009 かんちゃんはダンジョンに挑戦します
翌日。
ヴェゴーとかんちゃん、それにナンの三人は、旧王立中央墓所、通称カタコンベの入り口に立っていた。
ヴェゴーとかんちゃんは2日前山に行った時とほぼ同じだが、ヴェゴーのナイフは腰の後ろの鞘に、左側を柄にして収まっている。
ナンは黒いスリットの入ったローブだ。時折見え隠れする形の良いすらっとした脚が眩しい。腰のベルトには小さな本が一冊、それに小枝を折り取ったような杖を差している。
「……さて、準備はいいか、二人とも」
「ナンさんはその格好で大丈夫なんですか? 中はすごい状態だっておっしゃってましたけど……」
「これじゃないと力が入らないのよね。ま、大丈夫よ。何かあったら旦那がなんとかしてくれるでしょ」
「清々しいまでの他力本願だなおい」
ヴェゴーはしょぼんと肩を落とすふりをしてみせた。
「……でだ。とりあえず、クエストはA級になってる。行き先は中央の管理塔。目標はその管理棟で研究を続け、連絡をしてもまるで無視して研究に没頭しつづけている魔道士。名前は……なんだっけ」
「ヴーラ=カント。魔導人形研究の第一人者ね。無生物に擬似的な魂を与えて自律行動出来るようにした“オートマトン”とか、中に入って術者自身が動力として動かす“ドライブゴーレム”とか、彼がいなければ完成していなかった技術はたくさんあるわ。……ド変人だけど」
「ド変人」
「まぁ、立入禁止の墓のど真ん中に研究室作って立てこもってるおっさんだ。まともな訳がねえな」
「それもそうですね」
「じゃ、行きましょうか。中がどうなってるか、なにがいるか分からないから、音は立てない方がいいわね」
ナンがそう言うと、彼女の右人差し指がぽう、と光る。その手を前に出し、ぽそりと一言呪文を唱えた。
「携帯照明魔法」
三人の前に淡い光の玉が浮かぶ。
今のような明るい陽の下では淡く頼りないが、これから行くようなダンジョンでは、眩しすぎない位の丁度いい灯りになる。
「半径10メートルくらいは照らせるわ。かんちゃんはまだ楽器で音を出さないと安定した魔力を供給できないから、今回はわっちがやるわね」
「すみません、ありがとうございます」
「気にすんな。そのうち出来るようになるさ」
「そうね、魔法そのものは楽器無しでも使えるしね。継続して魔力を送り込むのは人によってやり方が違うから、かんちゃんのやり方でも全然いいんだけど。それに、中に入ってからがかんちゃんの本番だしね」
「が、がんばります」
「そう肩に力入れなさんなって。……あーこれまた随分と」
ヴェゴーを先頭にカタコンベに入る。中はひんやりとしていて、外から見た時の厳格な雰囲気とは裏腹に、正にボロボロの廃墟といった風情であった。
壁は漆喰が剥がれかけ、所々崩れ落ち、外の光が差し込んでいる。石材の積み上がった瓦礫を乗り越えようと手をかけると、風化しているのか、ボロっと手の形で崩れた。
「かんちゃん、足元の水たまり、気をつけてね」
「あ、はい。……なんか変なにおい」
「あんまり吸い込まないようにな。多分毒だそれ」
「うっ……」
「かんちゃん、このマスクお使いなさい」
ナンがかんちゃんに渡したのは、バンダナを三角に折ったマスクである。
「裏に空気清浄魔法の魔法陣書いてあるから。それで普通に呼吸出来るわよ」
うんうん、とうなずき、かんちゃんがマスクを着ける。
「ふぅ、ありがとうございます。……お二人は大丈夫なんですか?」
「わっちは濾過魔法使ってるから。旦那は……気合い?」
「あほか。気にしてないだけだ」
「……毒ってそんなプラシーボみたいなやつでしたっけ?」
「まぁ、旦那は色々規格外だから……」
「人を魔獣みたいに言うな。言ってみれば慣れだ。ある程度耐性がついてんだよ」
「上位冒険者って……」
「あ、あのね、みんながそうだってわけじゃないのよ? あのおじさんがちょっとアレだってだけで、わっちはちゃんとね、魔法でコーティングしてるんだからね? ね?」
「は、はい、わかりました」
「必死だなおばちゃん」
ヴェゴーが軽口を叩いた瞬間、ナンはヴェゴーの膝裏に自分の膝をタイミング良く入れた。かくん、とヴェゴーの膝が折れる。
「おうふ! 何しやがんだ姐さん」
「あなたにおばちゃんと言われる筋合いはなくってよ」
「今のはギルド長が悪いです」
「うっ」
気の抜けたやり取りだが、あちこちを調べる手は休めない。
周辺を一通り調べ、ヴェゴーが口を開いた。
「これぁ俺達がやったのとは違うなぁ」
「そうね。毒水なんてバラ撒いてないし……」
「盗掘、とかですか?」
「それもありそうではあるがな。……姐さん」
「はぁい?」
「ヴーラ=カントはどうやって管理塔まで行ったんだろうな」
「そうねぇ、お得意のゴーレムなりマトンなり……あ、もしかして」
ナンが何かに気付いた様な声を上げる。ヴェゴーはそれに小さく頷いてみせた。
「恐らくだが、ここまでボロボロにしたのはカントだ。材料調達のためか、それとも……」
「研究を邪魔されないように、かしらね」
「大きなゴーレムなら、通るだけでこんな感じになりそうですね」
「食事とかどうしてるのかしらね」
「気になることは多いが、とりあえず先にやることがある」
いつの間にか、三人を取り囲む雰囲気があった。
「……どっから入ってきやがった、こいつら」
「巣でも作ってたのかしらねぇ」
「めんどくせぇ……」
人間と敵対する亜人の中でも、最も数の多い種族。
“小鬼”とも呼ばれる、ゴブリンの群れが、各々武器を持って三人を囲んでいた。
――――
「かんちゃん、昨日の成果を見せるわよ」
「はい!」
「トリオ、火・火・風。1の火を旦那に」
笛の音がマーチを奏で、ヴェゴーのナイフが熱を帯びる。腰の鞘を抜いてみると、刃が赤くなっていた。
「火属性の付与か」
「続けて。2の火と3の風を合成。ゴブリンとの間に壁を」
笛の音がもう一つ増え、旋律を奏でている1の笛と絡み合う。更にタンバリンがキレのいいリズムを取り始めると、三人と小鬼達の間に、炎の渦が壁のように立ち上った。
「いいわ。そのまま継続。やれる?」
「大丈夫です」
「お見事だ。……さて、この壁乗り越えてくる猛者はいるか? いるなら俺が相手になってやる」
「逃げるならお逃げなさいな。背中を撃ったりはしないわよー」
ヴェゴーとナンが殺気を込めて、立て続けに煽り立てる。
恐れをなしたゴブリンが数匹、闇の中に消えていった。
「……残り10匹ってとこか。余程腹減ってんだなぁ」
それに性欲もな、とはかんちゃんのいる手前、声には出さない。
「かんちゃん、こいつらは俺達を殺しにきてる」
「……わかってます。しょうがない、ですよね」
「旦那、わっちはかんちゃんを守ってるわね」
「頼む。……さて、殺るか」
ヴェゴーが構える。ナックルガード付きのナイフを逆手に持ち、その左腕を軽く曲げて胸の辺りに上げている。右手は軽く開き、そのままだらりと下ろしていた。
じりじりとした時間が過ぎる。
業を煮やしたのはゴブリンだった。
「ぎぃしぁああ!!」
「ぎょおおぉおっ!!」
リーダー格だろう一匹が声を張り上げると、他のゴブリンもそれに倣う。
かすれ、しゃがれた甲高い声が響く。
それを合図に、ゴブリン達はヴェゴーに向かって一度に襲いかかった。
「悪く思うなよ!」
言うなり、ヴェゴーのナイフが、最初に飛び込んできたゴブリンの喉笛を掻き切る。そのまま半回転し、逆から襲ってきたゴブリンの鼻面を、ナックルガードで殴りつけた。
「あぎゃああっ!!」
間髪を入れず、右手で別のゴブリンの首を掴む。掴んだところから炎が漏れ、ゴブリンの頭部が爆発した。
「え、なんですか今の」
炎の壁を維持しながら、かんちゃんがナンに尋ねている。その声にヴェゴーは彼女の成長を感じていた。
(かんちゃんの集中力が段違いだ。丸一日でこんなにも伸びるかよ)
「旦那は、使える魔法属性が炎と重力だけなの。魔力自体もそれほど強くはないから、限定された狭い範囲にしか効力を発揮出来ないのよ」
「だからな、こうやって、掌に爆裂魔法の魔法陣仕込んで、掴んだら発動するようにしてあるんだ、よっと」
ヴェゴーはかんちゃんに説明しながらも、次々にゴブリンを倒していく。
「でも、自分で炎の魔法が出せるなら、私がエンチャントする必要ないんじゃ」
「ううん。これは憶えておいて欲しいんだけどね。魔道士以外の人は、複数の魔法を同時に発動させることは出来ないのよ。というか、魔道士でも半分くらいは出来ないわね。だから、旦那はバーストを発動させるため、ナイフの属性をかんちゃんに付与してもらったってわけ」
「なるほど……」
「あ、ほら、そろそろ終わるわよ」
ヴェゴー達の前に立つゴブリンは残すところ二体。ヴェゴー達を挟み込むような位置取りである。
「……だり。姐さん残り頼んだ」
「はいはい」
ナンは両手を広げ、掌をゴブリンに向けた。
「炎の矢」
ナンが呪文を唱えた瞬間。
ゴブリン二体の腹に大穴が空いた。
「すご……」
「まぁ、こんなところかしらね」
「相変わらずの鬼っぷりだなぁ姐さん」
「でも威力は弱ってるわねぇ」
「充分だと思いますけど」
「違いねえ。……とりあえず片付いたか」
ヴェゴーは周囲の気配を探った。逃げたゴブリンも戻ってくる気配はない。
「少し行くと地下に入る階段がある。そこから塔の地下に出て、そこから上るぞ」
「地下?」
「ほんとはこのまま中心まで行けるんだけどね。……ちょっと道が塞がっちゃってるみたいだから」
「あ、なるほど……」
「ここからが本番だなぁ。最初からこれってことはまぁ……」
「それなりには覚悟、かしらねぇ」
「か、覚悟……」
「あ、そうだ、かんちゃん」
ヴェゴーは思い出したかのように、かんちゃんに話しかけた。
「はい?」
「さっきの魔法、ナイスアシストだ」
「あ、ども……」
「ゴブリンは火が弱点でな。火属性の攻撃だと話が早いんだ。ただの物理攻撃だと、意外とかてぇんだよ、あいつら」
「はぁ……」
「壁を作ったのも良かった。あれで何割かは逃げたしな。……無駄な殺しをしないで済んだってもんだ」
「!」
かんちゃんはナンの方を見た。そのナンは、ニコニコしながらかんちゃんを見つめている。
「やらずに済むならやらないほうがいい。殺るなら無駄なく、効率よく。……旦那に言われたでしょ?」
「はい、教えてもらいました」
「つまり、こういうことよ。かんちゃんはそれに、凄く役立ってくれたの。よしよし」
「あ、ふにゃあ……」
ナンに撫でられたかんちゃんは、普段ならあり得ない甘えた声を出し、はっとなってヴェゴーを睨んできた。
「……聞きました?」
「なんも?」
「……なら、いいですけど」
「ふにゃあ」
「やっぱり聞いてたんじゃないですかっ!!」
顔を真っ赤にしたかんちゃんを先頭に、三人は地下へと続く階段を降りていった。
次回はカタコンベ地下!
これからも応援よろしくお願いいたします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°