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扇谷上杉の滅亡

 扇谷上杉の元家臣には河越夜戦直前に俺たちについた太田資顕というのがいる。彼が言うには、扇谷上杉の家臣というのは大した奴がいないという。


「まさか、北条様がこれほどの大勝利をなさるとは思いませんでしたが、少なからず某は長期的な視点で見た時、北条様が必ず勝つだろうと思い、北条様に寝返りました。」


 居城の岩付城から300ほどの軍を率いて駆けつけた太田資顕は裏切った理由についてそう語った。彼はどうやら北条家大好き人間であるようだ。北条は治世が素晴らしいとか家臣の質が高いとか色々言っている。よほど上杉がダメダメだったんだろう。


「されど、扇谷上杉にも厄介な男がおります。それは我が弟・太田資正。奴は戦の才能が突出しており、知略にも優れ、本当に優秀です。奴がいればすぐに体勢を立て直してしまうかもしれません。何とか奴を調略できればいいのですが…。」


「調略するのに何か問題でも?」


「はい。奴は本当に頑固な奴で、扇谷上杉に忠誠を誓っております。」


 彼の言うとおり、太田資正は扇谷上杉に忠誠を誓った猛将だ。現代では長野業正と太田資正と言えば反北条の中心人物として知られるほどだ。何度も何度も北条と戦い続け、北条はそのたびに苦戦を強いられた。だが、彼の生涯では北条に従っていた時期もあり、その時は献身的であったため、とんでもない北条嫌いというわけでもなさそうだ。


「もしかしたら、俺が行けば調略できるかもしれません。」


 俺はふと資顕にそう言ってみた。勝算があるわけではないが、だいたい民のことを盾にして説き伏せればいけそうではないだろうか。というわけで、早速彼の元へと向かった。


「私の名前は杉浦康政。北条家の家臣をしております。今日は資正殿とお話がしたくてやって参りました。」


 彼の居城である松山城にて交渉の場が持たれた。俺たちの部隊の責任者である幻庵にはお伺いを立てて、すでにこの松山城を含む1万石の領地までなら与えて良いと許可された。


「これはこれは杉浦殿ですか。貴殿のご活躍は聞き及んでおります。で、どんなお話を?」


 意外にも彼は物腰の柔らかい、穏やかそうな青年で、俺のことをなめているようには思えないような人物に見えた。俺はまだ19歳。見た目でわかるほど若造である。なのに、初対面できちんと対応してくれるのは嬉しい。


「はい。北条家は資正殿の才能を高く評価しております。ぜひ貴殿を松山城を含む1万石の領主として北条家の家臣に迎えたい。いかがでしょうか。」


「い、1万石…。」


 太田資正はまだ世に名が知れた武士ではない。ただの松山城主である。そんな彼にピンポイントで北条家がスカウトをしに来たのだから、彼としては嬉しいだろう。


「しかし、私は上杉家に忠誠を誓っております。どうしても裏切れません。」


 そうは言いつつも動揺している様子だ。そこで、


「上杉と北条をよく比べて検討していただきたい。上杉は今の地位を守り、自分の版図を守ることしか考えていません。

されど、北条家は違います。さらなる向上心と野心を持ち、民の生活を守るために戦っています。実際、北条家領内の税率は4割。扇谷上杉家はいくらほどでしょう?」


「5割5分です…。」


「そうでしょう。それこそが上杉が自分のために戦っている証拠です。今、この時代が求めているのは民を守る覇者です。北条家はその素質を持っております。忠を尽くすのはよろしいですが、その忠義、何のために使うべきかお考えなされ。

上杉について彼らの地位を守るためにだけ戦うのか、北条について民を守り、天下を獲るために戦うのか…。良い返事を期待しています。 」


 俺はそれだけ言ってとっとと帰ってきた。彼には一人で考える時間が必要だろうと思ったからだ。

 俺はそれほど太田資正について詳しくはないが、どこかのタイミングで北条家を強く恨み、常に敵に回るようなムーブメントをとるようになったのだろう。ならば、その前に強い動機で彼を北条の味方にすればいいだけの話。彼ほどの男を味方に出来れば心強い。


「もしかしたら上手くいったかもしれない。」


 帰ってきて進捗を話すと、皆は嬉しそうに頬を緩めた。資顕は資正と仲が悪いので渋い顔をしていたが、それでも北条のためだと言い聞かせてぐっと堪えたようだ。



 扇谷上杉家内の動きの中心となっていた資正が俺と会談していたことが扇谷上杉家内に広まると、資正は途端に中心から外されたようで、次の当主が誰になるかなどの議論はまとまらなくなったようだ。そんな時に、北条家に従属する大名・千葉利胤が4000の兵を率いて到着した。彼は下総の25万石ほどを支配している大名で、その実権は親北条の重臣・原胤清が握っている。

 故に、実質的に北条家の従属大名のように扱われている。河越夜戦にも関東の大名では、結城氏とともに唯一参加していなかった。


「この度はご戦勝おめでとうございます。」


 千葉利胤はまるで家臣の一人かのように幻庵にへりくだり、お祝いの言葉を言っていた。群雄割拠の関東地方にあって千葉家のような規模の大名では、扇谷上杉のような格がない限り長いものに巻かれた方が良いのだろう。

 千葉軍を含めて6500と、それなりの戦力になった幻庵部隊は、いよいよ扇谷上杉の攻略に打って出た。太田資正からの返事は未だにないが、彼が動く様子はなさそうだ。


 北条軍が進軍を始めると、ほぼ兵力もなく孤立無援であることを悟り、扇谷上杉一族や一部の重臣は山内上杉に助けを求めて逃亡してしまった。かくして、武蔵の20万石ほどある扇谷上杉の領地はそっくり北条家のものとなった。

 太田資正もこうなっては北条家に降るしかなく、松山城を開城して降伏。敵側として戦ったわけではないので、本領安堵となるかのように思われた。しかし、


「私は北条氏康様がいかなる人物か知らずに仕えることはできません。仕えるならば貴殿にお仕えしたい。」


 と、俺の家臣になりたいと申し出てきた。元々、太田資正は兄の資顕と仲違いをして家出し、婿養子として松山城を支配する他家の当主になった身。家を守りたいという思いよりも武士として誰に仕えるかを取ったのだろう。


「そうは言いなさるが、御屋形様は立派なお方。まずは会ってから話を決めていただかねば。」


 俺は「そうだね、俺の家臣になってよ」というわけにもいかずそう言ったが、正直彼のような優秀な部下はほしかった。どうなるかを静観したいと思う。



〜〜〜〜〜



 一ヶ月が経過した。古河足利も当主が存命とはいえ、北条軍にこてんぱんにされたのでかなり弱体化していた。追撃に対しても全く対処できず、たった一週間ほどで下野の領地以外は奪い取られてしまった。

 ただ、無理に古河足利を攻め立てて潰すわけにはいかない。衰えたとはいえ、今も征夷大将軍は同族の足利である。その権威は利用できるし、足利晴氏を誤って殺しでもしたら、また連合を組まれかねない。

 なので、現在慎重に交渉をしているところだ。相手方は渋っているものの、おそらく古河足利は現当主が追い出され、北条の息がかかった人物が継ぐのだろう。これで古河足利を傀儡にできる。権威だけ北条が利用するのだ。


 ほぼ勝負が決まったので、4000人ほどの兵と綱高らを下野に残して氏康は帰ってきた。彼らなら上手くやると思ったのだろう。


「道之助、本当に見事な活躍であった。」


 小田原城に呼び出された俺は、氏康に褒められた。本当は褒美のことで頭がいっぱいである。


「はっ、ありがとうございます。これもすべて御屋形様のご信任あってのことです。」


「うむ。お前にはこの度、新たに領地を預けたいと思っている。」


 ついに来たと、ついニヤリとしてしまった。そして、詳細に耳を傾ける。


「とりあえず、現在の所領の3000石はお前の父の物とする。もし奴が死んだら、何かしらの形であそこを統治してくれ。誰かを派遣するでも良い。とにかくあそこは杉浦家にとって重要な場所だ。お前らの物にしておく。

で、お前の処遇になるんだが、お前には領主として新たに手に入れた武蔵赤山に領地をやる。石高はおよそ2万5000石。直臣から外れることにはなるが、満足行く領地だろう。」


 俺はこれを聞いて、飛び跳ねんばかりに嬉しくなった。ついに俺も1万石を超える領主になるのかと胸踊った。俺には領内でやりたい政策がたくさんある。今までは統治者が父上だったので、自分の思うように領地経営できなかったが、これからは自由。思い通りにできる。


「ただまあ…、まともな城がないんだ。居館はあるけどな。だから、財政的にも厳しいかも知れないが、その建造だけはやっておいてくれ。お前は優秀だから、きっとうまく行くと信じてるぜ。」


 氏康はかなり俺に期待してくれているのだろう。毎度毎度、わざわざ言葉にしてくれる。

 彼が善政を敷いていることも好感度を上げる理由の1つにはなっているが、それ以上に彼の人間性が好きだ。どこかの黒備えやその部下の代官様のように、地位に固執することがない。彼は部下はもちろん、農民にまで優しく接し、不満を聞いたり冗談を言い合える関係を維持している。

 また、家族を大切にしていて、俺たち重臣は家族のように扱っている。見た目が怖くてぶっきらぼうにも見える話し方をしているが、愛情深い人物だ。

 俺は自分の夢であるからこそ、領地経営を成功させたいと思っている。だが、それだけでなく、氏康の役に立ちたいし、それが成功して北条家内でもより質の高い領地経営が流行るように、成功させたいと思っている。


 俺の家臣には失礼ながら脳筋も多い。うまくいくかという不安もありつつ、俺は小田原を出て領内に戻り、父上と話すために居館に帰った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 資正ぁあああああ 秀吉と半兵衛、三成と島左近みたいな展開の予感 領地2万5000石でスカウト1万石とか決まったようなもんだろ
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