034 グレイ卿はスピードジャンキー
審査の時間制限は2分。その間に、簀巻きになっているグレイに攻撃を当てる、または動きを止めればクリアである。
有翼族の青年が挑戦を始めて1分。
「ひいっ! ひゃあっ! いやあああっ!!」
「このっ! あたれっ! しねえええっ!!」
「掛け声が不穏すぎるぅぅぅぅ!!」
青年は魔道士系のようだ。魔力も高いらしく、細かい攻撃魔法を雨あられと撃ち込んでいる。
ほとんど絨毯爆撃みたいな事になっているが、それでもグレイは避け続けていた。
「気持ち悪いくらい身体やわらけえな、グレイ卿」
ヴェゴーは思わず漏らした。人間の骨格として、可動域ギリギリのラインで避けている。それを全身同時に行うあたり、もはや脊椎動物には見えず、軟体動物のような動きになっていた。
「……にしても、そろそろ気づくんじゃねえか?」
これまでの審査では、グレイはここまで激しく避けることをしていない。逆に言えばそこまでしなくても避けられた、余裕があったことになる。
だが、今の動きは。
そこまでヴェゴーが考えた時、席を外したナンから連絡が入った。
“旦那!”
「おう」
“狙いはやっぱりその子よ! ジータが外を囲んでる!”
「了解だ」
観衆に紛れたアンノウンが行動を起こしたのは、ヴェゴーが連絡を切った直後であった。まばらに立ち上がった連中は皆、同じような暗赤色のフード付きのポンチョを被っている。
その数はヴェゴーから見える限りで数十人。
「直前までポンチョ外して一般人ヅラしてやがったか。しかし、こうバラけてるとやりづれぇ……!」
ポンチョ達が一斉にフラッと揺らいだように見えた瞬間、ヴェゴーは叫んでいた。
「ザマン! そいつ守れ!!」
「! はいっ!!」
「グレイ!」
「はーい! ……青年、私の縄切って!」
「え? え?」
「いいから!」
「は、はいっ」
動きを止めたグレイを吊るす縄を、有翼族の青年が魔法で焼き切った。そのまま地面に叩きつけられると思いきや、グレイは身体を捻って回転させ着地する。
「すっげ……」
「まだまだ〜!」
グレイを縛る縄の奥が一瞬光る。
次の瞬間、縄は細切れにちぎれ落ちていた。あらかじめ仕込んでいたナイフで、中から縄を切り落としたのである。
「青年、惜しかったですよ〜。さっきの連撃を避けるため、私は動きの軸を吊るした縄に移しておいたんですよ〜。だから、私が早く動けば動くほど、縄は動きを止めてたんですよね〜。そ・こ・をぉ?」
「……そっか! そしたら縄を切って落とせば良かったんだ!」
「ですです〜」
「グレイ卿! 来るぞ!」
有翼族の青年と談笑するグレイに、ヴェゴーが叫んだ。同時に観衆に紛れたアンノウン達から矢と魔法が撃ち出される。
「おっと。じゃ、話はあとで……」
グレイは受験者たちを庇うように立ち、腰に差した二本の刀、その長い方の柄に手を掛けた。
「ねっ!!」
ヴォオオッと空気がうなりを上げる。
グレイの刀が抜いた軌跡の形に空気を焦がした時には、刀は既に鞘の中に収まっている。
「鎌鼬♪」
焦げた空気は刃となり、襲いくる矢と魔法を次々に撃ち落としていった。
「なっ! 魔力の発動光がない!?」
「なんだ、あの剣士は! ……って、いない!?」
「……おっそい♪」
グレイが叫んだポンチョの懐に入り込んでいた。
「ひ」
「……終わり♪」
言い終わる前に、短い方の刀、脇差がポンチョの喉を貫いていた。
「き、きゃあああああっ!!」
驚いた観衆が悲鳴を上げた時には、グレイの姿ははるか遠い次の標的に迫っている。
「さすがに速えなロケット侍」
感心してるのか呆れているのか分からない声でヴェゴーが呟く。
その時、ここにまだいるはずのない人物の声がした。
「え、ヴェゴーさん……? それにこれは……」
「かんちゃん!? 筆記試験は!?」
「早々に終わったので先に来て見学しようと。……それで、これは」
「かんちゃん」
「は、はい」
「受験生のとこ行って結界張ってくれ」
「え?」
「説明はあとだ。今は急げ」
「……はい!」
ヴェゴーの口調にただならぬものを感じ取ったのか、かんちゃんはそれ以上は何も聞かずに審査会場へ走っていった。
「ザマン! かんちゃんがそっちに行った! 結界作るから観衆を!」
「了解しましたぁっ!!」
「ザマンさん!」
「かっかかかかかんちゃん私服うううう!? かっかかかか」
「かかか?」
「かわえええええええええ!!」
「言ってる場合ですか! ただのシャツとジーンズですよ!!」
受験生の元に着いたかんちゃんは、間髪入れずに結界魔法を五重奏で展開する。
それを見たザマンは、飛ぶように客席に向かった。
「……ザマンの野郎、気が利くじゃねえか」
客席は円形に拡がっている。ザマンはそこを、グレイと逆方向に走り、観衆を誘導する。
ポンチョ達は飛び道具を有翼族の青年に向けている。つまり、グレイが通り過ぎた後の観衆は比較的安全だということになる。
ザマンもそう判断したのだろう、彼はまだグレイが来る前の客席を優先させ、避難誘導しているのである。
「それにしてもあのポンチョ共、観客には見向きもしねえか」
目的以外には一切手を出さず、効率最優先で仕事をこなす。
明らかにその道のプロだな。
そう考えたヴェゴーは、次に動くであろう、外を取り囲むジータ国籍の部隊に向かうために踵を返した。
ヴェゴーの視界の隅では、グレイが高らかに笑いながら次々とポンチョ達を戦闘不能にしていた。
「グレイ卿! 殺すなよー!」
「はぁい、だいじょーぶですよ〜♪ 最初のやつも生きてはいます〜♪」
――やれやれ。
ヴェゴーは最後にもう一度審査会場を見渡した。
かんちゃんが受験生を中心に結界を作り、そこにザマンが観客を誘導する。
その一方でグレイが刺客達を次々に無力化していく。
あの有翼族も、結界の中で観客の受け入れを手伝っている。
――この場はなんとかなるか。
そう判断したヴェゴーは、ナンの待つ会場の外へと足を向けたのだった。
お待たせしました!
これからも応援よろしくおねがいしますー!
次回、ヴェゴーさん久々に大暴れ!