第5話 グラン王都へ
10月初旬、義父から話があるとテラスに誘われた。
「なんでしょう、父上」
「先生方がもう教えることはないそうだよ、魔法は発動できないらしいけど」
「はああ、その通りです」
「ジャン先生は考えすぎと言っていたがね」
「いやあ、前世では魔法は無かったというか、おとぎ話や魔女伝説があったので大昔はあったのかも知れません。こっちではあるのがわかりますけど、理論がわからないんです」
「う~む、理詰めで考える癖なのかな?」
「科学的な思考訓練を受けていたらしいです。父上は学問をどうお考えですか?」
「学問というか・・・言葉遊びで実用性が無いというか」
「正しい学問は実用性があります」
「ああ、鍛冶士のサムドが炭素を混合した鉄で焼き入れ焼き鈍しの実験をしてバネができたよ」
「え、本当ですか?」
「ケンが言ったとおり温度条件と冷却時間で検討した。早速馬車に組み込んで見たらその通りの結果だった」
「ダンパーが無いとかえって酷くなりますけど」
「それもできているよ。空気の密封が大変だったけど魔獣の革でできたそうだ」
「へえ、今度見学してみます」
「それもこれも学問ということか」
「冶金学とかいう分野です。前世では膨大な学問分野があり細分化されて、一般人には理解不能なものもあったようです」
「う~む、その・・・魔法なら目に見えるわけだし、実を言うと、こちらでは魔素が多いというのも実感出来る。わたしなんか初級魔法程度だがこちらに来てから魔力切れが皆無だ。魔導士達もグランでは魔力切れから回復するのに1週間掛かっていたような仕事でも1日で回復する。魔道具も魔石の保ちが格段に違うらしい」
「それは聞いてますけど」
「魔法が使えなくても魔道具は動かせる。王都で勉強してみたらどうかな」
「わあ、是非やらせて下さい」
「すでに申請して受理されている。入学は来年1月18日、グラン王立学校だ。寄宿舎に入ることになる。実家からメイドをつけてくれるそうだよ」
「あ、あの・・・」
「貴族の端くれだからね」
「はい」
「この船は金属製ですか」
「はい、魔鋼鉄製の最新艦です。マジックボックスも備わって魔物肉も新鮮なまま運べますよ、大容量で長尺の木材加工品がそのまま入ります」
「なるほど・・・海賊の討伐は成功したと聞いていますけど」
「左舷に見えてきた群島、数百の無人島があって海賊が隠れ住むのにもってこいでした。グラン海軍の高速艇十隻で拠点をしらみつぶししました。まあ、逃れた海賊もいるでしょうが定期的に確認する方針です」
「安心出来ますね」
「輸送路の確保はヘルン経営の肝でしょうからね」
船室は貴賓室、食事は船長のテーブルでという4日間の船旅、商人の行き来も多いので1等船室には10人、2等船室には60人、従者兼護衛でヤリス副兵士長と部下が同行している。貴賓室はベッドルームが3つにリビング、シャワー室が完備している。
外では『ケン様』と呼び丁寧語のヤリスも中では気軽にしている。
「同行しなくても良いって言ったんだけどね」
「いやいや、海賊の討伐も終わってるしで、オレ達も気楽ですがね」
「アハハ」
「大容量のマジックバック運送がありますからね」
「中身よりそっちのほうが高価かで狙われるって聞いてるね」
「クリック様もかなり儲かってます。帰りの頼まれ物のリストも集めるのに時間が掛かりそうです」
「実家の方にはリストは送っているだろ?」
港町グラポートからは馬車で3日、徒歩だと12日の距離、冒険者くずれの盗賊団のニュースもあるが、主街道は宿場も整備されて安全だ。
乗り合い馬車の旅も順調、街道の道は土魔法で整備していて堅く均され、轍跡も少なく揺れも少ない、とはいえケツが痛いのは座席の堅さが原因。クッションはせんべい布団と言っても良く、馬車の改良点が身にしみる旅になった。
「ここがルグラ伯爵家の屋敷になりますよ」
「うわ!大きいなあ」
「王城から近いということは王家からの信頼の証です」
乗客は乗合馬車の駅からタクシーのような馬車に乗り換えてそれぞれの目的地へ、駅近は宿屋街で繁華街住宅街を北に進むと貴族街、3カ所の門で衛兵が身分証を確認する。
貴族街正門近くは男爵家や子爵家、北に進み高台に伯爵家や侯爵、公爵家、王城の正門手前を西に折れて3軒目の屋敷の北西門から車回しで馬車を降りた。北中央門は王族専用門、北東門は出入りの商人や使用人専用の通用門になっている。勿論門には衛兵がいる。
建物は3つに分かれていて中央母屋、西に結婚した家族の家が並ぶ。東は使用人や私兵の宿舎で厩舎や訓練場もある。王国北東の領地屋敷は代官が管理し、私兵の大部分も領地で暮らしている。
執事とメイドにお出迎えされた。
「ケン様ですね、お初にお目に掛かります」
「よろしく頼む。ヤリスは下がってよろしい」
「は!家宰殿と打ち合わせてから兵舎に向かいます」
「うむ、御苦労であった」
「失礼致します」
「まずは客室にご案内致します。旅の汗をお流しになってから衣服を整えますのでメイドにお申し付け下さい」
「あいわかった」
貴族は堅苦しい、お付きのメイドはイリヤと自己紹介し、全てのことを黙っていてもやってくれる。バスルームで頭や体を洗うのも役目で、いちいち恥ずかしがっても居られない。
「イリヤは王都の出身なのか?」
「はい、商家の三女ですわ、パタヤ家具店と申します」
「お、椅子なども販売している?」
「はい、主に高級家具になりまして、御領地の関連工場で作らせております」
「うん、領地では工業が盛んだと聞いている」
「さ、終わりました、乾燥魔法を掛けさせていただきます」
「頼む」