一:ガンショップ
二〇××年一二月二〇日二一:〇〇
クリスマスイブまで:残り九二時間
クリスマスまで:残り九九時間
作戦開始まで:残り八三時間
雲の無い星空、高層ビルと中層建築物ばかりの街。道路には一般人が使う自動車はおらず、通るのは世界中の戦車、自走砲、対空砲に装甲車から対艦ミサイルを載せたトラック等々、軍用車ばかりの異様な光景。
そして道行く人々も普通の服から迷彩服まで様々だが、必ずと言って良いほど大小様々な銃を携行している。
そんな街を少女が小走りで進む。
年は一二かそこらで銀の長髪をサイドアップにしており、瞳は黄金に輝く。服装は茶色のコートで隠されて判らず、履いているロングブーツはくたびれ初めている。
彼女の名前は『ココ』。本名、『緒方心音』は半年前に戦場で出会った仲間に呼び出されていた。
彼女も例に漏れず銃を背負って携行している。
スリングで吊られたソレは三八式歩兵銃。
一九〇五年に大日本帝国陸軍に採用されたボルトアクション式の小銃。第一次世界大戦や第二次世界大戦などの戦場で主力を担い、長期間に渡って使われ続け多くの派生型が存在する。弾丸は貫通性の高い三八式実包(6.5mm×50SR)が使われ、弾頭重量が重く空気抵抗が少ない為に射撃した場合の命中精度は高い。
彼女の三八式歩兵銃は非常に出来の良い銃身を使い、スコープを取り付けた狙撃用に改良された三八式改狙撃銃と呼ばれる派生型の一種。しかしスコープは旧来の九七式狙撃眼鏡ではなく、ピカティニーレール対応のスコープマウントに造り直され、倍率が四倍から十二倍の高精度スコープが載っている。銃床と銃把は小柄な体格に合わせて削り調整され、実質これは三八式改二狙撃銃である。
彼女はこの銃を手に入れてからひたすら敵を狙撃し続けた。お陰で腕前は上がり、遂には『東洋のシモ・ヘイヘ』の称号を手にしたプレイヤーとなった。
吐息が白くなるほど寒いなか、通りから外れた小さなガンショップに入っていく。
「いらっしゃい、ってなんだお前かい」
少女をぞんざいに出迎えるのは無精髭の店長。濃い隈に悪人の鋭い目付き、ボサボサの髪を束ねていて不審者か犯罪者にしか見えない。
藍染めのエプロンに"マークス"と書かれた名札。
「なんだって何よ、あんたが来いって言ったんじゃない」
「そういやそうだった。そこの看板をひっくり返して"closed"にして鍵閉めてくれ。今日はもう店じまいにする」
言われた通りに看板をひっくり返して鍵を閉める。
"STAFF ONLY"と書かれた扉をくぐって階段を降りて案内されたのは地下の工房。様々な加工台に木箱ダンボール箱、そして大量の銃。ステンレス棚に拳銃、短機関銃、小銃が置かれ、壁には対人狙撃銃から文体支援火器が固定してあり、その下ライフルスタンドには対物狙撃銃に汎用機関銃が立て掛けてある。大型の三脚の上には老兵、ブローニングM2が鎮座する。
「さて、今回のイベントで使う弾は徹甲弾ことAP弾。FMJ弾は使わない。後お前の三八はお休みだ」
「なんで?」
「奴等の皮膚は防弾性能のNIJ規格のⅣに相当するし、着てる服は装甲車並みだ」
「そんなに!?」
「昔ある馬鹿がな5.56mmのFMJ弾だけで突撃かましてな。イベント期間中に三十七回殺された。一人も殺せずな」
遠い目でどこかを見るマークス。
「というわけで狙撃戦をお望みなのであれば、基本は12.7×99mmか338ラプアマグナム辺りで最低でも7.62×51mmの強装弾だな」
ライフルスタンドに並べられた銃器の内一つを手に取る。
「まずは五〇口径で定番のバレットM82シリーズと、ついでにゲパートシリーズ」
対物ライフルでもっとも有名であろうバレットM82。携行性と汎用性を重視した設計により個人運用が可能で、使用弾薬は既存の12.7×99mm弾で補給しやすく経済的な一品。米軍では"建前"危険物除去用で導入されている。
特徴はV字型の大型マズルブレーキ。射撃時に噴射煙を横に逃がす事で反動軽減に高い効果があるが、その噴射煙で射手の視界を妨げられるという短所がある。
「名前ぐらい聞いたことあるだろ」
「えぇまぁ一応」
ゲパートは一九九〇年にハンガリー軍が軽装甲車両の破壊と超長距離狙撃の為に完成させた対物ライフル。完成当時はワルシャワ条約機構に参加していたため初期型は12.7×108mm弾仕様のみだったが、ハンガリーの自由化後は、NATOの制式重機関銃弾である12.7×99mm弾仕様のモデルが開発され、輸出も行われた。
「ゲパートの口径は基本12.7mmで派生型には14.5mmもある。このM1とM1A1の装弾数は一発だが、こっちのM2からは五発入る」
おすすめの銃を紹介していくがどれも琴線に触れないらしく、ココは首を横にふる。
「そうだな、あとはAI社のAWMとAW50とかだな。イギリス軍じゃL96で採用されてる。これだ」
AWはArctic Warfareの略称で意味は"極地戦闘用"。寒冷地での戦闘を視野に入れた設計で、特徴的なのは銃床部分で銃把と一体化しており、指を通すための穴が設けられている。
「AWMはマグナム弾仕様、AW50は12.7×99mm弾だ」
「そっちのマグナムの方、貸して」
コッキングハンドルを引き、感触を確かめつつ薬室を確認する。中は丁寧に仕上げられて歪みが無く、弾倉の送り板が顔を見せている。コッキングハンドルを戻して立ったままAWMを構える。
静かに引き金を引くと、乾いた金属音が部屋に響く。
「中々良さげね」
「まずは一挺決まりだな」
「頬当ての高さ調整出来るのにして」
「わかった」
「っていうか、まず一挺?」
「今回のイベントじゃ予備をいくつか用意した方がいい。最低でも後一挺、それに短機関銃もだ」
「相手は装甲車並みに固いんでしょ?なんで短機関銃?」
「あくまで固いのは衣服だけだし、トナカイ相手の接近戦もあるからな。有った方がいい」
神妙な顔付きで教えてくれるが、そこまで警戒する相手なのだろうか。
「最後にネタで...アンツィオmag-fed20mm」
マークスが引っ張り出したのはライフルではなくもはや大砲。最初に見せられたバレットM82より二回りは大きく、大の大人でも扱うのに苦労するのが一目で分かる。
「こんなの私が扱えるワケ無いじゃない」
「だからネタって言ったろ。コイツは大人が伏射姿勢で射っても反動で三〇センチも後退しちまう」
自虐的な笑みを浮かべながら大砲を立て掛ける。
「適当に見て回ってくれ。その間に短機関銃を見繕ってくる」
そう言ってマークスは奥の棚に歩いていった。そしてあーでもないこーでもないと唸り声が聞こえ始めた。
壁や立て掛けてあるライフルを一挺一挺見ていくがどの銃もいまいちピンと来ない。
そんな中、加工台に置いてある奇妙な銃らしきものに目が行く。
とにかく四角く、露出した金属の大部分は木で覆われていて、突き出た銃口と銃把状に削れた木製パーツが有っても本当にこれが銃なのか怪しい。
「ねぇ、この台に置いてあるのは?」
「これか、こいつはWA2000ってセミオートスナイパーライフルで、組み上げてる最中だ」
WA2000。ワルサー社が1970年代から80年代にかけてドイツ警察向けに開発したセミオートスナイパーライフル。バレルと平行に上下2本のレールを設けてそこにハンドガードや吊り下げ型のバイポッドを取り付けてバレルへの干渉を最小限にし、更に高精度で造られた部品を使う事によりボルトアクション狙撃銃に並ぶ命中精度を持ちながら連射も可能な高性能狙撃となった。
が、性能と比例してコストも七〇〇〇ドルまで跳ね上がり、重量も七キロと重く、正式採用に至らなかった。
総生産数は約一七六挺(※諸説あります)と少なく、現在では激レアな逸品となっている。
目の前にあるWA2000は後期型と呼ばれる細部を変更されたモデルである。
そんな珍銃で奇抜な見た目にココは一目惚れした。
「これかわいい!欲しい!」
「性能は良いがお前にはかなり重いし高いぞ?」
「欲しい」
「...わかった。あー後コイツもAWMと同じ338ラプアマグナムを使うからな」
この銃がかわいいか疑問であるが、マークスは諦めて追加の銃も加工台に置いた。
「短機関銃はUMP40が良いだろう。MP5の発展型で、弾は40S&W。マガジンには三〇発入る」
マークスの言うとおりUMP40はMP5の発展型で、一九九〇年代に開発された。開発目的は低コスト化と大口径化による威力強化。MP5は性能が良く命中精度も高かったが、値段が高いが使用弾薬の関係上威力が低かった。結果、MP5に比べて低コストで高威力のUMPが製作され配備された。
「それと、コルトパイソン」
渡されたのは一挺の黒いリボルバー。重厚な造りで見た目に違わず、ずっしり重い。
「銃身は三インチ、弾は357マグナムで六発入る。御守り代わりで持っとけ」
「あ、うん」
「どうした?」
「いや、なんか妙に優しいなって思って」
「え?俺は世界一優しい人間だぞ」
「あなた白々しいって言葉知ってる?」
「しら~ん」
剽軽な態度で惚けるマークスだが、信頼出来る人間には最後まで面倒をみてくれる性格だとココは知っている。
「AWMが三〇〇〇ドル、WA2000は七〇〇〇ドルだが三〇〇〇ドルでいい。UMP40は五〇〇ドルでコルトパイソンはオマケにしとく」
「明日は夕方にログインするから」
ココはマネークリップで閉じてある独立記念館が印刷された札束を渡す。
「わかった、明日の夕方までには調整する」
札束の厚みに満足し、上機嫌になるマークスであった。