004 ギルド長とかんちゃんは街へ繰り出します
早くも新キャラ登場!
濃いぞ!
ギルドを出たヴェゴーとかんちゃんは、コディラの目抜き通りに出ていた。二人ともギルド職員の制服から着替え、通勤用の私服である。
浅葱色のハーフコートに白い綿のパンツ姿のかんちゃんは、通称“ヤカラ街”とも呼ばれるコディラでは少々浮いている。
正に“掃き溜めに鶴”といった装いだが、これはこのヤカラ街にある職員寮に住むかんちゃんに、ヴェゴーがプレゼントしたものであった。ちなみにこのコートには“見たものが劣情を催して触れるとナニが真ん中で折れる”という強烈な護身魔法が施されている。
逆に、背中にコディラギルドのシンボル、伝説の魔猪“ゴゥディ”をあしらった黒い革ジャケットを着込み、ごついカーゴパンツを履いたヴェゴーは、やけに街に溶け込んでいた。
「ギルド長、どこかアテがあるんですか?」
「ん? ああ、ちょっとな」
「?」
「人探しは、その筋の人間に聞くのが一番だ。まずはそこで情報を手に入れる。この先付き合いもあるだろうから、ついでにかんちゃんにも紹介しようと思ってね」
「はぁ……」
「それに」
今ひとつ状況が飲み込めていない様子のかんちゃんに、ヴェゴーは笑いかけた。
「そこに行けば、ほとんどの人探しクエはクリアも同然だ」
「どういうことですか?」
「行ってみればわかるよ……ほら着いた。あそこがこの街一番の情報屋、ナン=イヤーテの店だ」
目抜き通りのど真ん中。
やたらと悪趣味な看板の並ぶ中、一際大きなその店は、いわゆる冒険者パブと呼ばれる大衆酒場であった。昼はランチをお安く、夜は酒を安く愉しめる。頑強一辺倒な黒鋼の看板には「PUB遊び人 ※ヤカラの入店お断り」と真っ白な塗料で書かれていた。
「あれ、ここ……」
「お、知ってるのか」
「ランチを時々利用しています」
「なるほどな。だったら尚更紹介しておいた方がいいか。ここは、この街で唯一、まともな料金で酒が呑める店だ。夜に来たことは?」
「未成年ですよ」
「そういやそうか。俺はかんちゃんの歳にはもう入り浸ってたがなぁ……」
言いながらヴェゴーが店の扉を空ける。中からは賑やかな喧騒が……と思いきや、しんと静まり返っていた。
「いらっしゃい」
扉の正面奥、カウンターの向こう側から声が掛かった。少しハスキーな、落ち着いた女性の声である。中に入るとそこには、黒いゆったりしたワンピースに身を包む、妖艶な美人が佇んでいた。ゆるいウェーブのかかった背中まで届く長い髪を下ろしている。
ナン=イヤーテ。この店のオーナーである。
「おや、ヴェゴーの旦那、お久しぶりねぇ……あら、かんちゃん?」
「よ、邪魔するぜ」
「こ、こんばんは……」
店内にはカウンターとボックス、奥には宴会用の座敷もある。一人で切り盛りするにはだいぶ広い。
かんちゃんを促しつつカウンターの端に座ったヴェゴーはエールビールを、かんちゃんはミルクセーキを注文した。「はーい」と応えつつオーナーのナンがキッチンに入ると、店内をきょろきょろと眺めるかんちゃんに向かって言った。
「客がいなくてびっくりしたか?」
「え、あ、はい。ランチはいつも一杯なので……」
「ここはヤカラお断りだからな。この街のまともな住人は夜中に出歩いたりはしねえ。だからこの店は、たまにくる普通の冒険者と、無謀にも無理やり入ろうとするヤカラ連中くらいしか、夜は来ねえんだ」
「……なるほど」
「まぁ、ヴェゴーの旦那でギリギリね。それもだいぶ悩んだんだけど」
「おいおい……」
飲み物を用意して戻ってきたナンが話に混ざる。ナンは、エールのジョッキをヴェゴーに、ストローをさしたミルクセーキのグラスをかんちゃんの前に置くと、手元にあった自分のジョッキを手に持った。
「はじめまして、じゃあないけどね。夜の部も、今後共よろしくってことで」
「あ、はい、お願いします」
「お、いいな」
三人のジョッキとグラスを合わせる音が、他には誰もいない店内に小さく響いた。
乾杯の後、おつまみのピーナッツをかんちゃんがポリポリ齧る。
「小動物感……」
「そうそう、この子はこれが可愛いわよねぇ」
「な、なんなんですかお二人とも……」
大人二人の温かい視線を浴びながら、かんちゃんはミルクセーキをずい、と飲んだ。
「……で? 今日はなぁに? わっちに何か御用?」
「あ、ギルド長が情報を手に入れるならここだって」
「……ナンヤテ?」
「?」
「あ、そうか。教えるの忘れてた。……セヤカテ」
「??」
「ちょっと待ってね」
ナンはおもむろに店の入口に向かい、戸締まりをすると足早に戻ってきた。
「“そっち”の話をする時は必ず符牒を使ってね」
「はぁ……」
「話を振るときはナンヤテ。okならセヤカテ、今はダメならセヤケド、だ」
「他に誰もいなくてもやるんですか?」
「美学よ」
「美学だ」
「美学、ですか……」
釈然としない顔のかんちゃんを尻目に、ヴェゴーは持ってきたクエカードをナンに見せた。
「捕獲クエだ。こいつらの居場所を知りたい」
「……あら」
「どした?」
「この人達、みんな同じファミリーよ」
「……まじか」
「ついでに言うと……4人はすぐに会えるわよ」
「……どういうことですか?」
いつの間にか一緒に覗き込んでいたかんちゃんが尋ねる。ナンがそれに応えるように妖艶に微笑むと、かんちゃんは顔を赤くした。
「あら可愛い」
「姐さん、すぐ会えるってなぁどういうことだ?」
「ああ、つい昨日のことなんだけどね? ランチが終わって一休み、って時に、押し入って来たのよ、この子たち」
「命知らずな……」
「えっ!? 大丈夫だったんですか?」
「うん、無事よ? 4人とも」
「いや、そっちじゃなくて……」
ああ、とヴェゴーが声を掛ける。その目は楽しそうに笑っていた。
「かんちゃん、このナン姐さんはな」
「あ、こら、やめなさい」
ニヤニヤするヴェゴーに、ナンは少し慌てながら口を塞ぐ素振りを見せた。
「いいじゃねえか。というより、もう一つの用事に関わるんだ」
「あら、そうなの?」
「あぁ。……ナン姐さんはな、かんちゃん。俺と同じ、元冒険者なんだよ」
「……え?」
「なんなら一緒に組んでたんだぜ」
「懐かしいわねぇ……」
「え? ええ?」
かんちゃんは面白いくらいに動揺していた。
気を落ち着かせようとしたのか、ピーナッツを頻繁に口に運ぶが、開いた口からぽろぽろこぼれている。
「かんちゃん、こぼしてるこぼしてる」
「え、きゃあっ! す、すみません!」
「あ、いいわよ、気にしないで? 床が食べてくれるから」
「え……えええ!?」
こぼれて落ちたピーナッツは、突然床に空いた小さな穴に吸い込まれた。穴は人間の口の様にむにゃむにゃと歪んだ後、跡形もなく消え去った。
「相変わらずのびっくりハウスだなぁ」
「こ、こんなの、お昼はありませんでしたよね!?」
「まぁね、さすがにランチタイムはお客さんびっくりさせちゃうから。夜はね、わっち一人だけだし、助かるのよ、色々と」
ナンはにこにこ微笑みながら、かんちゃんを眺めている。
「ねえ旦那、もう一つの用事ってかんちゃんのことかしら?」
「え?」
「さすがに鋭いな。……まずはこれを見てくれ」
そう言いながらヴェゴーは、かんちゃんの体力測定結果を見せた。その表情は真剣そのものである。
「ちょいと拝見。……んー、ううん……ん!?」
「お、気付いたか」
「ちょっと旦那、これ間違いじゃないの!? 全属性の魔法が使えるって……」
「本当らしい。な、かんちゃん」
「え、あ、はい。でも、そんなに特別なことなんですか?」
「魔道士になって随分経つけど、こんなのは見たことないわね。わっちだって使えない属性はあるし……」
「そうなんですか」
ナンは真剣な眼でかんちゃんを見た。その視線に気付いたかんちゃんもまた、真剣そのものの表情である。
「……いいわ。少し時間は掛かるけど、お付き合いしましょう。あくまでも旦那のサポートとしてね」
「よろしくお願いします」
「頼む。他のことならいざ知らず、魔法についてはあんた以上の人材はいねえ」
「言われて嫌な気はしないわねぇ。ま、お任せなさいな」
「……さて、それで、例の捕獲対象の話だが」
ヴェゴーが話を元に戻すが、その表情はさっきとは打って変わってゆるいものになっていた。
「地下か?」
「簀巻きにして放り込んであるわよー」
「地下、ですか?」
「……これは内緒の話なんだけどね」
ナンがゆったりとした動きでかんちゃんに近づいていく。かんちゃんは一瞬警戒するも、するりと懐に入られてしまった。
ナンは、かんちゃんの耳のそばで、囁くようにえらいことを告白した。
「ご禁制の魔獣をね、地下で飼ってるのよ」
「ひっ!?」
「……あんまり脅かすんじゃねえよ姐さん」
「ふふ、ごめんね。……大丈夫よ、許可は取ってあるから」
「な、何がいるんです……?」
「これ」
言いながらナンは、ヴェゴーの背中を指差した。
そこにはギルドのシンボル、魔猪が刺繍されている。
「もちろんゴゥディじゃないわよ。以前、親からはぐれた魔猪の子を助けたら懐かれちゃってね。魔獣っていってもまだウリ坊だから、水牛くらいの大きさだし、夜は地下で寝かせてるのよ」
その時だった。
ズゥゥ――……ン。
足元の方から何かが響いてきた。
「あら、起きたかしら」
「あーあ、可哀想に」
「いいながらニヤついてますけど」
「あの子、楽しくなると際限なく走り回るからね、ケージで囲ってるんだけど……」
「簀巻きの連中は?」
「ギリギリ届かない高さに吊るしてあるわ。ま、落ちたところで問題はないけれど」
「でも、クエストは捕獲ですよね? 捕まえたところで肉塊じゃ、納得してくれないと思いますけど……」
「大丈夫だよ」
心配するかんちゃんをよそに、ヴェゴーは涼しい顔である。
「猪は草食だからな」
「あぁ、そういえばそうですね」
「あの子、人懐っこいからねぇ、遊んでもらおうと追いかけ回してる感じね、あの音は」
「……で、姐さん。残りの4人も捕まえたいんだが」
「そうね……」
相談されたナンは顎に手を添えしばし考えていたが、やがて、
「ちょっと情報流しましょうか」
言うなり、店のカウンターの壁にある黒板に向かって右手を突き出した。
「情報公開。空間をD倉庫の窓と接続」
ナンの詠唱に合わせ、黒板に魔法陣が浮かび上がる。初めはぼんやりと、やがて鮮烈な光を放つそれが収まった時、黒板の中には、どこか倉庫のような場所が映っていた。
「……なんですか、あれ」
「離れた空間をつなげて情報を流したり手に入れたりする魔法だ。だいぶ特殊な魔法陣を組むらしくてな、これがあるからこそ、コディラ最高の情報屋って呼ばれてる」
「簡単な術式のやつにしたから、黒板に触って話をしない限りこっちの声は聞こえないわ。じゃ、いくわね。……んんっ」
ナンは喉を整えると、黒板に手を触れた。
「自警グループ“ししゃも男爵”に告ぐ。昨日そちらが“遊び人”に派遣した4人は捕まえた。返して欲しければ、次に言うメンバーだけで引き取りにいらっしゃい。もしも切り捨てる場合、拷問及び自白魔法をもってそちらの情報は全ていただくわね。……ナンさんの拷問はきついわよ?」
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