第十一話 打ち上げ中止……?
七月二十七日、日曜日、時刻は朝の八時を迎えたところ。ここ数日の晴天から打って変わり、どんより雲が立ち込めて参りました。湿度も高く、わたしの髪の毛も『むわっ』となって気持ちが悪いことこの上ありません。お庭に出てみると雨が降る前の香りがわたしの鼻腔をくすぐります。お空はゴロゴロと唸り、きっと間もなく雨が降り出すでしょう。わたしは五感で予兆を感じました。
もしもおじさんと出会っていなければ、本日を迎えるまでわたしは海の絵を描いていたことでしょう。それだけでなく、様々なことをご指導くださったカモメのおじさんには感謝してもしきれないものです。
ロケットは、ジョナサン号はお家に保管してありますが、さすがに今日はロケットを飛ばすことなどできないと思われます。本物のロケットも天候による打ち上げ延期はよくあることらしいです。
しかしどうしましょう。今日もおじさんとはロケットを飛ばす約束はしているのですが、中止の連絡はどうとればよいのでしょうか。
電話? おじさんはカモメさんです。おそらく携帯電話など持っていないのでは。
メール? おじさんはカモメさんです。おそらくパソコンなども持ち合わせていないのでは。
ぴーえいちえすやぽけべる? そんのものわたしは名前しか知りません。
おじさんのお家へ直接伺う? わたしはおじさんがどこに住んでいるのかすら知りません。
わたしはおじさんのことを、ジョナサン=クレゼントさんのことを何も知りませんでした。
遂に雨が弱々しく降り出しました、わたしは家に戻ります。
「雨、降り出しちゃったね」
少し気分が落ち込みはじめたわたしに声をかけたのは、キッチンで何かお菓子を手作りしているママでした。
「このお天気じゃあロケットは飛ばせないのではなくて?」
わたしは頷き、ママの背中にぎゅっと抱きつきました。
「あらあら、今日は甘えん坊なひかりね」
ママはそんなわたしを見かねてか、手を洗ってわたしの方へ向き直ります。そしてわたしの頭を軽く撫で、おでこにキスをしてくれました。ママのキスはおでこだけでなく、心までくすぐってくれます。わたしは身体も心の緊張が少しほぐれたことを感じます。わたしは、おじさんのことを何も知らない不甲斐なさの不安をママに吐露してしまいました。
「どうしてわたしはこんなに知らないことが多いの? 新しいことを知っても知っても、また新しい疑問が湧いてくる。知らないことがこんなに嫌な気持ちになるなんて知らなかった」
ママは目を瞑り、ゆっくり頷いています。
「わたしは何を知っているの? わたしは何を知ればいいの?」




