エピローグ
時々私は思い出す。特に、地元に帰省し、海を見ていると思い出す。
子どもの頃に、カモメのおじさんとペットボトルロケットを作ったあの夏のことを。
※※※
休暇をとった私は、地元の海岸に腰掛けていた。私は携帯電話でラジオを聞く。
『皆さんご存知ですよね? 先日種子島よりロケットが発射されました。通称ジョナサンと呼ばれるこのロケットは、日本が誇る天才、……ひかり氏がメインとなって設計されたものなのです! 彼女は先進的な理論を数多く提唱し、流体・航空様々な分野において業績を残してまいりました……』
気恥ずかしくなった私はラジオを止めた。携帯には多くの着信履歴やメールが残っている。先日にロケットが発射されて以来、メディアの報道や友人からの連絡に神経をすり減らされ続ける毎日だ。ため息を一つ、携帯の電源を切る。
長めの休暇をとったのは正解だった。そしてここに来て良かった。すり減った神経が修復されていくような気さえしてくる。
実家も何も変わってはいなかった。父にブラックのコーヒーを所望すれば甘いカプチーノを出してくるし、母はお菓子作りに勤しみ、今日も水筒に入れた濃い目のカルピスを持たせてくれた。両親にとって私は、まだまだ『小さなひかり』のままなのだなと実感する。私も人の親になればそうなるのだろうか? まだ私にはピンと来ない。
冷たいカルピスで喉を潤していると、目の前に何かが落下した。
それは、ペットボトルロケットであった。慣れない人が作ったのだろう、あちこち歪んでいる。誰が打ち上げているのかと周りに目を向けると、齢十ばかりの少女がこちらに向かって走ってきた。
「お姉さんごめんなさい! 変な方に飛んでっちゃって……」
私はロケットを拾って彼女に手渡す。その手は切り傷が目立った。ロケット作りで怪我したのだろうか。
「君が一人で作ったの?」
「はい! テレビでロケットの発射を見たらわたしもやってみたくなったんです!」
私は思わず目を見開いた。私のジョナサンの伝播はこんな子どもにも伝わるか。
「そっかそっか。ところでこのロケット、もう少し重心を意識したほうがいいな」
「お姉さんロケット詳しいの!?」
おっと薮蛇だったか? 休暇中にまでロケットを作るのは……。
ーーいや、今の気分はそうでもないな。
「わたしはのぞみと言います! 遠くまで飛ぶロケットを教えてください!」
少女は、のぞみちゃんは深々と頭を下げて私にお願いをする。
ーー運命的な名前じゃあないか。
「どうしたら遠くまで飛ばせますか!?」
「ではそれの調べ方を教えてあげよう、安全な作り方もね」
のぞみちゃんはちょっと不服そうな顔。
「答えの形で教えてくれないのですか?」
対照的に私は、口角が上がり思わず微笑む。
「ああ、だってその方が面白いだろう?」
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!




