031 ヴェゴーはナンとドライブします
かんちゃんがキョセの街に入った頃。
PUB“遊び人”では、開店準備を進めていた。
ヴェゴーが店に入ると、ナンの声が聞こえてくる。
「いらっしゃい、ごめんなさいねぇ、まだ開店してな……あら、旦那」
「よう、忙しいとこ失礼するよ」
「いいわよー、まだバイトの子達も来てないし」
「……“ナンヤテ”」
「! ……“セヤカテ”」
「朝からすまねえな」
ヴェゴーはそういい、カウンターのスツールに腰を掛けた。カウンターの向こう側から、ナンがコーヒーを差し出す。
礼を言いつつヴェゴーはカップに口を付け、一息ついた。
「今日の試験のことかしら?」
「ん、まぁそんなとこだ」
「あらあら、あのヤンチャでお馴染みのヴェゴーさんも、かんちゃんのことになると随分甘くなるわねぇ」
「からかうんじゃねえよ姐さん。それに、かんちゃんの試験自体の話じゃねえんだ」
「あら、どういうこと?」
そこでヴェゴーは一息つき、ナンを見つめた。それに反応したナンが、わざとらしく両手で頬をおさえ身を捩る。
「やだ照れちゃう」
「そういうのいいから。……“人買い”の情報が欲しい」
「……どういうこと?」
「これはかんちゃんは知らない話なんだがよ」
ヴェゴーは懐からクエストカードを取り出した。カードは真っ黒で、外周に沿って金色の簡単な装飾が施されている。その真ん中にはギルド協会会長、ゴメス=ウルチの刻印である“U”、その上にはダーマ共和国議会の紋章が小さく刻まれている。
ナンはそれを見て、驚きの声を上げた。
「国からの依頼!?」
「ああ。協会会長のゴメスからオルカの所に来たものなんだけどな。そのオルカから今朝早くに、手伝って欲しいと連絡がきた。どうも、今日の昇格試験を狙う旅団がいるらしい。……しかも、ダーマの旅団じゃない」
「外国勢力ってこと? でもそんな情報あったかしら……」
ナンはそう呟きながら壁にかけた黒板に向かうと、右手を上げた。手のひらから紫色に淡く光る魔法陣が現れ、黒板に投影される。
「情報公開。ダーマ所属以外の旅団を検索」
魔法陣の文様が蠢き、やがて魔法陣自体もぐるぐると回転する。文様が確認出来ないほどの速度で回り始めると、その中心に文字が浮かび上がってきた。それは普段ヴェゴー達が使う文字ではなく、楔のような線の組み合わせで書かれている。
「読めねえ」
「古代文字だもの、旦那の頭じゃちょとむりね……あ、これかな」
「今なにげにひどいこと言われた気がする」
「気にすると禿げるわよ。……と、翻訳完了」
「どれ。……怪しげなのが2ついるな」
「片方はジータ王国の旅団、もう片方は不明か。分かりやすいわねえ。どうするの? 一気に不明の方をプチる?」
「プチるってこええな。……いや、不明はダミーだなこれ。ジータの方を叩けば埃くらい出てきそうだ」
ヴェゴーは黒板に浮かび上がる情報を睨み、顎に手を当てながら呟いた。
「不明が本当なら、国境を越える時、識別魔法にひっかかる。そうなれば素性が知れて解除されるまでずっとマークされる。国境線に仕掛けられてるのは所属国の識別しかしない簡単なものだが、その分エラーを起こすことはない」
「だとしたら、この不明さん達はどうするの?」
「可能性としちゃ別働隊だな。ジータの旅団の一部が分化してるってのが一番ありそうな線だ。……だが、偽装にしちゃわざとらしいな」
「撹乱、かしらね」
「だろうな。……姐さん、ちょいと頼まれてくれねえか」
「会場警護?」
「いや」
ヴェゴーはスツールに掛けていた上着を持って立ち上がった。ナンも身支度を整え、昼のバイト達に“本日休業”の連絡を入れる。
「一緒に来て尋問手伝ってくれ。警護の方はもう手配してある」
「あら、早いわね。何人張ってるの?」
「オルカんとこから1人、ウチから1人だ」
「……人選が透けて見えるわね」
「ご想像の通りだと思うぜ。……よし、行こうか」
ヴェゴーとナンは連れ立って外に出た。
店の前には、こじんまりとした魔導車が横付けされている。
「あら、車買ったの?」
「オルカが貸してくれたんだよ。警護役が今朝乗ってきた」
「あわよくばかんちゃんを送っていこうとしたんでしょう」
「透けて視えてるなぁ……」
ヴェゴーは苦笑交じりに乗り込み、魔導エンジンに火を入れた。火属性の魔力を注げばあとは勝手にそれをパワーに変えるシステムだ。
大変便利なものではあるが、便利すぎて簡単に盗まれるため、術者にしか解除できない施錠魔法が掛けられていたりする。
「ちょっと旦那、狭いっていうか車内の空気が薄い」
「ん?」
「もうちょっと大きい車貸してくれないかしらね……。空間のほとんどを旦那のワガママボディが埋めてるんだけど……」
「我慢してくれ。……うし、いくか」
ヴェゴーは車をキョセに向け、エンジンを吹かした。
いつも応援ありがとうございます!
次回の舞台はキョセの街!