第九話 飛べ! ジョナサン!
「ステップワン、ロケットをランチャーにセッティング」
「了解!」
注水されたロケットは重量が増しています。ずしりと、それはわたしに重みを感じさせます。ただ水を入れただけでここまで変わるものでしょうか。発射を直前にした心持ちがそう感じさせているのかもしれません。
「ステップツー、空気入れで圧力をかけよ」
「了……解!」
こちらは、なかなかの重労働のようです。ポンプはわたしが力を入れて押し込むたびに重く、強く、厳しく押し返してくるのです。負けてたまるか、失敗してたまるか、高く飛べ、遠くまで飛べ! わたしは一押し一押しに思いを乗せてプレッシャーをかけ続けます。
「ステップスリー、安全確認」
わたしたちは指差し確認を始めます。
「右方向は?」
ーー広がる海。
「よし!」
「左はどうだ?」
ーー砂浜奥のバイパスを走る車。
「よし!」
「前方、後方かくにーん」
ーーむこう数十メートル、目視範囲に人影なし。
「よし!」
「ロケット周辺はどうだ?」
ーーロケット周辺にはおじさん以外何もなし。
「よ……ろしくない!」
わたしはおじさんを胸に抱えて、少し離れたポンプまで待避します。おじさんはうんうんと頷いています。さてはわたしを試しましたね? わたしはクスクスと笑います。
「最後まで気を抜くなよ? ステップフォーだ」
わたしは背筋を伸ばし、口を一文字に結び、おじさんの一言を待ちます。
「ロケット発射だ!」
「いえっさー!」
発射レバーを強く、強く、強く握りました。ポンプとロケットの接合が外れ、水と空気と、音を放出しながら遠く、遠く、遠くまど風を切ります。
五メートル、十メートルと飛距離を伸ばすロケット。十秒にも満たないであろうロケットの滞空時間はわたしにとって永遠と感じるものでした。飛べ、飛べ、飛べ。そう思ったのが先だったか、口に出したのが先だったか。わたしは一種のトランス状態だったのかもしれません。意識と五感との繋がりは薄れ、まるで自分がロケットになって空を飛んでいるような感覚まで生まれていました。
そして、ロケットが砂浜に不時着した時、わたしは思わずその場に崩れて泣き出してしまいました。
なぜだろう、不思議と涙が止まらなかったのです。おじさんはそんなわたしをじっと見つめるだけで、何も語らず、わたしの胸で温かみをくれておりました。