レイナという名前を紙に書いた。


「こちらで大丈夫ですか」

「はい」


 あまり見た目と合っていない。

 目の前に座っている女性は、黒いひっつめ髪をしていて、ほとんど化粧もしていない。


 部屋に入ってきた時に見た印象も、くたびれたグレーのスーツを着ていて、低いヒールも履きつぶしている様子から、どちらかというと、お堅い職種で外回りの仕事をしていそうなタイプだ。


 どう考えてもレイナという雰囲気ではない。もっと地味な名前のほうがお似合いである。見た目で判断するのは、本来なら失礼な話だが、この仕事では重要な判断材料になる。


 本人が身の丈に合わない名前を使っていることで、不幸になっている人も多い。成長するごとに、名前に中身が追いつけばいいが、そうもいかないことがほとんどだ。


 もちろん桐谷レイナという名前が、本名かどうかは定かではない。役所や骨董品屋ではないので、身分証の提示を求めるわけにもいかないからだ。


 だがそれなりの金を払って占ってもらうのに、嘘の名前を言うやつはあまりいないだろう。


 とりあえず姓名判断をしてみたが、対人面や晩年運に大凶数があって、孤独を暗示する結果だったので、よけいに心配になってきた。


「生年月日を書いてもらえますか」


 俺がペンと紙を差し出すと、女は数字を書いた。

 年齢は三十九。ぱっと見は二十代後半という感じだが童顔なのだろうか。よくわからない。


 ホスト時代は、よく女性の年齢を当てたものだが、あれは本当の年齢を知られたくない客が、当たっている振りをしてくれていたのかもしれない。


 女性の本当の年齢に関しては、占い師の仕事を始めてからのほうが、よけいにわからなくなった。あまりに個人差がありすぎるからだ。


 女性は化粧や髪型、服装でいくらでも化けられる。俺自身が女に化けられるぐらいなのだから、見た目で年齢を見抜くのは、難しくて当然だろう。


 女が教えてくれた生年月日で、ホロスコープを作ってみたが、これもかなり悪い。アスペクトと呼ばれる、惑星どうしが形成する角度が、どれもこれも凶角だらけで、人生が困難に満ちているのが伝わって来る。


 これは確かに、死にたくなっても仕方あるまい。いよいよやばくなってきた。これは慎重に扱うべき事案かもしれない。


「手の平を見せてもらえますか」


 女の手相を見る。ネイルの類はしていない。手の平には、多少擦り傷のようなものが散見される。


 結婚線はまったく無かった。女としての幸のなさは見て取れるが、生命線はくっきりと刻まれていて長い。しかも二重になっている。


 いわゆる普通の人より身体も精神も強いために殺しても死なないと言われている線である。それだけではない。運命線、太陽線、財産線がフォークのように合流する覇王線まである。


 かなり運が強い手相のはずだが、あまりに不運な結果が出た姓名判断と、ホロスコープとのギャップがひどい。むしろ別人ではと言いたくなるぐらいに、鑑定結果が違いすぎる。


 これはいったい、どういうことなのか。


「どうですか。結婚できそうですかね」

「結婚線がありませんね。今すぐにというのは、かなり厳しいと思います」

「でしょうね。そんな予感がしていました。というかほとんど諦めてます」


 そう言って苦笑いを浮かべた女の口元に、八重歯がちらりと覗いてドキッとした。昔から笑うと八重歯が見える女に、俺は弱いのだ。


 しかも片方だけというアンバランスさがグッとくる。よく見ると、表情さえ暗くなければ、案外顔の作りは整っているようだ。むしろ控えめな感じがタイプかもしれない。


「どうかしましたか」

「いえ、なんでも」


 いかん。今の俺は占い師だ。しかも女装をしている身だ。男の目で見ているのを悟られるわけにはいかない。営業スマイルでニッコリと笑ってごまかす。


 女が質問してきた。


「この名前や生年月日のタイプって、どういう死に方をするか傾向があったりしますか」

「はい?」


「死に方の傾向です」

「えーっと、おっしゃってる意味がよくわかりませんが」


「例えば、事故に遭いやすいとか、自殺しやすいとか、それとも殺されやすいとか」


 女はふざけているわけではないようだ。真剣にこちらの目を見ている。


「そう……ですね。姓名判断や占星術だと、対人面がよくありませんので、孤独に陥りやすいという意味では、自殺という面もなくはないですが、どちらかというと、他人との争いに、巻き込まれる可能性のほうが高めですかね。痴情のもつれとか。まぁ付き合う相手にもよりますが」


 女は右のポケットからメモを取り出した。三つの名前と生年月日が書かれている。どれも男の名前だ。


「どの人と一番トラブルになりそうですか」


 それぞれの姓名判断とホロスコープを調べて、相性を見てみる。あからさまに相性が悪い者が一人だけいた。真ん中の名前を指差した。


「この方とのお付き合いは、注意したほうがいいです。ただでさえ悪い対人運が、犯罪沙汰になるレベルに悪化しそうですから」

「犯罪沙汰……やっぱりそうですか」


 女は難しい顔をする。あまりに悪い結果が出たので、つい本気で忠告してしまったが、少しビビらせすぎたかもしれない。慌てて営業スマイルを作って取り繕う。


「でも大丈夫ですよ。手相だとあなたは殺しても死なないタイプなので」


 少しだけ女が笑った。


「殺しても死なないと言われて喜ぶ女性は、私ぐらいかもしれません。ほかの女性を慰めるときは、もう少し違う言葉にしたほうがいいですよ、占い師さん」


 そう言った女は、お金を払って部屋を出て行った。


 実に奇妙な客だった。

 質問も変だったし、運が良いのか悪いのかもよくわからない。あんなに両極端な客は珍しい。


 とりあえず今日の仕事は終わりだ。


 メモをシュレッダーに入れゴミ箱に捨てると、店じまいをする。控え室で着替えて化粧を落としたら、念のため変装用の黒縁メガネを装着してから、裏口に向かった。




 最近占いが当たると評判になっているせいか、出待ちをしているファンがいるときがある。


 気にしすぎるのも、なんだかみっともないが、一応用心しておいたほうが無難だ。この手の客商売は逆恨みをされて、ストーカー被害に遭うなんて可能性もゼロではないからだ。


 誰もいないことを確認してから、俺は裏口を出た。繁華街の裏通りにはいかがわしい店が並んでいる。客引きが近づいて来た。


「学生さん、いい子揃ってるよ」


 もうすぐ三十になるが、ダッフルコートとジーンズという服装で街を歩いていると、学生によく間違われる程度には童顔だ。おかげで女装もうまくできるのだが。


「むちゃくちゃ可愛い子いるから。ちょっと見ていってよ」


 客引き男がしつこく声をかけてくる。隣でお客に手を振りながら、見送っている女の顔をちらりと見た。どう考えても、俺の女装姿のほうが綺麗だ。


 プロのくせにその程度の化け方しかできないとは情けない。そんなやつに金を落とす男も男だ。酔っ払って判断能力の落ちている男には、その程度で十分なのかもしれない。


 客引きを無視して、そのまま路地裏を抜ける。大通りに出ると、一人の女性が公園の前に小さな花束を手向けていた。


 しばらく手を合わせてから公園の中をじっと見ている。グレーのスーツと黒いひっつめ髪に見覚えがあった。最後に占いに来た桐谷レイナという奇妙な客だ。


 こんなところで何をしているんだろう。誰か知り合いが事故死でもしたのだろうか。最近、近所で自殺死体が発見されたというニュースがあった。


 もしかしたら、この公園だったのかもしれない。その自殺した人が彼女の知人だったということなのだろうか。


 だとしても、自殺だの殺されるだの物騒な質問をしていた人間が、真夜中に一人で誰かの死を偲んでいるというのは、ちょっとばかしいただけない。


 死に近いタイプが、自ら死を連想させる場所に物理的に近づくのは、あまり良い傾向とはいえない。死に引きずられることがあるからだ。あんな占いをした後だけに、なんだか気になる。


 桐谷が近くのコンビニに向かって歩き出した。俺は少し間を空けて、後をついていくことにした。少し歩くと、ライトが眩しいコンビニの中に入る。しばらく桐谷は出入り口付近にある雑誌コーナーで立ち読みをしていた。


 俺も怪しまれないように、少し離れた場所で雑誌を手に取る。


 何気なく開いたページにはグラビアアイドルが、きわどい水着姿でこちらを誘うように見つめていた。ウエストのくびれと、尻の形が好みだったこともあり、思わずガン見をしてしまった。


 気がつくと桐谷の姿がない。

 慌てて雑誌を置いて、店内に目をやると、棚の前にいる桐谷を見つけた。あぶない。うっかり見失うところだった。


 さきほどから桐谷がカゴに入れているのは、カップ麺と栄養ドリンクばかりだ。とても健康にいいとは言えない。明らかに女子力が足りていない気がする。結婚線が全くないのもうなずける。


 桐谷がレジに向かった。あまりジロジロ見ていると怪しいので、俺も適当にお菓子の棚を見ているふりをする。いつも買っているスナック菓子が棚から消えていて、あまり好みではない味しかない。


 気に入った商品が、市場から消える呪いにでもかかっているのだろうか。なんだか解せない。無くなるのがわかっていたら、もう少し買いだめをしておけば良かった。


 俺はいつも何かに後悔している気がする。そうこうしているうちに、桐谷が会計を済ませて外に出て行ってしまった。俺も慌てて後を追う。


 繁華街を抜け、大通りに出ると、桐谷が歩道橋を登り始めた。さすがにすぐ後ろをついていくには、あからさまに怪しすぎるか。そのまま道をまっすぐに歩いて、もう少し向こうにある横断歩道を渡ることにした。


 赤信号を待つ間、ちらりと歩道橋を見るが、桐谷が向こうに渡りきった様子はない。おかしい。どういうことだ。まさか。


 俺は必死に来た道を戻り、歩道橋の階段を駆け上る。もしかして飛び降り自殺をするつもりなんじゃ。


 久しぶりに全力疾走をしたせいで、すぐに息が上がる。足が絡まりそうになりながら、なんとか上まで登りきった。だがそこには誰もいなかった。


 吐く息が白くなる。歩道橋の上から地面を見下ろすが、誰かが飛び降りた形跡はない。


「なんだよ、もう。ビビらせやがって」


 よく考えてみたら、これから自殺をしようとしている人間が、カップラーメンや栄養ドリンクを購入するとは考え難い。少なくとも二、三日は生きるつもりがあるとも言える。


 ホッとしていた。とりあえず尾行に失敗してしまったのは間違いないが、相手が生きている可能性が高いなら問題ない。


 そうだ。考えすぎだ。ちょっとおかしな女だったというだけだ。

 そう思い直して、俺は自宅に帰ることにした。




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