005 ナン姐さんは伝説のアレでした
今回もナン姐さん大活躍ですw
自警グループ“ししゃも男爵”に脅しとも言える警告を行った後。
パブ“遊び人”ではヴェゴーとかんちゃん、それに女主人ナン=イヤーテは、まったりと雑談に興じていた。
「え、じゃあ、あの“最悪の災厄”を討伐したのって、ギルド長のPTだったんですか!?」
「そうよー、もう10年も前の話だけどねぇ」
「もうその話やめよう? ね?」
興味津々のかんちゃんにニヤニヤしながら昔語りをするナン。その当事者であるヴェゴーは穴がなくても掘り進めて潜り込みたい気分だった。
(自分の昔話で他人が盛り上がるのって、どうしてこう気恥ずかしいんだろう……)
「伝説級の魔獣を討伐するなんて、そんなにすごいのに、どうしてあのギルドに……」
「あ、それはねぇ」
「あー! あー!! あーっ!!」
「……あら、内緒?」
「内緒だよ! 恥ずかしすぎんだろ!! 大体ナン姐さんだっていたじゃねえか!」
「そういえば、ご一緒のPTだっておっしゃってましたね」
「ちょっと、飛び火させるのやめてもらえないかしら? パーティリーダーさん」
「言うなっつの……」
「……え?」
かんちゃんは驚いた顔を見せた。
「え、あれ? えーと……?」
「どしたかんちゃん」
「いえ、学校ではワースト・ディザスタを倒したのは、ギルド協会のゴメス=ウルチ会長の“鉄の猪旅団”っていうパーティーだって教わりましたけど……」
「鉄の猪はうちのパーティ名だよ」
「ゴメぴんはうちのパーティのヒーラーだったのよ。すごいめんどくさがりでね。能力は高いし、言われたことはきっちりやるんだけど、それ以外は一切手を出さないってタイプだったの」
根は真面目なのよね、とナンはため息混じりに呟く。
「なのに協会の会長さんになったんですか……?」
「だからなったんだよ。最悪の災厄を討伐した後にな」
「仕事があればやるんだから、そういう地位を押し付けちゃえばいいじゃないってね」
「で、ついでに英雄って名誉も押し付けたわけだ。そういう地位を不動にするには、名声だって必要になるからな」
「ま、本当のところは、協会の会長なんてほとんどやることないんだけどね。ね、旦那?」
「……下手なやつに頂点に立たれるよりはマシだろ」
「要はツンデレなのよ」
「ツンデレですねぇ……」
「なんだよもう……」
ヴェゴーとナンは、その顔にほんの少しの苦笑を混ぜながら、目の前のジョッキを煽った。
「ま、他にも色々あったのよ」
「色々あったなぁ」
「色々あったんですか……」
ヴェゴーは小さなため息をつく。
「まぁ、やつのことはいいやな。あ、鉄の猪のことは内緒にしといてな? もう解散してるし、それぞれ生活もあるからよ」
「あ、はい」
「……それにしても遅えな」
ヴェゴーは懐から懐中時計を出して見た。ししゃも男爵を呼び出してから小一時間ほどが経っている。
「もうそろそろじゃないかしら? 見捨てるかどうかの話し合いしてー、あの店は夜は美人の女主人が一人で切り盛りしてるから問題ねえ、とか誰かが言い出してー」
「その女主人さんに呼び出されてるんですけど……」
「ヤカラってのは根拠のない変な自信を持ってるからな。多少強かったとしても、女一人くらいどうとでもなるとか思いがちなんだよ」
「能天気ですねぇ……」
「だからヤカラなんだけどねぇ。……あ、来たみたいよ」
ナンの言葉に、ヴェゴーとかんちゃんは耳を澄ます。確かに、この店に入る前よりも喧騒が増している。
「何人いるんですかこれ……」
「下っ端全部引っ張り出してきたんだろうなぁ。20人くらいか?」
「そんなところね。……どうするの? 旦那」
「あの中から残りの4人拾うのはめんどくさいなぁ」
「でも、関係ない人を捕獲するわけにもいきませんよね?」
「まぁな。とはいえここはヤカラ街だ、ヤンチャ坊主の10人や20人、一晩で消えたところでどうってこともないっちゃないが……」
「相変わらず身内以外にはドライよねぇ……。じゃ、とりあえず捕まえちゃう?」
「捕まえちゃおう。……姐さん、頼めるか」
そう言いながらヴェゴーは懐から一枚の紙を取り出した。
そこには「パーティ所属名簿」と書いてある。一番上にはヴェゴーの名前があり、その下には3名分の空欄があった。
「はいはい、……と、これでいいかしら」
「ん。……大丈夫だ。かんちゃんもほれ、書いといてくれ」
「わかりました」
その時、バァンと派手な音を立てて、店の扉が開いた。
ししゃも男爵のメンバー、総勢21人がそこにいた。
「来てやったぞゴルァアアア!!」
「うちの幹部、さっさと返しやがれオラァ!!」
「てめふざけんなてめふざけんなドルァ!!」
やたらと威勢だけは良い啖呵に、かんちゃんは思わず耳をふさいだ。
「あら、いらっしゃい。随分遅かったじゃない?」
「っせーな! 見捨てるかどうかの会議して、このサンチョの野郎が『あの店は夜は美人の女主人が一人で切り盛りしてるから問題ねえッス』とか言い出しやがったから全員で来てやったんだゴルァアアア!!」
「予想のまんまじゃねえか」
「予想のまんまねぇ」
「芸が無いですね」
「んだとオラァ!! 早く返せオラァアア!!」
「てめふざけんなてめふざけんなドルァ!!」
あまりの騒々しさにこめかみを抑えたナンは、店の奥の扉を指さした。
「お仲間は、あの奥よ」
「おっしゃああゴルァ! 行くぞ野郎どもゴルァ!!」
「てめぇら、ただじゃ済まさねえぞオラァ!!」
口々に罵倒しながら、一行は我先にと店の中に入ってくる。
そして、全員が入りきった時だった。
「てめふざけんなてめふざけああああああ!!」
「おああああああ〜〜〜〜っ!!」
「えっ、ひえっひゃあああ〜〜〜〜ぁぁぁ…………」
突然床に巨大な穴がポッカリと開き、ししゃも男爵の面々は全員、地下に落ちていったのであった。
「よっしゃっ」
「へいへーい!」
ハイタッチをしてはしゃぐヴェゴーとナンであったが、かんちゃんの冷ややかな目線に動きを止めた。
「あれ、どしたかんちゃん。へいへーい」
「いや、へいへーいじゃなくて……」
「あぁ、今の? さっきの口と同じ様なものよ?」
「まぁ、それはわかりますけども」
「じゃあ、どうしたの?」
こころなしか、かんちゃんのこめかみがピクピクしている。床の下では魔獣ウリ坊に遊ばれているヤカラ達の叫び声が地獄の様に響いていた。
「対象者以外を捕獲するのは出来ないって言ったじゃないですか! みんな一緒に穴に落としちゃってどーするんですかっ!」
「どーするって……」
「あの中から対象者を選べばいいじゃない? で、要らない子はポイッと」
「殺っちゃうんですか!?」
「物騒なこと言いなさんな。街の外に放り出すだけだよ」
「とりあえず逃げられちゃうと困るでしょう? ……ところで、クライアントはどなた?」
言われてヴェゴーはクエストカードを取り出し、テーブルに並べた。かんちゃんが間髪入れずにカードのロックを解除し、内容を浮き上がらせる。
「……お見事」
「な、すげぇだろ」
「そんなすごいことやってるつもりはないんですけど……」
「事務魔法Sクラスは伊達じゃないわねぇ……。ええと、どれどれ?」
ナンはクエストの表示を流し見た。
「あー……やっぱり」
「どうした?」
「これ」
ナンが指差したのはクライアント欄である。そこには、全て同じ名前が入っていた。
「脚のようなカモシカ……?」
「最近出来た自警団よ。新進気鋭、といえば聞こえはいいけれど」
ナンはうんざりした顔をしながらジョッキを空け、おかわりを注ぐ。
「つまりはあれね、縄張り争い」
「マジか、聞いたことねえから見落としてたぜ……」
「あの、そういえば。ヤカラグループのことを、なんで自警団っていうんですか?」
「本当に自警団だからよ。こんな街で、自分達で自分の居場所を守ろうとする集まり」
「まぁ、平たく言えば地回りのヤクザだ。この街の、ここ以外の店はみんな高いだろ。チェーン店に至るまで」
「そうですね」
かんちゃんが眉を寄せる。そういえばこの街にも、彼女のお気に入りの“髭のおっちゃん”が支店を出していたな、とヴェゴーは思い出した。通常の三倍近いお値段である。
「その上乗せ分は全部自警団への場所代だ。それを支払うことで安全を確保出来る」
「で、そのお店の店員がその自警団だったりすることもあるのよね」
「どういう経済の回し方なんですか……」
「街の半分がヤカラだと、色んなことがおかしくなるのよ」
「うっかり迷い込んだ旅のパーティとか、いいカモだからなぁ」
ヴェゴーは言いながら電話を取り出した。
「? どこに電話ですか?」
「オルカんとこ。……あ、もしもし、ヴェゴーだ。……お前んとこに、ししゃも男爵って自警団関係のクエ出てねえか? ……あーやっぱり。いや、実はよ」
「どういうことです?」
「旦那のとことオルカくんのとこが、潰し合いの片棒担がされたのよ」
「あー、うちに依頼してきた方は新興勢力だから知らなかったんですね。……うちの実態を」
「そういうことね。でもまぁ、旦那がやる気になったんなら、結果的には正解だわ」
「それはどういう……?」
「おう、じゃあな、この件はそっちに任すわ。捕獲はしたから、クエ自体は成功してるしな。じゃ、また近い内によ」
通話を切ったヴェゴーは、自分のジョッキを空にしておかわりを頼みつつ言った。
「あいつらみんな、オルカんとこに転送してくれるか? 向こうでまとめて処理するらしい」
「はいはい、久しぶりだってのに人使いの粗いこと……」
ナンがカウンターの壁に設置された黒板スライドさせると、そこには無数の魔法陣が複雑に絡み合ったボードが現れた。その一部をささっと書き換えると、床の下からたくさんの悲鳴が聞こえてきた。
「おわっ、また床が!」
「ひぃぃぃいいい〜〜っ!!」
「てめふざけんな、てめあああああああ!!」
悲鳴は小さくなり、やがて静寂が訪れた。時折ごふ、ごふと聞こえるのは、魔獣ウリ坊の鼻息である。
「遊び相手がいなくなって寂しいのねぇ」
「ま、とりあえずこれでクエ完了だ。それにしてもあいつら、ちゃんとギルドに報酬払ってくれて良かったぜ」
「とりあえずこれで例のSSクエの準備は出来ますね」
「SSクエ?」
「あ、ばか」
反応したナンをヴェゴーがそっと見る。
ナンはまるで少女のように眼を輝かせ、小鼻をふくらませていた。
「ちょっとかんちゃん、その話くわしく」
「え、ナンさん、どうしたんですか?」
「いいから。くわしく」
「……姐さんな、すげぇ腕のいい魔道士なんだけどな」
「ああ、なら折角だし手伝ってもらえば」
そう提案するかんちゃんの肩にぽん、と手を乗せたヴェゴーは、焦燥を隠せない表情で、歯の間から声を絞り出した。
「……爆炎女帝って聞いたことあるか?」
「ええ、膨大な魔力に任せて、S級の討伐対象を地形丸ごと焦土にしたっていう……まさか」
「どれ、ちょいとお見せなさいよ、あ、こら隠すな……死霊王の討伐、か。……ふっふふふ」
「ナンさん怖い」
「怖いんだよ……」
――――
それからしばらくして、ヴェゴーとかんちゃんはパブ“遊び人”を後にした。
結局ナンは、SS級クエスト“死霊王討伐”で華々しく冒険者に復帰することになったのだった。
「ま、まぁ、とりあえずだ。明日は午後から山に入ってC級採集とB級の狩猟やっちまおう。フィールドワークだからいつもの制服じゃなくていいぞ」
「あ、はい、わかりました。朝からじゃなくていいんですか?」
「足りないものがあったら朝のうちに魔導通信販売で揃えといてくれ。ギルド払いにしちゃっていいから」
「了解しました」
それから程なくして、二人はかんちゃんの住むギルド寮に到着した。寮を使っているものは、今はかんちゃんの他には誰もいない。
「送っていただいてありがとうございました」
「はいよ。じゃあ、また明日な」
「はい。失礼します」
かんちゃんはペコっと頭を下げ、寮に入っていく。それを見届けたヴェゴーは、ギルドの上にある自分の部屋へと足を向けた。
「もうちょっと小ぢんまりとやるつもりだったんだけどなぁ……。ま、いいか」
小さくボヤきながらもつい声が弾んでしまうヴェゴーであった。
次回は、かんちゃんが始めてフィールドワークに出ます!
これからも応援、よろしくお願いしますー!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°