第二話わたしはひかり、カモメはジョナサン
わたしの人生はまだ10年程度の短いものですが、今この瞬間以上の衝撃はそうそう訪れることはないでしょう。鳥や動物とお話ができるのはおとぎ話の中だけのはずです。そうだというのに、このカモメさんは人語を解し、あろうことかわたしに話しかけてきているのです。
「すまない、驚かせてしまったかな」
わたしはまだ開いた口が塞がらないのでした。カモメさんは続けます。
「私の名はジョナサン=クレゼント。君の名は何というのだい?」
はっ、と、わたしは我に返りました。普段からパパとママが酸っぱいお口でわたしの耳にタコをつくりながら言っていたことを思い出します。
『常に、礼儀と作法は重んじていなさい』
落ち着き払って節度と礼節を持った方は、わたしの目にはとても輝いて見えます。パパとママや担任の先生などがそう見えるのです。そして、目の前に鎮座するこのカモメさんもわたしにはそういった立派な大人の方に見えたのです。わたしはこのカモメさんに礼儀と作法を持って接するべきと判断しました。こほんと一つセキ払い、無礼を詫びて自己紹介を始めます。
「ごめんなさい、突然のことで吃驚して呆けてしまっていました。わたしの名前はひかりと言います」
「私も君の絵画を邪魔してしまった、申し訳ない」
お互いに謝り合う姿がなんだか可笑しくて、わたし達は図らずとも笑顔になりました。
「ひかりさん、君は何の絵を描いているんだい? 小学校の宿題か何かなのかな」
「わたしはここで自由研究のために海の絵を描いています。夏休みの間、毎日同じ場所の絵を描けば見える風景のちょっとした違いを発見できるのではと思っています」
カモメのおじさん? は興味深そうにわたしの自由研究を聞いてくれているようでした。
「ずいぶんと面白そうな自由研究だね」
わたしはこそばゆく、なんだか頬が熱くなりました。
「しかし、雨が降っても外でスケッチをするのかい?」
「……えっ?」
これは……盲点でした。雨が降れば風景は大きく変わるでしょうが、それを屋外で観測してスケッチブックに描くのはとても骨でしょう。わたしは困ってしまいました。
「どうやら君の研究に水を差してしまったようだね」
申し訳なさそうにおじさん? はそう言いました。人間のわたしには、カモメさんの微細な表情を読み取ることが殆どできないのですがそう感じたのです。
「いえ、わたしの思慮が浅かったというだけのことです。おじさん? が謝ることでは決してありません」
「そうかい、でもすまなかった。そして私のことはおじさんで構わない」
しかしどうしたものでしょう。何か新たな自由研究を考えなければなりません。うむむ、とわたしは顎に手をやり考え始めました。その様子をみたおじさんはわたしに声をかけてきました。
「ならば私と一緒にロケットでも作らないかい?」
夏の太陽が高く登り、わたしの頬には新たな汗が一筋伝りました。