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河越夜戦

「よし、ここからは4隊に分かれよう。元忠、お前の戦術眼は素晴らしい。だからお前はここに待機して、戦況を見極めてくれ。

俺は最初に突撃し、敵を蹴散らす。その次に綱高、お前が率いる部隊で援護を頼む。最後に道之助、お前は敵を狩り尽くし、撤退の際には殿(しんがり)を任せる。」


 氏康は河越城まで数キロというところに到着すると、諸将を集めてそう指示した。部隊はそれぞれ2000ずつに分かれるようで、俺は直勝の補佐がつくとはいえ、2000もの大軍を操る大役を任された。


「俺もこんな大軍を率いるのは初めてなんだよな。」


 直勝はつぶやく。俺を不安がらせるようなことは言わないでほしいのだが…。


 氏康の部隊は、相手に音で気付かれないように鎧兜を脱ぎ、身軽な状態で攻撃を仕掛けるようだ。後続の部隊は、奇襲後の戦いを優勢に進めるために鎧兜は装備していく。


「あの、少しよろしいでしょうか。」


 軍議ももう終わりかけて、いざ戦に行こうと皆が切り替え始めた時、ある男が前へ出て氏康に進言した。


「おお、孫二郎か。どうしたんだ?」


「河越城には兄の孫九郎が籠もっております。私としては、一刻も早く兄にこの北条軍の到着と奇襲をかけるということを知らせたく存じます。

そうすれば、兄も頃合いを見て城から打って出てくれるでしょうから、戦も楽になるはずです。単騎で良いので、城に潜入させていただきたい。」


 進言したのは綱成の弟である北条綱房。また名を福島勝広という。彼は美男子ということで有名だが、現代においては河越夜戦の際には単騎で敵陣に忍び込んで河越城内にたどり着き、綱成が打って出るのをサポートしたことでも知られている。


「よしわかった。風魔の者よ、孫二郎を支援してやれ。」


 氏康の指示で、どこからともなく風魔党の忍者がやってきて勝広を連れて行く。これで河越城から激強集団である地黄八幡の部隊が出てくるだろう。非常に心強い。



 一時間後、少し小高くなった丘から俺たちは遠目に見える河越城を眺め、氏康の攻撃がどうなるかを見届けていた。夜なので暗いが、河越城を囲む陣には灯りが灯っている。どうなっているかは観察できる。

 氏康は遠回りをして敵が密集している南方から忍び寄り、彼が先頭に立って一気に夜襲を開始した。世に名高い日本三大奇襲戦の一つ、河越夜戦の始まりである。


「よし、御屋形様の攻撃が開始された。綱高殿、よろしく頼み申す。」


 元忠が合図をすると、綱高は自身の部隊と氏康に預けられた合計2000の兵を率いて、河越城南方へ向かった。氏康隊は酔った敵兵を確実に討ち取り続け、敵陣深くまで侵食している。

 綱高隊が到着した頃には敵兵はほとんど逃げ惑っており、戦いというより、一方的な蹂躙に近かった。が、南方はそうであっても、こちらから見える西方の兵らは準備をしている様子だ。


「俺たちも行こう。」


 そろそろ連合側から反撃が来てもおかしくはない。ここは俺たちが横槍を入れて戦況をさらに撹乱させる必要がありそうだ。俺たちの部隊2000人は最短ルートを通って西側から奇襲をかけた。

 おそらく、あれほど状況が混乱していると、こちらの軍勢の数は把握できなかったのだろう。敵は南方から来た部隊が全軍だと勘違いして後続の部隊を警戒していなかったようだ。

 進軍しようとした方向の逆からの奇襲は、敵である扇谷上杉軍を大混乱に陥れた。敵兵は右往左往し、いとも容易く討ち取られ、たった2000人の部隊で敵軍のおよそ8000人を壊滅にまで追い込んだ。

 俺の率いる500人の閃撃部隊は最前線で敵大将を追っていた。この戦いで敵の大将の一人である上杉朝定を討ち取れれば、敵軍の気勢は大きく削がれるだろう。


「朝定公、こちら早くいらっしゃってくだされ。」


 俺は注意深く聞き耳を立てていると、そんな声が聞こえた。


「うう…、まだ大丈夫じゃろ。俺は少し気分が悪いんだ。これだけ兵力もあるのだからゆっくりさせてくれ…。」


 続けてそんな声も聞こえてくる。これは間違いない。上杉朝定だろう。


「閃撃部隊、集まれ!全軍、あの陣の中にいる上杉朝定を討ち取ることに集中せよ。」


 散らばって敵兵を蹴散らしていた閃撃部隊を集めて俺はそう指示し、兵をそちらへ差し向けた。だが、陣の向こうにいたのはただの雑兵たち。偉そうな武士を引っ捕らえて尋問すると、


「はは、騙されたな貴様ら。朝定公はもうすでに逃亡なさっておるわ!滑稽だな、北条の田舎兵よ!」


 とそいつはムカつく顔で吐き捨てた。わざわざ大きな声で俺たちに届くようにあんなセリフを言ったのは、朝定を逃がすためだったのだ。功を焦って俺は不覚を取ってしまった。


「ど、どうしましょう。このままでは朝定を逃してしまいます。」


 再びその辺りの兵士を狩り始めた閃撃部隊の面々を他所に、通泰は小声で俺にささやく。冷静さを取り戻した俺は、


「すまん、不覚だった。しかし、普通に考えればこいつらは朝定をこちら側と逆に逃がすはずだ。方向はわかった。必死に追いかければ追いつくかもしれない。」


 と彼を(なだ)めるように言った。すると、どこからかかすれるような低い声で、


「いいところに気付いたな、若き武士よ。」


 と声が聞こえた。ふと見ると、俺と通泰の馬の間に男がひざまずいていた。顔は見えないが、えらく身長が高いようだ。


「な、何者だ!?」


「味方だ、安心しろ。事情は走りながら話そう。とりあえず北へ向かって走れ。朝定を討ち取りたいならな。」


 異様なオーラというか、雰囲気からコイツの正体は何となく見当がついた。一分一秒を争うような状況なので、コイツの言うとおりにするべきだろう。


「わかった、風魔小太郎さん。とりあえず、北方向へと向かおう。馬を持っている者はついてきてくれ。」


 と指示し、俺たちは馬で駆け出した。ついてきたのはたった10人ほどだが、全員が武芸の達人。俺もこの時代としては恵まれた体格もあってそこそこな腕前になったと自負しているが、この10人にはまぐれでも勝てない。精鋭中の精鋭だ。


「俺の正体がよくわかったな、若い武士。」


 馬で走り出したというのに、小太郎は駆け足で追いついてきた。


(おいおい、バケモンかよこいつ…。)


 俺は感嘆よりも驚愕、驚愕というよりも恐怖というような感情を抱く。立ってみると、彼は噂に違わぬ身長の高さで、2mはありそうだ。こんなやつが時速30km程度で息も切らさず走っているのだから、子供にこれが鬼だと言っても信じてしまいそうでいる。


「あぁ、まあ只者ではなさそうですから。で、なぜここに?」


「新九郎から頼まれてここに来た。あいつはどうやらお前にご執心のようでな。俺は基本的に若衆の育成に当たっているんだが、数年ぶりに山を降りて戦場に出た。

まあ、俺の強さは閃撃部隊50人分と見なしてくれれば良い。ここからは自分の身を守ることを優先して、大軍に遭遇したら迷わず退け。新九郎を悲しませるなよ。」


 この風魔小太郎さんは容姿だけでなく、強さも噂に違わないらしい。この人に教育されるのだ。風魔の忍者が例外なく強くて優秀である理由がわかった気がする。

 そして、彼の、


「さあ、来るぞ。」


 という合図で敵軍がこちらへと向かって来るのが見えた。どういう感知能力を持っているのかよくわからないが、風魔小太郎が人間離れしてることはよくわかった。

 敵軍は目視する限り、500ほどの軍勢で、たった12人の俺たちが相手をするにはいささか多い。だが、俺たちから見て左側から青い部隊が敵軍にものすごい速さで衝突した。


「あれは直勝殿の青備え。ここにいたのか。」


 俺は荷が重いと思って2000の軍のうち、1500人の指揮は彼に任せていた。彼も上杉朝定を追っていたのだろう。


「道之助!先を急げ!この先に上杉朝定がいる。俺の精鋭を預けるから奴を討ち取れ!」


 直勝は俺たちの姿を確認すると、そう叫び、部下の騎兵20人ほどを俺に預けた。これで総勢32人となった俺たちは最速でさらに北上。先程の敵軍には目もくれず進んだ。

 そこから1kmほどは進んだところにて、ついに上杉朝定の一行を見つけた。兵力は500にはいかない程度だろう。最初は兵士が8000人もいたが、ほとんどは逃げ遅れたり酔いが回って動けなかったようだ。


「なあ、あんたらは何者か知らないが、この人数で奴を討ち取る自信はあるか?」


 俺はその軍勢を観察しながら青備えの精鋭の一人に訊いた。すでに馬から降りて草むらに隠れている。


「全員を討ち取ることは不可能ですが、大将首だけ挙げるなら容易いでしょう。」


 そいつは容易いと言いやがったので、俺も何となくいける気がしてきた。ありがたいことに、部隊は少し油断してくれているようだ。先程の部隊を送り出したことで敵を撒いたと思っているのだろう。


「では、各々死なぬようにやろう。必ず上杉朝定を討ち取ろう。」


 俺は一抹の不安とともにそう指示を出し、全員が身を潜めていた草むらから飛び出した。敵はまたも奇襲をかけられて驚き、次々に首を取られていく。

 俺もやむを得ず、無抵抗の兵士の首を斬った。動脈を狙って刀を振り抜いたので、首からは血飛沫が上がり、恨めしそうに倒れていった。一人目はそうやってしっかり死んでいくところを見て供養する気持ちもあったが、いかんせん敵が多すぎて、次からはそんなことをしている暇がなくなった。

 斬りかかって来る敵を抑えつけて隙を見て首を斬りつける。そして、彼が死に行くさまを見る余裕もなく次の敵と対峙する。これを繰り返した。俺はそう腕前があるわけではないから、どんどん体力を削られてジリ貧になっていった。


 周りの達人たちはどんどん敵を討ち取って前へ進んでいく。だが、青備えの精鋭の一人が討ち取られてしまい、動揺が広がった。こんなことではどんどん数が減っていくばかりだ。

 そんな時、いつの間にか消えていた小太郎がひょこっと現れて、俺と対峙していた敵兵の首を素手でゴリッと折って、


「おい若い武士、朝定の居場所がわかった。ここは風魔党にまかせてついてこい。」


 と低くしわがれた声で俺に言った。風魔党…?俺はその言葉を不思議に思ったが、次の瞬間、風魔党の忍者がわらわらと50人ほど集まってきて、敵兵を足止めし始めた。

 そういうわけで、俺たちは彼らに戦場を託し、小太郎についていく。少し走ると、馬に乗ってぐったりした若い男が数十人の男に囲まれているのが見えた。


「あれが朝定だ。」


 小太郎がそう言った数秒後、俺たちはそいつに向かって走り出していた。槍を持っている青備えの部隊がまずは敵部隊を蹴散らして進路を切り拓き、閃撃部隊と風魔小太郎が一気に仕掛ける。

 俺は4人、他の連中は平均して7人程度兵士を斬っている。刃こぼれもしているしそろそろ決着をつけたいところだ。

 通泰が最初に馬に斬りかかる。すると、馬は暴れて朝定を振り落とし、閃撃部隊部隊の通泰に次ぐ実力者である斎藤知泰が朝定を捕らえた。


「敵将・上杉朝定をただいま引っ捕らえた。戦いは終わりである。扇谷上杉の兵は武器を捨てて投降せよ。そうすれば命は助ける。」


 俺は即座に大声でそう宣言した。上杉兵たちは負けを悟ったのか武器を捨て、投降の意思を示した。


「知泰、そいつを斬り捨てろ。どうせそいつが死ねば扇谷上杉は滅亡するから、人質にする必要もない。」


 知泰は俺の言葉に無言で頷き、朝定を斬り捨てた。こちらは片付いた一方で、河越夜戦はまだまだ混戦を極める激戦となっていた。

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[気になる点] >>敵の総大将の一人である上杉朝定 総大将の一人って何だ 大将とかまとめ役とかでいいのでは?
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