絶滅誘惑区域(脚本)
登場人物表
三島幸次(45)
三島祐輔(7) 幸次の息子
三島優樹菜(38) 幸次の妻
ヒカル(50) 占い師
吉田(21) パチンコ屋の店員
パチンコを打つ人々
温泉宿で眠る人々
その他
1 湿地
『野生動物に餌を与えないで』の看板が立っている。
霧の中に響くサギの鳴き声。
霧の中からゆっくりと姿を現して歩いてくる作業着姿の三島幸
次(45)。幸次の手にはビニール袋が握られている。
2 墓地
苔が生えた墓石が並ぶ。
古い墓石の前で手を合わせる幸次。
幸次「もう大人か」
ポップな蛇の人形や駄菓子が備えられている。
3 古びた校舎・表
幸次、窓枠のとりつけ作業をしている。
幸次、校舎の中からこっちを見ている三島祐輔(7)の姿を見
つける。
幸次、作業を続ける。
祐輔、校舎から出てきて幸次の背後に回る。
祐輔「無視した」
幸次「なぜお前がここにいるんだ」
祐輔「腹減った」
幸次「危ないから。離れて。校舎の中にも入らないで」
祐輔「じゃあ、どこ行く」
幸次「知らないよ。来た道帰れば良いだろ。何、お金か?」
祐輔「(俯いて)……」
幸次、作業を続ける。
幸次、作業を止めて祐輔に向き合う。
幸次「お前、一人か?」
4 同・中
古びた机でからあげ弁当を食べる祐輔。
隣に座って祐輔を眺める幸次。
祐輔、食べかけの弁当を幸次の元に差し出す。
幸次「もういいのか?」
幸次、弁当に貪りつく。
幸次「母ちゃんに見てこいって言われたのか?」
特段返事をしない祐輔。
幸次「学校は?」
祐輔「辞めた」
幸次「辞めたって小学校は辞めれないでしょうが」
祐輔「……さっき無視した」
幸次「違うよ。分からなかったんだよ。今も分からないよ。どうやってきたんだ? ここまで」
祐輔「西調布駅から京王線に乗って調布駅で特急に乗り換えて新宿で降りて、JR湘南新宿ラインの快速で高崎まで行って、それでJR両毛線乗って新前橋で吾妻線に乗り換えて中之条駅。そっからはタクシー」
幸次「……うん、や、え? うん」
祐輔、幸次の手に持つ弁当に手を伸ばす。
幸次、祐輔に弁当を差し出す。
祐輔、からあげを一つとって食べる。
幸次「今、お前が座ってるとこはヨッチャンの席だった。で、この辺が柳さんで、向こうがトシユキ。その隣がー」
5 温泉宿・内
湯船に浸かっている祐輔と幸次。
祐輔、頭頂部までお湯につかる。
幸次「おい!」
幸次、妙に慌てて祐輔を湯の中から抱き上げる。
6 同・フロアの一角
『占』と記された提灯が赤く光る。
テーブルにザッと並べられたルノルマンカードをじっと見る幸
次と祐輔。占い師のヒカル(50)、カードを指差しながら、
ヒカル「(淡々と)恋に恋しているというのが出てます。あなたは空想家ね。うん。お相手にとってあなたは、うん。怒りのカードが出てるわ。悪い傾向じゃないわ。時々思い出してむかついてんのよ。あなたのこと、遠くで」
幸次「……それは。どっちの」
ヒカル「どっちとは?」
祐輔「恋?」
幸次「いや、その」
祐輔「父ちゃんは母ちゃんが好きだよ」
ヒカル「奥さんの方も見て欲しいの? 分かりきってやしないかしら」
幸次「いや」
祐輔、置いてあるカードを一枚手に取って見る。
祐輔の手には『蛇』のカードが握られている。
幸次「あーこらこら」
ヒカル「あげようか」
幸次「いや駄目です」
ヒカル「待ち人ありだね」
祐輔、じっとカードの柄を見ている。
幸次「いや駄目です」
7 同・休憩所
薄暗く、畳の上に横になって眠る人達。
眠る人達の間をスタスタと歩いていく祐輔と後ろからアイスを
二本持ってオヨオヨとついていく幸次。
祐輔、空いている場所にストンと座る。
幸次、隣に座ってアイスを一本祐輔に手渡す。
幸次「(小声で)そろそろ。教えてくれても良いんじゃねえか?」
祐輔、アイスを齧る。
幸次、祐輔のポケットがスマフォの形に四角く膨らんでいるこ
とに気が付く。
幸次「(小声で)なあ、母ちゃんに何か言われたんだろ」
祐輔、幸次の耳に口を近付ける。
祐輔、フッーと息を思いっきり吐く。
幸次、叫ぶ。
起き始める周りで眠っていた人達。
8 畦道
祐輔の泣き声が響いている。
泣きながら歩く祐輔と後ろをついていく幸次。
幸次「叩いて悪かったよ。父ちゃんも叩きたくて叩いたんじゃないよ。叩いちゃだめだよな。悪かったよ」
祐輔、ずんずん進んでいく。
幸次「なあ、怒るなよ。父ちゃんの秘密の場所に連れてってやるか
ら」
9 廃れたパチンコ屋
大音量の機械音。
客はまばらで空席が目立つ。
台と向き合ってパチンコを打つ幸次。
祐輔、幸次の股の間から顔を出す。
幸次、周りを気にしながら祐輔の頭を手で引っ込める。
幸次・振り返ると店員の吉田(21)が立っている。
吉田、幸次の股の間を覗いている。
× × ×
祐輔、パチンコを打っている。
祐輔の台から玉がジャラジャラと出てくる。
祐輔、玉を手で掴んだ際、一つ床に落としてしまう。
祐輔、玉の行方を目で追っていると一匹の緑の蛇が徘徊してい
るのを見つける。
吉田の声「祐輔君、調子良いみたいね!」
祐輔、ハッと声の聞こえるカウンターの方に振り返ると、タバ
コ片手にこちらに手を振っている吉田とタバコを吸いながら虚ろな表情の幸次の姿。
幸次「どうせ優樹菜に何か言われて来たんだろ。スマフォ持たせて、位置検索してんだよ。今頃」
吉田「位置検索してどうすんですか」
幸次「知らないよ。俺の恋の行方でも追ってんじゃねえかな」
吉田「奥さんが可哀想です」
幸次「思ったことを言え」
吉田「思ってますよ」
幸次「知らねえだろ。お前、優樹菜の事なんか何にも」
吉田「不倫された人が可哀想じゃないことありますか」
幸次「何だ? 難しい日本語使うな」
吉田「そもそも不倫相手って誰なんですか?」
幸次「お前には関係がないし、言っても仕方がない」
吉田「好きな人がいるからこっちきたって教えてくれたのは幸次さんでしょ」
幸次「ただの流れ者だと思われたく無かったんだよ」
吉田「流れ者でしょ」
幸次「お前は誰かを好きになったことがあるか?」
吉田「(祐輔のいる方を見て)あれ、奥さんじゃないですか」
幸次「絶対違うよ」
吉田の目線の先、パチンコを打つ祐輔の元に歩み寄る三島優樹
菜(38)の姿。
幸次、虚ろな表情でタバコの火を消して優樹菜の元に向かって
いく。
幸次の姿に気が付いて振り返る優樹菜。
以降、二人の会話は機械音にかき消される。
優樹菜「祐輔に何させてんのよ」
幸次「初めから一緒にいれば」
優樹菜「あなたと出逢うにはまだ早い」
幸次「子供を使うなんて卑怯だ」
優樹菜「子供を使って私達、結婚したんでしょ」
祐輔、むなポケットから『蛇』のカードを取り出す。
『蛇』のカードから蛇の柄だけが消えている。
10 湿地近くの道
柄の消えた『蛇』のカードを眺めながら歩く祐輔。
祐輔、湿地の方へ歩いてく。
11 幹線道路沿いの道
スマフォを眺めながら歩く優樹菜。
幸次、それを横から覗き込んでいる。
止まる優樹菜。
スマフォ画面に青い丸印が一つ動いている。
優樹菜「(遠方を指差して)向こうかな」
幸次「向こうだな」
優樹菜「ごめん。もう少し離れて歩いてくれる?」
幸次「来たのはお前だろ」
優樹菜「ごめん。来てみて思った」
幸次「あ、そう。謝らないでくれるか。謝られると虚しくなる」
優樹菜「何も変わってないね。その感じ」
幸次「変わらないよ。だから離れて暮らしてたんだろ。何しにきたんだ。何か変えにきたつもりなのか?」
優樹菜「人を問い詰めるクセやめた方が良いよ」
幸次「どっちがだよ。帰れよ」
優樹菜「祐輔、見つけたらね」
12 湿地
スマフォを見ながらやってくる優樹菜と幸次。
スマフォ画面の青丸の動きが停止している。
優樹菜「この辺……」
幸次「電話してみろ」
優樹菜「命令しないで」
優樹菜、電話すると霧の向こうから着信音が鳴る。
優樹菜「祐輔ーっ!」
幸次「祐輔!」
返事はない。
優樹菜、霧の方へ走っていく。
幸次、後を追う。
13 同・池付近
池の傍で鳴っている祐輔のスマフォ。
祐輔のスマフォを拾う優樹菜。
幸次、遅れてやってくる。
二人、池の方を見る。
幸次「まさか」
池には水鳥が優雅に泳いでいる。
幸次、狼狽して池に近付きながら祐輔の名前を呼ぶ。
優樹菜、唐突に幸次の腕を握る。
幸次「なに」
優樹菜「ねえ、もしあの子が死んでいたら、どうする?」
幸次「殴る。俺達を」
優樹菜「それで? 何を思うの?」
幸次、優樹菜の手を振り切って池の周りを探す。
幸次「祐輔―っ。ふざけるのはよせよー。 ほんとに父ちゃん怒るからなー!」
優樹菜、幸次の背中を見ている。
祐輔、繁みから出てきて優樹菜と手をつなぐ。
祐輔「父ちゃんはからあげくれたし、温泉にも連れてってくれたよ」
優樹菜「父ちゃんの恋人は昔この池で溺れて死んだの」
祐輔「知らない。その人のこと僕は知らないよ」
優樹菜「父ちゃんからそう聞いただけ」
祐輔「僕じゃなくて今はその人を探しているの?」
優樹菜「どうなんだろうね。私と結婚してもずーっとその子の事を考えちゃうんだって。三十年間ずっと」
祐輔「恋?」
優樹菜「うん? うん。そうね。永遠の、恋よ」
祐輔、突然サギの鳴きまねをする。
優樹菜「ちょっと!」
幸次、祐輔の姿に気が付きこちらに向かって走って来る。
優樹菜「来ちゃったじゃないの」
祐輔、走って逃げる。
優樹菜、祐輔と同じ方向に走って逃げる。
幸次、全力で二人を追う。
× × ×
幸次、右腕に仰向けの優樹菜、左腕に祐輔を抱えてうつ伏せになって呼吸を乱して泣いている。
幸次「俺のせいだ。俺が、ヨッチャンをからかった。プールで25メートル泳げないヨッチャンを馬鹿にした。それで俺があの池で教えてやるよって。二人になりたかったんだ。ヨッチャンの事が好きだった。俺の後に続いてヨッチャンは飛び込んだ。俺はヨッチャンの手を握った。ヨッチャンの手を握って一緒に泳いだ。気が付いたら、苦しくって必死で上を目指してもがいていた。ヨッチャンの手はもうなかった。どこにもなかった」
優樹菜「何回目。その話」
祐輔、『蛇』のカードを手に取って眺めている。
『蛇』のカード、柄が元に戻っている。
幸次「毎日同じ夢を見た。暗闇の中でずっと俺はヨッチャンの手を探している」
優樹菜「ヨッチャンはどうしたいの? どうしたかったの?」
幸次「ヨッチャンは―」
祐輔「(霧の向こうを指さして)ヨッチャン! ヨッチャン!」
幸次「(祐輔の指差す方を見て)ヨッチャン? ヨッチャン!」
優樹菜、二人が眺めている方向を見る。
霧の立ち込める空間に一羽のサギがこっちを見ている。
祐輔と幸次、立ち上がってそちらへ走っていく。
サギ、驚いて飛び立つ。
祐輔と幸次、直進して姿が霧の中に消えていく。
優樹菜、呆れたように二人の消えて行った方角を眺める。
優樹菜、スマフォを取り出す。
スマフォ画面には二つの青い丸印が池を目指して動いている。
スマフォ画面上の池の中に突如ピンク色の丸印が出現する。
終わり