008 ヴェゴーはオルカと連絡を取ります
かんちゃんがPUB“遊び人”に出向した日。
ヴェゴーは朝から暇であった。
「……やることがねえ」
そう呟きながら、いつもの出がらしコーヒーをすする。
かんちゃんは敏腕事務員さんである。事務・総務に関しては超有能と言っていい。
毎日やるべきことをきちんとこなし、整理整頓もしっかりしている。それこそ、なんでこんなクズギルドに、のレベルである。
それゆえに、かんちゃんがいないからとて、ヴェゴーがやらねばならない仕事というものはほぼ存在しなかった。
「なんか不穏なクエストとか回ってこねえかな、丁度いいやつ」
などとボヤき始める始末である。
小一時間、長めのコーヒータイムを満喫していると、一本の魔導通信が入ってきた。魔導通信は携帯用の魔電通話と違い、お互いの顔を見ながらの会話が出来る。ヴェゴーのデスクの隅に刻まれた魔法陣が光を発し、ホログラムのように相手の像が浮かび上がる。
大変便利だが、それなりに大きな魔法陣を使う必要があるため、手軽に持ち歩けないのが玉に瑕である。
【ヴェゴー、調子はどうです?】
「オルカか」
通信の主は、隣街ギルドのギルド長、オルカであった。一見軽めの優男だが、その実ギルド協会随一の統率力を持っている。加えて面倒見もいい男だが、ちょいちょいお茶目が過ぎるきらいがある。
誰あろう、ヴェゴーが酔ったのをいいことにSS級のクエストを押し付けてきた張本人であった。
「例のSSクエならまだだぞ」
【ああ、あれはまだいいです。一昨日のヤカラ達のことなんですけどね】
「おう」
【ほら、姐さんとこでヴェゴー達が一網打尽にしたガキンチョ達ですよ】
「おう」
【まとめて送られてきたチンピラの中に、別のB級クエストの対象者がいましてね】
「……おう?」
相槌を打ちながら聴くヴェゴーだったが、現在一番気になっているのはコーヒーのおかわりを淹れるかどうかであった。
【……適当に返事してるでしょ】
「そんなことねえよ……いてっ」
ヴェゴーはデスクの脚に脛をぶつけ、思わず顔をしかめた。
「で、その別の対象者がどうしたって?」
【どうもまだ誰も受注してないクエストだったらしくて。とりあえずヴェゴーさんとこでやったってことにしといたんで、あとでカードに受注印下さいな】
「おー、まいどあり。助かるわ」
【で、どうです復帰した気分は。職員の子も冒険者にしたんでしょ?】
「おう。今日は遊び人に出向してる」
【ナン姐さんとこに?】
「魔道士タイプなんでな。とりあえず色々形にしてもらおうと思ってよ」
【なるほど……】
話が一区切りしたところで、ヴェゴーは先日から気になっていることを訊いてみた。
「なぁ、例のSSクエだけどな。あれ、なんでうちに回してきたんだ? うちの事情はお前よーく知ってるだろ」
【……まあ、ね】
「……まさかだが、ダメモト案件か」
【それはありません】
オルカは即座に否定した。
ヴェゴーがそう言ったのにはちょっとした理由がある。他のギルドから回ってくる案件、特にS級以上のクエストに関しては、失敗前提のいわゆる“ダメモト”の案件がほとんどなのだ。
自分の所で失敗するよりは、コディラのようなクズギルドに送って失敗させてしまえ、というどっちが屑だか分からない理屈で回される、そういう案件だったりすることも少なくない。オルカがそういう男ではないのはよくわかってはいるが、それにしても、という気持ちである。
【逆ですよ。あれをやれるとしたら、ヴェゴーさんとこのギルドだけだと思ったんです。……正確には、ヴェゴーさんだけ、かな】
「それで俺を復帰させようとしてたのか。 ……そういえばあのクエスト、詳細をなんにも聞いてないぞ」
【レイスロード。あれは本来、S級のクエストだったんです】
「え、マジで?」
【当初の死霊王単体ならそれくらいですね。呼び出すゾンビも1体ずつは弱いですし。まぁ、それでも普通のパーティじゃ歯が立たないんですけど……】
「じゃあなんでSS級なんだよ?」
【最近、召喚する死霊の問題が出ましてね。……どうやら、グールを呼び出すらしいんです】
「グールだと!? ……――ってぇ」
思わずヴェゴーは立ち上がって叫んだ。弾みで再び脛をぶつけ、悶絶する。
【目撃者がいます。信用できる筋です】
「グールとはな……」
グールとは、身長3メートル近くにもなる、大型の亜人である。額に1〜3本の角を生やし、皮膚は硬く、青黒い。骨と皮だけのような痩せぎすの肉体で脚も遅いが、腕力が異様に強い。振り回す棍棒の威力は文字通り一撃必殺であった。
そう、「であった」のだ。
「……ほんとにグールなのか? もう何十年も前に絶滅してるだろう。それに、仮にグールだとして、確かに強いは強いが」
【SS級になるほどじゃない。でしょ?】
「まぁ、俺が生まれる前に絶滅してるからな、実際はどうか知らんがよ」
【僕もそう思いますよ。ただ最近になって、変な仮説が出回り始めた】
「なんだよ?」
【死霊王が操っているのは死霊、つまりゾンビじゃなく、ゴーレムであるって仮説です】
「ゴーレムを何十体も同時に動かすってのかよ? それこそありえねえ。無生物に生命を吹き込む程の魔力を一人で持てるわけがねえ」
ヴェゴーは深く眉に皺をよせている。
【たしかに。でも、ゴーレムの素体を生物ベースで作っていたら……】
「魂に干渉しない肉人形か。見てみないとなんとも言えねえなぁ……」
【そこで追加クエストをお願いしたいんです。A級のクエになります】
「んん?」
【生物ベースでゴーレムを作る研究をしている魔道士がいます。そいつを見つけて、今言った仮説があり得るかを確認したいんです】
かなり深刻な状況であることは、オルカの表情からしても明らかだった。
「人探しにA級とは随分豪気だな」
【居場所は判ってるんですよ。ただ、その場所が問題でね……】
「場所?」
【旧王立中央墓所、通称“カタコンベ”。そのど真ん中の管理塔に棲み着いてます】
「えぇ……」
中央墓所というのは、かつてこの国が王政を敷いていた頃、王族のためだけに造られた巨大な墓地である。真ん中には管理塔が立ち、その頂上からは広大なその墓所を全て見渡すことが出来た。
場所はコディラの街の中心であった。
【お願いできます?】
「できたくねえなぁ……」
【助かります】
「やりたくねえっつったんだがなぁ。……しょうがねえ、カードこっちに転送してくれ」
ヴェゴーはため息をつきながらもどこか楽しげな表情だった。
つまるところ、暇だったのである。
――――
「カタコンベ、ね」
午後、ランチが暇になった頃合いを見て、ヴェゴーはパブ“遊び人”に赴いた。
「おう。とりあえず今日は準備して、明日向かいたい」
「カタコンベ……中央墓所跡ですか」
「行ったことあるか? かんちゃん」
「入り口までは。中に入ったことはないですが」
「普段は立入禁止だしねぇ」
「……かんちゃんの出来はどうだ? このクエスト、やれそうな感じか?」
そうヴェゴーに訊かれ、ナンは顎に指を添えた。彼女が考え事をしている時の癖である。そんな時、ヴェゴーは黙って言葉を待つ。
こういう時、決まって彼女は最善の案を出してくれるのだ。
「かんちゃん真面目だし器用だから。座学は全く問題ないわね。……けど、今回はわっちも付き合うわね」
「……助かる」
「危ない、んですか?」
かんちゃんが恐る恐る、といった風に尋ねてきた。
「まぁ、A級だからな。危険は危険だ。……ただ、姐さんの目的は多分別にあるな」
「あら、ばれちゃった」
「どういうことです?」
「実地試験だ。そうだろ? 姐さん」
「ま、半日座学しただけでどうなるものでもないんだけど。わっちの指示と座学の成果を試すには丁度良さそうだしね」
ナンはそういって楽しそうに微笑んだ。その表情は可憐といっても良いくらい、美しさと可愛らしさに溢れている。
それを見たヴェゴーは何故か寒気を感じていた。
「……なにか?」
「……なんでもねえよ。ならパーティを組んでおくか。それと、カタコンベの今の情報が知りたい」
「そうね……とはいっても、カタコンベが立入禁止になってからの情報はないわよ。……最新で11年前ってところかしら」
「11年前……。あ、まさか」
「? 何かご存知なんですか?」
「ご存知よー。ね、旦那?」
「だからバラすなっつの」
「ギルド長がなにかやらかしたんですか?」
「旦那がやらかしたっていうか」
ナンがかんちゃんの疑問に答える。その顔は例によってニヤニヤ笑っていた。
「あそこで色々やらかしてたやつを討伐しにいって、指定遺産だったカタコンベをボロボロにしちゃったのよね? だーんなっ」
「ゴフゥッ!」
「えぇ……」
「それのせいで立入禁止になったのよ。補修工事を済ませたら解禁されるはずなんだけど……」
「もしかして、まだ終わってないんですか?」
「……始まってすらいねえんだよ」
「え?」
お口ぽかんのかんちゃんに、ヴェゴーはしおたれた顔をした。
「予算がな。第一次工事で入り口周辺を直したら、そこで金が尽きちまったらしい」
「なんか、この街らしいっていうか……」
「そういうことね。だから、情報はそこまでしかないのよ」
「……ま、しょうがねえ。ぶっつけでいくかぁ」
悩んだところで仕方がない。
むしろかんちゃんに冒険を経験してもらうにはいい機会だ。
ヴェゴーはそう割り切ることにした。
「今回はあの鎧が役に立ちそうだ。姐さんも戦闘装備で頼むな」
「はいはい」
「わかりました」
「じゃあ、明日迎えに来るからな。朝飯食ったら出発だ」
そう言ってヴェゴーは店を後にしたのだった。
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