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007 かんちゃんのジョブが決まります

 魔獣アンダ。

 その姿は大蛇そのものだが、頭部には後ろ向きに二本、角が伸びている。毒は持っていないが、身体がとにかく大きい。同種の記録では、全長20m近いものもいる。ヴェゴーはそんな記事を魔導ネットで読んだことがあった。

 実際、今目の前にいる蛇魔獣の頭部も、かんちゃんなら一呑みに出来るくらいの大きさがある。


「かんちゃん、ゆっくり俺の後ろに回って」


 かんちゃんは小さく頷くと、ヴェゴーの後ろに回った。

 その気配を感じ取ったヴェゴーは、自身の身体を蛇の魔獣アンダに向けながら、かんちゃんに向かって小声で尋ねた。


「同時に使える魔法、いくつまで?」

「え、でもレベル1ですよ?」

「いいから。いくつまで?」

「……3つです」

「上等。同じ属性の魔法を複数出すことは?」

「……2つまでなら」

「ふむ……」


 注意深くアンダの動きを観察しながら、ヴェゴーは考えた。


(爬虫類、3月、冬眠明け。……もう一つ欲しいな。……ん、あれは?)


 ゆっくりと頭を横に動かすアンダを目で追う内に、視界の隅に入ってきたものがあった。


(……鹿の角か。この野郎、おれの獲物を喰いやがったな。……だが、これでいける)


「かんちゃん」

「はい」

「おれの周りに冷却魔法を継続。出来るか?」

「出来ます」


 ヴェゴーの後ろで、鎧のこすれる音が小さく聞こえる。恐らく左腕のパネルを使っているのだろう。

 やがて、小さく笛の音が聞こえ始め、ヴェゴーの周りの空気がひんやりと沈むように冷えていった。恐らくギルドで見せたように、自分が吹いているのではなく、魔力で操っているのだろう。


(……なるほど、手遊びから持ってきたか。器用だな)


「いいぞ。そのまま今度は冷凍魔法を準備だ」

「はい」


 音色が増える。最初の音が旋律を、次の音が伴奏をしているように、一定のテンポを保っている。


(音の強さ、パートでバランスをとるわけか。やるなぁ)


 感心しながらも、ヴェゴーはアンダの動きを逐一確認している。冷却魔法をかけているおかげで、動きは緩慢になっている。

 冬眠明けの魔獣、とりわけ爬虫類は凶暴化する。腹が減っているからだ。


(それだけならまぁ、当たり前のことなんだけど)


 ヴェゴーの身体にほんの少しだけ力が入る。


(おれの獲物を喰っちゃうのはいかんなー)


 ヴェゴーの左手が後ろに周り、腰のベルトに付けているサバイバルナイフを掴んだ。


「かんちゃん、俺のナイフに冷凍魔法当てて」

「え?」

「説明はあと。とりあえず頼むよ」

「……はい」


 曲調が変わり、テンポが上がる。伴奏していた音が大きくなり、旋律が入れ替わる。


「行きます。冷却魔法は現状維持です」

「おっけー」


 一呼吸の後、ナイフに硬いものが当たる感覚があった。その途端、ナイフが一気に冷たくなる。


「……よし、準備出来た。あとはかんちゃん、雷撃魔法用意しといて。タイミングは俺が指示するから」

「やってみます」


 更に音色がひとつ増える。今度は低音のリズム系だ。それまでの旋律の邪魔にならないように小さく、それでも一定のテンポを正しく刻んでいる。


「そろそろ仕掛ける」


 ヴェゴーは誰にともなく呟くと、無造作にアンダに向かって歩き出した。


「シアアアッ」

「……」


 アンダはその巨大な鎌首をもたげ、ヴェゴーの頭の上から威嚇する。腕ほどもありそうな長さの舌が、牙の間から見え隠れしていた。


「もう一度冬眠してくれ。……二度寝は気持ちいいぜ?」

「シアアアアアアアアアッ!!」


 もたげた鎌首を、ヴェゴーに向かって一直線に振り下ろす。それを読んでいたヴェゴーは交差するように踏み込み、アンダの頭の後ろを陣取った。


「すまん、ちょっと痛いぞ」


 ヴェゴーは左手でナイフを抜き、そのままアンダの頭の後ろに突き立てた。


「キシャアアアアアア!!」

「くっ、さ、すがに強えな……っ!」


 暴れるアンダの首を抱え、ヴェゴーが必死に抑え込む。それを見て動揺したのか、かんちゃんの奏でる曲が一瞬乱れた。

 

「あ……あぁ……」

「やべっ! かんちゃん! 集中しろっ!」

「〜〜っ!」

「カンナ=ドントレス!! 集中!! お前が着てる鎧は飾りかっ!!」

「!」


 本名を呼ばれて我に帰ったのか、曲の乱れが収まった。再びテンポよく奏でられる曲は、さっきまでよりも更にメリハリの利いた勇壮な曲調に変わっている。


「……よし、今だ! 雷撃魔法をナイフに!! 外れても構わねえっ!!」

「……雷撃魔法(テスラ)!」


 ピシャッと高音で空気が弾ける。その瞬間、ヴェゴーが刺したナイフが避雷針となったように、雷撃がナイフに直撃した。


「シャアアッ!!」

「よっしゃナイス!!」

「はいっ!」


 雷撃に打たれたアンダはびくん、とその巨体を震わせ、土埃をあげて地面に頭を落とした。

 ヴェゴーとかんちゃんは数秒その場で固まっていたが、ヴェゴーがしゃがみこんで、アンダの気絶を確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。


「ふぅ、流石にちとやばかったな」


 ヴェゴーはその場にしゃがみこんだまま、懐からモクと呼ばれる長さ15センチほどの香木を取り出し、口にくわえた。その先で指を鳴らすと、香木の先に火が灯る。

 ヴェゴーの使える数少ない属性、火の生活魔法(チャッカ)である。火の付いたモクの煙を深く吸い込んだヴェゴーは、そのまま口や鼻から少し紫がかった煙を吐き出した。煙は拡がりながら上に伸び、やがて空気に溶け込んでいく。

 モクは健康には害はなく、ただの火では燃えない。魔力を帯びた火にしか反応しないので、火属性の魔法を使えない者は魔導ライターを使う。リラックス効果のある嗜好品である。

 むふむふと煙を出すヴェゴーにかんちゃんが尋ねてきた。


「ギルド長、あの魔獣は……」

「爬虫類だからな、この時期はまだ冬眠してるはずだったんだよ。今日が暖かいからうっかり目を覚ましちまったんだろ。だから冷却魔法で身体冷やして、動きを鈍くしたところでナイフを避雷針にして、雷撃で気絶させたんだよ。……遭う前に腹ごなししてくれてて助かったぜ」

「あ、鹿……」

「こいつには悪いけど、角を切り取らせてもらおう」


 そう言ってヴェゴーはノミとハンマーを出し、鹿の角を枝から折った。


「腹が減ったままだと雷撃で麻痺なんて小細工は効かないからなぁ。そしたら、手加減出来ないからさ」

「てかげん……」

「おう。もし今回みたいなやり方が出来なかったらさ」


 ヴェゴーの眼がほんの一瞬、暗い光をたたえた。


「……殺さないと、こっちが死んじゃうからね」

「……!」

「必要のない殺生はしないに越したことはないからなぁ。かんちゃんがいてくれて助かったよねぇ」

「え、わ、私ですか?」

「そうだよー、ぶっつけ本番だったのに大したもんだ。都合3つの魔法を同時に掛けるなんて、ベテランの魔道士でも出来るやつはそういないぞ」


 言いながら荷造りを終えたヴェゴーは立ち上がり、モクの火を消した。


「さて、帰ろうか。納品済ませたらナンさんとこで飯食おうぜ。今日は助けてもらったし、奢ってやるよ」

「あの、ギルド長」

「んー?」

「さっきすみませんでした、あの、パニックになっちゃって」

「気にしなさんな。初めての戦闘がA級魔獣じゃ無理もねえよ」

「え、A級!?」


 かんちゃんが眼を丸くしている。


「おう、確かあいつはA級だぞ。もっとでかいのになるとS級認定されてたりするけど」

「えぇ……」

「なぜそこで引く」

「あっさり抑え込んでたから、てっきりB級上位とかなのかと……。A級魔獣討伐とか、A級冒険者1パーティ推奨のクエストなんですけど……」

「おう。だから討伐はしてねえだろ。もしやるなら報酬の出るクエストで、だ」

「世知辛いですね」

「世知辛いよねぇ……」


 そう言って心なしか肩を落とす二人であった。


――――


「……でも初めての魔獣戦でそこまで出来るなんて、すごいじゃない」

「だよなぁ」

「そんなことないですよ。あの鎧もありましたし」


 その日の夜、二人はパブ“遊び人”で夕食を摂った。食べ終わり、ヴェゴーはエールを、かんちゃんは練乳タワーパフェ「獄甘」にシロップをかけてパクついているところにナンも参加してぐだぐだと談笑中である。


「まぁでも今日ので確信した。かんちゃんは“付術士(エンチャンター)”向きだな」

「えん、ちゃんたー、ですか?」

「また随分マニアックなのを持ってきたわねえ」

「流行りのジョブじゃねえからな。簡単に言えば、人やその場に対して、属性を付与するタイプの魔道士だ。全属性、並行処理の能力を活かすには一番相性がいい」

「ね、かんちゃん」


 自分で持ってきたカクテルに口を付けながらナンが尋ねた。


「エンチャンターが今流行ってない理由って、分かる?」

「地味だから」

「ぶふぉっ!」


 かんちゃんの答えに目を丸くするナン。ヴェゴーはうっかり呑んでいる最中のエールを吹き出した。


「あーあ、もう子どもじゃないんだから……」

「わりぃ」

「ていうかかんちゃんも中々言うわねぇ。タイミングといい、キレの良さが光るわね」

「まぁ、ラブレターの返事をちぎったメモに一言『しね』って書いて済ませる子だからな。確かに地味ではあるけどな。……それに、吟遊詩人(バード)の特性も持ってる」

「バード……」


 ヴェゴーから言われた意外な特性に、かんちゃんは今ひとつしっくりこないようだった。


「音ってのはそれ自体に風属性の魔力を持ってる。タイプは“増幅”だ。かんちゃんの魔力は低くても、音と組み合わせることでその範囲も力も増幅させることが出来る。エンチャンターとバード、両方の特性を組み合わせて、しかも複数属性の並列処理が可能。それがかんちゃんの冒険者特性だ」

「はぁ……」

「実感わかない? だったら、旦那」

「おう。……今この場で、ジョブを作っちまおう」

「……は?」

「冒険者協会発行とかそういうちゃんとしたのじゃないけどな。そっちはエンチャンターとして登録すればいい。そうだな……」

楽術士(ムジクキャスター)、なんてどぉ?」

「ムジク……音楽、ですか」

「かんちゃんがいいならいいんじゃねえか?」

「じゃあ、それにします。……へへ」


 ちょっと嬉しそうに俯くかんちゃんに、ヴェゴーとナンは優しく笑いかけた。


「じゃ、明日から修行ね」

「へ?」

「そうだな、まだグレイ卿もシーダ嬢も連絡つかないし。特性は分かったものの、今のままだとちょっとまだ不安もある。明日はギルドに来なくていいから、ここに出勤な。魔法関係は姐さんに訊くのが一番だ」

「へ?」

「あら、いいわね。朝からいらっしゃい。知っての通りお昼は忙しいわよ?」

「……え、ちょ」

「なんなら泊りがけでもいいんじゃねえか?」

「わっちは構わないわよ?」


 言いながら、変わらずニコニコと笑いかける悪い大人達に、かんちゃんは必死で抵抗する。


「で、でも事務が」

「もうねえよ。クエストは全部俺らがやるし。何かあったら連絡するから」

「ほ、報酬計算が」

「今動いてるクエストやってるのは合流する子達なんでしょう? なら問題ないわ」

「え、えーと、あのその」

「かんちゃん」


 ヴェゴーはぽん、とかんちゃんの肩に手を置き。満面の笑顔で言い放った。


「諦めろ。大丈夫だから。多分」

「た……」

「失礼ね、とって喰いやしないわよ」

「たぶんてなんですかぁーーっ!!」


 楽術士、カンナ=ドントレス17歳。

 冒険者ギルドコディラ支部より、PUB“遊び人”に一時出向、確定。

次回、ちょっとだけ新展開!


これからも応援よろしくおねがいします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

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