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第十八話

 雨の日におじさんの話を聞いた翌日。昨日とは打って変わった雲一つない青空です。

 今日のわたしは大荷物を抱えております。スケッチブック、三角定規、分度器、ノートに筆記用具、計量カップまで……

 ロケット作りの時と同様に、おじさんの指示の元集めた道具たちです。今日からはこれらを活用しながら、ロケットを遠く遠く飛ばす方法を教えていただける手はずとなっているのです。

 大荷物に加えてロケットのジョナサンまで抱えているのだから、これは中々に重労働。日差しに負けぬよう一歩一歩と踏みしめます。一歩一歩と踏みしめながら、昨日のおじさんの過去についてを反芻します。


「おじさんはもともと人間だった」


 さらに言えば、飛行機の設計者であったとか。さらにさらに言えば、結婚もされて娘さんまでいたとか。落ち着いた雰囲気を醸していられるので大人だなあと感じておりましたが、想像よりずっと年上でした。そして高次元? の飛行機とはどのようなものだったのでしょうか。わたしにはとてもイメージがつきません。わたしのロケットもそんなところに辿り着けるものかなあとわたしは夢想します。


「カモメさんなのに空を飛ばない」


 わたしとお話が出来る時点でただのカモメさんではないと思っておりましたが、空を飛ばない鳥さんとはこれ如何に。おじさん曰く、自分の翼で空を飛ぶことは、人間だった自分を捨ててカモメさんとしての人生を始めることだと言います。記憶も過去も全てを捨てる、それが、おじさんにとって空を飛ぶということ。きっとそれはとても怖いことなんだろうなあ、とわたしは思います。


 一歩、一歩、気付けばいつもの海岸にやってきました。砂浜で海を見つめる一羽のカモメさん。背中に見えるは漆黒の三日月模様。おじさんもわたしに気付いたようです。


「ひかりさん。私が頼んでおいてなんだが、大荷物だね」

「重いです、大変です、暑いです。手伝ってくださると助かりますが」

「いやあ、この小さな身体ではどうも、ね。あと少しだから頑張って」

「むう……」


 恨み辛みもそこそこに、わたしは荷物を運びます。そして遂に、やっと、目的地に到着です。


※※※


「さて、本日はこのロケットを遠くまで飛ばすにはどうしたらよいか。それを考えていこう」

「……おー」


 重荷を背負ってやっとここまで来たのです。わたしは少々お疲れ気味。ママが入れてくれた氷たっぷりのカルピスを口にします。カラカラと小気味良い音を氷が奏で、白く濁った濃いめのカルピスがわたしの喉を通過していく。じんわりと冷気が全身に広がっていく心地よさを感じ、ほうっと一息を吐きます。

 カモメさんになったおじさんは、食べ物も飲み物も口にしていないと言っておられました。真夏に飲む冷たく甘いカルピスの快感もしばらく味わってなどいないのでしょう。


「とても美味しそうに飲むものだ」

「おじさんは飲み食いできことが寂しくはならないのですか?」

「空腹を感じないからね、欲が湧かないんだ」

「暑い日のカルピスはこんなにもオツなモノなのに、残念ですね」

「む?」


 大変な荷物運びを手伝ってくれなかったおじさんにちょっぴりの優越感を伝えます。ところがおじさんも一家言があるご様子。


「君は知らないだろうねえ? 茹だるような暑い日の夜、微温い外気をその身に受け、浴びるように飲む冷たいピルスナービールを飲む快楽を」


 それはずるい。もちろんわたしは未成年、ビールの、お酒の味などわかる道理がありません。


「渇いた身体に染み入るあのキレと麦の香り。人であった頃、私の身体の水分はほぼピルスナーで構成されていたと言っても過言ではないだろう」


「むう……」


 まったく、おじさんは負けず嫌いなんだから、まったく。もういいです、ロケット作りに戻ってください。



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