第七話 名前はジョナサン
「ロケットを作ったのかい」
パパとママとわたし、三人で夜の食卓を囲っています。パパはわたしが今日やったことを、スカートやフィンを作り、名前を付けて、ロケットを作ったことを大変興味深く聞いてくれました。
「ひかりが一人で? 誰かに教わったのかしら?」
わたしは少し言葉に詰まりましたがママからの質問に応えます。
「うん、たまたま読んだ本にやり方が載っていたからやってみようと思ったの」
嘘をつきました。真面目な良い子のわたしのはずですが、おじさんと約束をしたから。
『私のことは秘密にして欲しい』
おじさんの言いたいことはなんとなく分かります、人語を介すカモメが大変珍しく貴重な存在であることはわたしにも理解ができますから。大きな騒ぎとなってしまうことをカモメのおじさんは好まないということでしょう。
「一人で、作りました」
嘘を、つきました。パパとママに嘘をつきました。おじさんの為だとはいえ、胸がチクリといたんだような気がします。わたしは嘘をつくということが好きではないようです。
「ごちそうさまでした」
嘘をついたまま食事を続けるのはどうにも気分が良くありません。早々に切り上げて今日はお休みすることとしましょう。わたしは食器を片付けようと立ち上がります。
「あら? プリンは食べないの?」
「たっぷりのミルクと砂糖を入れた甘いカプチーノも入れてやろうと思ったのに」
……わたしは家族団らんの食卓へと戻ります。
※※※
今日はわたしがカモメのおじさんに師事して作り上げたロケット『ジョナサン』の点火式当日です。正確には注水式とでも言うべきかもしれませんが、その様な言葉が実際にあるかどうかをわたしは存じあげません。
昨晩は胸の鼓動を抑えることが出来ず、なかなか寝付くことが出来ませんでした。少々の寝不足とランデブーすることになることでしょう。
わたしはロケットを抱えて海岸へと歩きます。胸元に抱えた『ジョナサン』へわたしの鼓動が直接伝わることを感じました。しかし伝わっているのは果たしてただの心音だけなのでしょうか? 早鐘の様に打たれるこの心臓により、どうにもわたしの意思と心までもが流れ、ロケットの『ジョナサン』へと伝播していると感じてしまいます。気のせいなのかも知れませんが、わたしは、そう信じます。
「おはようございます、おじさん」
「おはよう、今日は間違えられずに済んだようだ」
おじさんはヒラヒラと背中の三日月模様をこれ見よがしに見せつけてきます。むう、おじさんは意外と根に持つタイプの人げ……カモメさんのようです。
「ちゃんと持ってきたようだね」
「はい! わたしの、わたしたちのロケット『ジョナサン』です!」
わたしの思いをたっぷりと吸い込んだロケットをわたしは高々と、自信満々に掲げます。しかしそんなわたしとは対照的に、おじさんは苦笑気味のように見えます。
「本当にいいのかい? そんな名前で……」
いったい全体おじさんは、ジョナサン=クレゼントさんは何を仰っているのでしょうか。わたしに新たな研究テーマを与えてくれて、あろうことかご指導までくださったおじさんです。わたしはカモメのジョナサンおじさんを大変尊敬しております。そしてそんなおじさんのことをわたしは、パパやママに次いで大好きな存在でもあるのです。
と、わたしはおじさんに素直な気持ちを吐露いたしました。
「そう、か。そこまでの者ではないが、そう言って貰えるのならば私もその名前を受け入れよう」
おじさんから命名の正式な許可も頂けました。
さて、それでは。
「ロケットを飛ばそう」
「おー!」
今日はまだまだ、始まったばかり。海も空も、静かにわたしたちを見守ってくれているように感じます。