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大切な相手は失ってから気付いても遅い。

 俺は今も、しがない占い師を続けている。


 占いなんて、実は思ったほど当たらないとわかっているが、彼女と出会えたのは占いのおかげだった。

 当たるも八卦当たらぬも八卦。ほんの少しの言葉が、誰かの人生を左右することがある。誰かを救えるかなんてわからない。


 だがいつかは、運命の人と出会えるかもしれない。それだけを信じて、俺は今日も占いを続けている。


「次の方どうぞ」


 中に入ってきたのは妹だった。そういえばストーカー騒動の時に電話をもらってから、そのまま折り返しをするのを忘れていたなと思ったが、ここで釈明するわけにもいかない。


 今は赤の他人なのだから、何も知らないふりをする。今日の仕事が終わったら電話をしてやろう。そう思いながら声をかける。


「今日はどのようなことを占いますか」


 だが妹は座った後も、じっとこちらを睨んでいる。


「どうかされましたか」

「ひどいよ、お兄ちゃん」

「はい?」


 今なんつった。


「お兄ちゃんは、ひどいって言ってるの!」


 やっぱり聞き間違いじゃなかったようだ。


「な、なななんで。っていうか声がでかいよ」


 人差し指を口に当て、しーっと言う。俺は席を立って、カーテンからそーっと廊下を覗く。どうやら誰もいないようだ。


「頼むよ。ここでは八雲群青。占いのお姉さんなんだから」


 俺は妹の目を睨みつける。これ以上変なことを言ったら、どうなるかわかるなという気持ちを込めて、目力全開の営業スマイルで威圧する。その思いが通じたのか、妹がようやく小声で話す。


「あとで連絡するっていってたのに、全然連絡してこないし」


 今にも泣きそうな顔で怒っている。小さい頃にケーキを半分に分けたら、兄の取り分のほうが大きいと、駄々をこねていた時と同じ顔だ。一度、機嫌を損ねると面倒臭い。


「悪かったよ。ちょっといろいろ大変なタイミングでうっかりしてた。ごめんよ」

「おかげで浮気女に、彼とられちゃったじゃん。責任取ってよね」


 どうやら電話をしてきたのは、恋愛問題の修羅場に対する、アドバイスが欲しかったようだが、時すでに遅しということらしい。


 大手メーカーで、派遣の仕事をしている妹は、派遣先の上司と付き合っていた。だがその男は、どうやらほかの派遣の女にも手を出していたようだ。それがバレて大変なことになっていたという。


 その彼氏は妹ではなく、もう一人の女を選んだが、また別の新人に手を出していたことが発覚し、なぜか妹も巻き込まれて修羅場になり、結局、元彼は地方に飛ばされたとか。


 性懲りも無く別の勤務先で、また同じようなことをやっているらしい。

 懲りない男だ。


 以前に占って欲しいと言われた時も、この男は根っからの浮気性で、相性が良くないから、やめたほうがいいとアドバイスしたはずだが、妹はそれを信じずに、付き合い続けていたようだ。案の定、酷い目にあったらしい。


「だから言っただろ。あの男はやめろって」

「もう過去のことはいいの。新しい男を見つけるために、どの日に合コンしたらいいのか教えてよ。できれば玉の輿ができそうな、高ランクな男と出会える日をお願いしますよ」


 これだからこいつは。信じないくせにアドバイスを要求する。どうせ今度もまたロクでもない男に目をつけそうな予感しかしない。


 はっきりいって妹は、生まれながらに持っている恋愛運があまり良くない。


 自分から積極的に相手を探して恋愛に夢中になるより、どちらかと言うと仕事に生きたほうが幸せになれるタイプだ。仕事をして輝いていると自然といい男が寄ってくる、そういう運命らしい。


 以前に占ったときも、そうアドバイスをしたのだが、相変わらず人の言うことを聞かない。玉の輿を狙うという考え方は一番良くない。人になんとかしてもらおうという気持ちでいる限り、妹がいい男を手にいれる可能性は望み薄だった。


 だが、俺もお金をもらって仕事をしている身だ。客の要望には答えなくてはならない。仕方なく俺は恋愛運のいい日を割り出して、いくつか近い日取りを指定した。


「今度こそ浮気しない男を捕まえるぞ」


 半年ほど前にも同じことを言っていた気がするが、あえてツッコまないことにしておいた。

 俺はずっと気になっていたことを聞いた。


「いつから知ってた」

「最初から」

「は?」


 妹は俺の右手を掴んで、手の平を指差した。


「これ」


 手の平のど真ん中には、小さなホクロがある。いわゆる掴んだ福を離さない『福つかみ』と言われるものだ。特に金運は良いらしく、確かに昔から不思議とお金に困ったことはない。


「こんなホクロがある人、そんなにいないでしょ」


 迂闊だった。確かに顔や髪型、服装を変えて、必死に他人になりすましていても、手の平のことまで考えなかった。次からは手袋をして占いをしたほうが良いのかもしれない。


「それって、小さいころ鉛筆で、指の間を高速移動させる遊びしてて、その時にうっかりできた跡だよね」


 俺は即座に否定する。


「違うよ。生まれたときからあったよ。誰と勘違いしてんだ。勝手に記憶を捏造するな」

「あれーおっかしいな。そうか、あれは隣のカズキ君だっけか」


 妹は首を傾げている。カズキ君というのは小さいころに隣に住んでいた妹の幼馴染だ。幼稚園のころから、カズキ君は妹のことを好きだったらしいが、海外の大学に留学することになって、高校の卒業式の後に告白した。


 だが、妹に友達としか見れないと言われて玉砕したようだ。家の目の前で、その場面に出くわした時の、兄として、男として、俺の気まずさったらなかった。


 小さいころから、ずっとカズキ君が、妹のことを好きなんだろうなというのは、なんとなく知っていただけに、瞬殺された場面は、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。


 実はこっそり、二人の相性を占ったことがある。相性は抜群だった。


 あの時が妹の恋愛運の一つ目のピークだったようだ。きっとカズキ君と付き合っていれば、たとえ遠距離恋愛になったとしても、妹は今頃幸せになっていたかもしれない。


「いくら外から見て変わったように見えても、変わらないものがあるってことだよ。案外人って自分のことは見えてないってことだよね」


 妹は良いことを言ったみたいなドヤ顔をしている。


「なにを偉そうに。自分のことが見えてないのはお前のほうだろ」


 妹の恋愛運の次のピークはもう少し先だ。その頃にちょうどカズキ君は、海外勤務を終えて日本に帰ってくるらしい。タイミング的にはちょうどぴったりだ。


 カズキ君が本当に妹の運命の人かどうかはわからない。だが少なくとも、その可能性が一番高いのは事実だ。


 ただそれに、妹が気付けるかどうかは未知数だ。妹がそれまでに変な男に捕まっていないといいが。大切な相手は失ってから気付いても遅いのだ。


 俺は大きなため息をついた。


「なんか元気ないね。儲かってないの」

「儲かってるよ」

「じゃあなんで」


 俺はあの日のことを思い出していた。いつでもまた、彼女に会えると思っていた愚かな自分のことを。


「大事なことを伝える前に、相手がいなくなっちゃったんだ」

「なーんだ。失恋か。私と一緒じゃん」


「一緒じゃないよ。こっちはきちんと始まる前に終わったんだから」

「人の恋愛相談してる場合じゃないね」


 妹が笑っている。確かにそうだ。自分のことすらままならない人間が、偉そうに人にアドバイスしているのだ。馬鹿げているにもほどがある。


「お前も食べたいものを最後に残しておくタイプだろ。だからなんでも後回しにしないで、やりたいことや、しなきゃいけないことは、先にやったほうがいいぞ。本当に大切な人は、失ってからわかっても遅いんだから。絶対後悔するからな」


 タイムマシンがあるなら、過去の俺に伝えたい。

 あの日ちゃんと彼女に思いを伝えろと。


「わかったよ。八雲お姉ちゃん。家族料金ってことで、この前のお詫びも兼ねて割引してね」

「おい、こら」


 妹はニヤニヤしながら、半分の料金だけ払って部屋を出て行った。ちゃっかりしてやがる。仕方なく自分の財布から足りない分を出しておいた。


 時計を見ると、時間的にはあと一人というところだ。次が最後の客になるだろう。


「次の方どうぞ」


 俺が声をかけるが、誰も入ってこない。あと五分待ってみて、誰もこなかったら今日の仕事は終わりにしよう。そう思って背伸びをしながらあくびをしていた時だった。


「おねむなところすみませんが、また占ってほしいんですけど」


 目の前に座ったのは彼女だった。

 俺は驚いて立ち上がった。




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