006 かんちゃんは初めてフィールドワークをします
「……なんてかっこしてんだ、かんちゃん」
翌日の昼時。
おはようございます、といつもの様に出勤してきたかんちゃんの姿を見たヴェゴーは、食べていたうどんを鼻から出しそうになった。
「え、だって今日はクエストに出るんですよね?」
「いや、出るけどもよ。なに、魔導大戦の依頼でも混ざってた?」
「だって、裏山行くんですよね? あそこは奥に魔獣もいるっていうから、思い切って買っちゃいました。経費で」
「経費で!? それいくらすると思ってるんだよ……」
「協会割引使ったんで大丈夫ですよ。ちゃんとプラスにはなります」
かんちゃんが着ているのは、最新鋭魔導重装鎧であった。
華奢な身体を全て覆う銀色に輝く全身鎧は、レベル3までの攻撃魔法を全て無効化する特殊なミスリル合金製。中には重力軽減の魔法陣が張り巡らされ、着ている者に重さを感じさせない。しかもかんちゃんのそれは自動迎撃魔法“イヂース”までかけられた、ついこのあいだ軍に採用されたばかりの最新型であった。
ちなみに、今回かんちゃんがこなすクエストは植物採集である。
「ギルド長こそ、なんですかその軽々しい格好は……」
対してヴェゴーの装備はあっさりしたものだった。
ギルドのエンブレム入りの革ジャケットにカーゴパンツ。平たく言えば昨日のまんまだ。さすがにサンダル履きとはいかず、革のショートブーツを履いている。
ちなみに、今回ヴェゴーがこなすクエストは狩猟である。
「ギルド長のクエスト、狩猟4件じゃなかったでしたっけ?」
「そうだよ? レストランから兎肉、建具屋さんから鹿の角、あとどっかの研究所から鼠の捕獲が2件」
「鹿の角を取りに行く格好じゃないですよね?」
「ちゃんと装備は持ってるよ、ほら」
そう言ってヴェゴーが腰のベルトから取り出したのは、ノミとハンマー、そしてナックルガードの付いたサバイバルナイフだった。
「ま、ナイフは今回使わないだろうけど。あ、あれがいるな」
そう言いながらヴェゴーが持ってきたのは大きめなバックパックだった中には予め、虫かごや折りたたみ式の虫捕り網をいれてある。
「兎肉はどうするんですか?」
「裏山には俺が食事用に仕掛けてある罠がある。多分それに引っかかってるんじゃないかな」
「じゃないかなて」
「おかげで夕飯は肉抜きだ。しょうがない、今夜もナンさんとこだなぁ」
「ナンさんって食事も作れるんですか」
「美味いんだよ、あの姐さんのメシ。よく分かんないスパイスとか使ってるけど。かんちゃんもランチで食べてるでしょ」
「あれ、ナンさんが作ってるんですか……」
言われてかんちゃんは、お気に入りのランチを思い出す。
かんちゃんの定番はオムライスである。ほっこりと優しめな味付けのチキンライスを、ふんわりと焼いたオムレツで包んだ人気のメニューだ。ソースをお好みで選べるのもいい。かんちゃんは甘めなフルーツソースで食べるのがお気に入りだった。
「夜も同じメニュー作ってくれるぞ」
「私も行きます。もう舌がオムライスです」
「餌付けされてるなぁ。……さて、じゃあ行くか」
「はい」
二人はギルドを出て眼の前の街道を街と反対に進んだ。目的地の裏山は既に見えている。
「そういえばギルド長」
「んー?」
「パーティ名って付けないんですか?」
「ああ、そういえば付けてないな。書類的にはギルド名をそのまま入れちゃえばいいんだけど」
「それか旅団規模になってから、ですか」
「そうだねー」
パーティは通常、最大4人で構成される。種類は大きく分けて二種類。同じ目的の為に単発で組む“野良”と、いつも同じメンバーで行動する“固定”である。
固定パーティが複数集まると“旅団”と呼ばれる集団になり、その中でのメンバーの交代が自由に出来るようになる。ヤカラ街の自警団などもこの旅団の一種だ。
自由を好む冒険者達は野良を組むことが多いが、報酬額に若干の差がある。固定の方がおいしいので、気の合う仲間がいた場合には固定にしたりすることもある。
昨日ギルドを訪れたヤカラ冒険者パーティも、悪い意味で気の合う固定組であった。
裏山の入り口に着いた二人は、受付で入山手続きを取った。といっても、冒険者免許を見せれば手続きは終了である。
「冒険者免許って便利ですねぇ……」
「でしょ?」
冒険者免許とは、ある意味フリーパスの入場券のようなものである。持っていると、この裏山のような危険という理由で入場制限のかかっている場所は、ほぼフリーで通過することが出来る。等級によって行ける場所は絞られるのだが、この裏山は“等級制限なし”であった。
「さて、はじめますかね」
「はい、よろしくお願いします」
「硬いなー、まぁクエスト初めてだし無理もないか。……かんちゃんのクエスト見せてみて」
かんちゃんの持つC級のクエストカードを受け取り、内容を確認する。
「ほとんどが薬草関係か。ならすぐそこに群生地があるな。1つだけ中腹まで行かないといけないから、それは後にしようか」
「はい。ギルド長のクエストは?」
「鹿以外はこのへんでも出来る。かんちゃんが採集してる間にやってくるよ。一通りやったら中腹で残りをやっつける……っていうかかんちゃんさ」
「はい?」
「その鎧、脱いだら? 動きづらくない?」
「……たしかに」
「中ちゃんと着てるんでしょ?」
「はい。まぁ普段着ですけど……」
そう言ってかんちゃんは鎧の左腕に付いているパネルをささっといじった。すると鎧はがしゃがしゃと音を立てて縮まり、左肘から先と、膝から下だけを残して全て収納された。
鎧の下は、タートルネックのアイボリーのセーターに紺の綿ズボンである。
「新型は性能いいなぁ」
「裸足になっちゃうので、ブーツは残しました」
「おっけ。ここから群生地は近いけど道が狭いからね。鎧はかえって邪魔になるんだ」
「なるほど……」
「……まぁ、植物採集にフル装備着てくるやつなんてそうそういないけどな?」
ヴェゴーはニヤニヤしながらかんちゃんに言った。
かんちゃんは少しだけ顔を赤くしながら、そっぽを向いている。
「そろそろ行きましょう遅くなりますよさあ早く」
「くくっ、はいはい、じゃあ行こうぜ」
(少しは緊張も解れたかね)
そんなことを思いながら、ヴェゴーはいつもより少し早足のかんちゃんを追いかけた。
――――
「さて、こんなもんかな」
「ですね、ありがとうございました」
「いや、こちらこそだよ。いきなり冒険者になって慣れないクエストこなして。もうちょっとだから頑張ろうぜ」
額の汗を拭きながらヴェゴーはかんちゃんに笑いかけた。
群生地でやれることは全て終え、二人は休憩タイムである。ヴェゴーは湧き水を、かんちゃんは持ってきたアイスティー激甘を飲んでいる。
「はい。……それにしても今日は暖かいですね。むしろちょっと暑いくらい」
「……だな。それがちょいと心配だが、ま、大丈夫だろ」
「何かまずいんですか?」
「ん、まぁ問題ねえだろ。ちょっと日も傾いてきたし、ささっと行っちゃおうか」
「わかりました」
腰を上げ、二人は群生地を出て、山道を登り始めた。まだ3月というのに、気の早い桜が蕾をふくらませている。
「昨日まではむしろ肌寒かったんだけどなぁ」
「ですね……」
やがて二人は中腹付近の、山道がそのまま広くなっている場所についた。
「ここに鹿を誘い込む。かんちゃんのクエスト対象もこの周辺にあるはずだ」
「わかりました。……って、どうやって誘い込むんですか?」
「もうちょい中に入って、見つけて追い立てる。欲しい角は枝になってる部分くらいでいいから、殺す必要はないしな」
「でもちょっと可哀想な気も……」
「ま、そのへんは深く考えない方がいい。場合によっては、殺さないと採れないものを指定されることもあるからな」
「そうですね……」
二人はひとまずかんちゃんのクエストを終わらせようと、周りを探し始めた。かんちゃんが目的の草を見つけ、採集を開始する。
その時、ヴェゴーの背中に、悪寒が走った。
「!」
感じたままにヴェゴーは振り返ったが、そこには何もいなかった。
(気のせいか……?)
「どうしたんです?」
「……いや、なんでもねえよ。採集出来た?」
「あ、はい。これで最後です」
「ん、じゃあ今日は帰ろうか。日も陰ってきたし、角はまた今度やるわ」
「? はい、わかりました」
帰り支度をするかんちゃんの隣に立ち、ヴェゴーは周囲に目を配る。ヴェゴーには、さっき感じた悪寒が気のせいだとはどうしても思えなかった。
かんちゃんが採集に使った道具を集めて袋に入れ、背負おうとした時である。
「かんちゃん、フル装備」
「え?」
「いいから。早く」
「あ、はい……」
かんちゃんが左腕のパネルに指を走らせ、来た時と同じ、白銀の全身鎧姿になった。
それと同時に、茂みの向こうから、しゅるしゅると何かがこすれるような音がし始めた。
「……くそ、間に合わなかったか」
「ギルド長?」
「来るぞ。……この山の魔獣が目を覚ましやがった」
「ええっ!?」
「暑かったからな。一時的に冬眠から目が覚めちまったんだろう」
「……どんな魔獣なんですか?」
「見ればわかるさ」
ヴェゴーは音のする方から目を外さずに言った。
「クエストでもねえのについてねえ……。悪いけどかんちゃん、手伝って」
「わ、私ですか!?」
「昨夜ちょっと考えたことがある。かんちゃんなら出来る」
「わ、わかりました……」
「それが出来れば、やつを殺さずに撃退できる。……ほら、出てきた」
「……え、あれは」
「魔獣アンダ。……蛇のバケモノだよ」
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