037 ヴェゴーは自由を愛するヤカラ
「おい、そこの馬鹿野郎!」
ヴェゴーが声を張り上げた。
「ひどい!?」
「いいからこっち戻ってこい! 宣戦布告の途中で邪魔しやがって!!」
「えっ!? あ、あれ、私またやっちゃった……?」
「やらかしちゃったわねぇ……」
その様子を見たジータの指揮官は、ここぞとばかりに宣言した。
「見たか! こちらが友好的な交渉を持ちかけているにも関わらず、ダーマの野蛮な冒険者は、問答無用で攻撃を仕掛けてきた! かくなる上は“我が身を護るため”この場にいるジータ軍の総力を以て反撃を開始する!!」
オォーーー! と鬨の声を上げるジータ兵達を前に、ヴェゴーは頭を抱えた。
「このバトルマニアが……」
「えっ? あれっ? あ、あははは?」
「笑ってる場合じゃないでしょ……」
「しょうがねえ! グレイ卿!!」
「……ふ」
ヴェゴーに呼ばれたグレイは一転、禍々しいまでの殺気を身に纏う。
グレイ=ストーク。
かつては“剣鬼”とさえ呼ばれた男である。
「殺してしまっても構わんのだろう?」
「構うから。生け捕りしなさいね」
「死ななきゃいい! 動き止めろ!!」
「承知っ!!」
そう応えたグレイは、腰に差した刀に手をかける。
ジータの軍勢は既に侵攻を開始していた。前衛の大半は既に、会場の敷地に入り込んでいる。
そんな中、グレイは身体をギリギリと捻り、深く被さるように身を縮めると、迫りくるジータを睨んだまま、ニィ、と口角を吊り上げた。
「秘剣・鎌鼬!」
叫ぶと同時に刃が疾走する。抜きざまに大きく横薙ぎに振られた剣から、極限まで薄く鋭く研ぎ澄まされた風属性の魔力が真一文字に放たれた。
「がっ!!」
「あ、ひぃいいっ!!」
重装鎧に身を固めた前衛達の、脚装備だけが綺麗に斬り落ちた。怯んで立ち止まったその瞬間には、既にナンが魔法陣を展開させている。
「炎の壁!」
前衛達の目の前に立ち上った業火の障壁は、ジータ兵の行軍を完全に止めていた。それとほとんど同時に、かんちゃん達がヴェゴーの元に走ってきた。
「ヴェゴーさん!」
「お待たせしまし……うっは、なんすかこれ!」
「おうきたか、かんちゃん、ザマン。……あと、鳥の人?」
「マリンですっ!」
「それで、この状況は……?」
「ん、ちっと待ってな」
ヴェゴーはジータの指揮官の方に向き、声を張り上げた。
「これ以上手荒な対応になるのはこちらの本意ではない! ここから先に入るのは遠慮してもらおうか! これ以上進むってぇことなら、本意ではないが物理的に排除する! 本意ではないが!」
「だいぶ念を押してますね」
「本意なんだろうなぁ、本当は……」
「本音が透けて見えちゃうのが旦那の弱点というか、可愛いところというか」
「排除、排除っ」
「グレイ卿が生き生きしている」
「あ、ほら」
ザマンがジータ軍を指差した。
業火の向こう側、ジータの軍勢を割り、一人の男が前に出た。
「誰か出てきましたよ」
「あれが指揮官だろうな。軍服が偉そうだし」
「ていうか軍服なんすね。もはや隠す気もねえ」
前に出た指揮官らしき男は、ヴェゴー達に向かって高らかに言ったものだ。
「ジータ軍遠征隊長、ウェル=ポンドである! そこにいる有翼族の男を出せ。その者は元々ジータの所有するものである!」
「……ひでぇ」
「所有って……」
ザマン、かんちゃんがショックを受ける一方。
「あ?」
「は?」
「……ぁあ!?」
ヴェゴー達は、静かにキレていた。
「……こいつを所有、つったか?」
「いかにも。その者は我々が捕獲、魔力資源として使役していたものだ。それがいつの間にか逃げ出し、こんな所で冒険者などしているとはな」
「……ここにいるのは誰から聞いた」
「貴様には関係ない」
「人んち来て散々ハネて、関係ねぇとはご挨拶だな。いいから言えよ」
ヴェゴーは必死で怒りに堪えていた。
何よりも自由を重んずる彼にとって、有翼族、つまり亜人を国が“所有する”など言語道断である。しかも、目の届かぬ所での話ならともかく、当の本人は今この場にいて、かつ自分達が保護している形になっているのだ。
それを目の前で奪い去ろうなどと、ヴェゴーにとって到底許せる行為ではなかった。
「関係ないと言っている」
「……そうかよ」
――気が変わった。
そう呟いたヴェゴー、さらにナン、グレイの眼が獰猛な輝きを放つ。
――全員、生かして帰さねえ。
そういう眼であった。
「ヴェ、ヴェゴーさん……」
「マジか、グレイ卿まで……」
「かんちゃん」
「は、はい」
「どっか隠れて眼つぶってろ」
「……え?」
「あんまり見せたくないのよ。これからやるのは捕獲クエストなんかじゃない」
ナンは振り向かず、静かに言葉を紡ぐ。
「……ただの戦争よ」
「……クククッ」
「三人で何が出来る。目標を捕捉した以上、こちらも手加減するつもりはないぞ」
「笑わせんな。てめぇらごときがガチでこようが……」
ヴェゴーは嗤っていた。
獰猛に。そして楽しげに。
「全員返り討ちだ」