041 爆炎女帝のいいとこどり
バッシュの大剣が、雷鳴のような一撃を振り下ろしてくる。
ヴェゴーがそれを、魔力を纏った腕でいなし、槍のような突きで返す。
その突きを躱しながら体勢を整え、今度は剣をコンパクトに突き出してくる。それを読んだヴェゴーが後ろに飛び退ると、ヴェゴーに刺さるはずだった剣先が、バチバチと稲妻のように放電した。
「……すげ」
「これが、ヴェゴーさんの本気……?」
「これも、よ、かんちゃん」
「どういうことですか?」
「これまでも旦那は本気だったわ。本気でギルドを立て直そうとして、本気でかんちゃんを育てようとして、本気で死霊王の討伐をした。これまでの旦那も、ちゃんと本気だったわよ」
「お言葉ですけど、ナンさん。今のヴェゴーさんは……」
ザマンが思わず反論する。
「あれはねぇ、本気っていうかアレですねぇ。周囲を全く気にしてないですねぇ〜」
「グレイ卿。今の旦那と戦えるかしら?」
「理由があればやりますよぉ〜? でも、無ければ……」
「無ければ?」
「そりゃあ姐さん」
グレイの口調はふざけているが、はりついた笑顔を浮かべるその眼は笑っていなかった。
「そっこぉで逃げますよ〜」
「……これが一対一で良かったわ。この様子だと周りに味方がいたとしても、気が付かないまま巻き込んでぶっ壊すでしょうね」
「あのヴェゴーさんがそこまでする相手なんですか」
「……正体が知りたいところよねぇ」
ナンたちが話している間も、二人の戦いは衰えるところを知らない。
「……くっ」
「……疲れてるみてぇだな。そんな大剣ぶん回してんだから無理もねえ」
「……だまれ」
バッシュの攻撃はシンプル、かつ重量が数十キロもある大剣のメリットを最大限に活かすスタイルだ。
つまり「大振りで速い斬撃、離れたら突撃」である。
さらにその刀身に纏わせている雷属性の魔力が、その攻撃範囲を拡げている。
時にかわし、時にいなしているヴェゴーにも、その影響はゼロではない。
少しずつダメージを溜めているのは確かだった。
だが、それはバッシュにとっても同じである。
彼にとってはその剣を振るうこと自体がダメージとなっているようだった。
「その剣技、どう見てもお前さんのガタイに見合うもんじゃねえ。重力魔法で負荷を減らしている訳でもなさそうだが」
「黙れと言っている」
「加えて雷属性だ。その性質は加速。普通ならただ振り回されて自滅するのが関の山だが……」
バッシュが大上段から振り下ろした剣を、ヴェゴーは片手で受け止めた。
「ぐっ……!」
「答えろ。お前さんその力、一体どこで手に入れた?」
「貴様の知ったことではない……っ!」
「そりゃそうだけどな」
剣を掴むヴェゴーの手に力が入る。
「手間は省きてえんだ。お前さんをやった後、黒幕を調べ直すのは面倒くせぇ。……本当はジータじゃねえんだろ?」
「な、に……?」
「ダーマとの国境で魔法探知に引っかかったのはわざとだ。ジータだと思わせるためのな。でもなきゃ、あんなに分かりやすく反応なんかしねえ。更にここに来るまで、ダーマ中枢の動きが全くねえ。これに気付いた時点で、俺もナン姐さんも内通者を疑ったんだが……」
「……っ」
「気付いちまったんだよなあ。ジータには、有翼人の魔力を使役する必要なんてどこにもねえことにさ。確かにジータは魔力資源に乏しいが」
びき、と小さな金属音がなった。
ヴェゴーが掴む大剣が、彼の重魔力に耐えきれず、ヒビが入った音である。
「その代わりあそこは、蒸気技術が、他の国と比べ物にならないほど発達してる。わざわざ危険を冒してまで他所の国に魔力をぶんどりに行く理由なんてねえんだ」
「なっ……」
「もう一つ。いくら有翼人の魔力が膨大だからっつって、たった一人の待つ魔力は、国家に影響するほどじゃあねえ。もしジータがその気なら、有翼人の住む里を直接侵略してるだろうぜ。……つまり、この件の黒幕は」
「……くそっ」
バッシュが大剣を捨て、後ろに飛ぶ。手を離したことで魔力の切れた大剣は、ヴェゴーの手の中で凄まじい音を上げ、真っ二つに折れた。
その途端、二人を囲っていた魔力の嵐は、何事もなかったかのように消え去っていた。
「退け!」
「了解」
バッシュの一声で後衛の魔道士たちが一斉に呪文を唱え始めた。
残された前衛の兵士たちも、倒れた同僚を引きずりながら魔道士たちの方へ移動を始める。
「瞬間移動魔法かっ」
「任せて」
それまで魔力の嵐に阻まれていたナンが前に出る。
そして左手で魔導書を開き、右手の平を大きく広げ、天に突き上げた。
「逃さないわよ。空間障壁魔法!」
きぃん、と激しい耳鳴りがしたのは最初の一瞬だけだった。
「なっ、なんだ!?」
「発動しない!」
「そんな、あれだけの魔力を封じる障壁など……っ!」
「……やれやれ」
慌てるジータの魔法兵に向かい、仁王立ちのナンは言った。その眼は完全に彼らを見下している。
「わっちを誰だと思ってるのかしら? 爆炎女帝の名は伊達じゃなくてよ?」





