022 ヴェゴーはやっぱりギルド長
「おうらあ!」
「……守」
ナンが戦う傍ら、ヴェゴーと鉄ゴーレムの戦いも既に始まっていた。
その後ろに陣取った、ヴーラ=カント博士の乗るドライブゴーレムは動かない。
始まってすぐ、ヴェゴーは直接カント博士の元に行こうとしたが、そこにかつてカタコンベの地下で対戦した鉄ゴーレムが割り込み、彼の行く手を阻んでいた。
「……全く、その忠誠心には頭が下がるね」
「……撃」
「! ったく、しょうがねえなあ!」
鉄ゴーレムの右ストレートがヴェゴーを襲う。威力の高いその一撃を、ヴェゴーはステップで左に躱す。躱しざまに空いた右の脇腹に拳を一発入れるが、ダメージらしいダメージにはなっていない。
無意識に纏っている重力属性の魔力も、相手に届くようなダメージには繋がっていなかった。
(硬えな。連打に持ち込めば或いはと思ったが。……さすがに打撃で仕留めるのは分が悪いか)
打った感触と相手の動きを比べ、ヴェゴーは思案した。
相手は鉄のゴーレム。身長もヴェゴーより頭2つ分は高い。
先の戦闘のために、少ない魔力を温存するつもりだったヴェゴーだが、それではどうにも埒が明かないと感じていた。
「……まぁ、うちには優秀な楽術士もいることだし」
ヴェゴーは一旦両手に持つ二本のナイフを腰に戻すと拳を握り、力を入れた。
握った手のひらから炎がちろちろと漏れる。カタコンベでゴブリンを焼いた爆裂魔法が両手に展開されている。
更に両手を開き、目の前でぱん、と手のひらを打ち合わせ、そのままねじ回す様に回転させた。
左手指は上を向き、右手指が下を向く。
そのまま、ヴェゴーが呪文を詠唱した。
「術式錬成! 超重拳魔法!」
赤く漏れていた光が黒く輝き出す。火属性から重力属性の魔法を錬成したのである。
ヴェゴーの両手のひらには、自身の持つ火と重力の魔法陣が二重に仕込まれている。
片手で発動出来る火属性を用い、合わせた手を捻ることで互いの手のひらの温度を上昇させると、更に奥に刻まれた重力属性の魔法陣が顔を出す。
手のひらの合わせ方で発動する魔法を変えられる仕様である。
魔法を発動させたまま、ヴェゴーは腰のナイフを再び手に持った。黒く輝く重力属性の魔力がナイフに伝播していく。
「ステゴロでも力負けする気はしねえが、ちょいとお前さん硬すぎるんでな。……奥の手その1を使わせてもらう」
前傾姿勢で腰を落とし、脚に力を溜める。鉄ゴーレムが踏み出す一歩目に合わせ、ヴェゴーは懐に飛び込んだ。
「うおおおっ!!」
「……滅」
ゴォン!!
ヴェゴーと鉄ゴーレムの拳がぶつかり、分厚い鉄を打ち付けた様な轟音が大地にまで響く。
ヴェゴーの魔力を伴った重い一撃が、鉄ゴーレムの拳に突き刺さる。それまで全く変化のなかった鋼鉄の拳が、小さくへこんだ。
両者は二発、三発と両手で連撃を繰り出していく。攻めているのはヴェゴーだ。鉄ゴーレムは、彼の拳を遮るように数倍の大きさの拳をヴェゴーの拳にぶち当てている。
――あの時の腕相撲みてぇだな。
ヴェゴーは拳を打ち出しながら、そんなことを思っていた。
どうやらこの鉄ゴーレムの自律回路は、正面からのタイマンがお好みらしい。
そんなことを考えながらヴェゴーは、自分の口角が上がっているのに気付いていた。
それから、もう数十発も打ち合っただろうか。ナンの方は勝負がついた様で、さっきまで彼らを丸ごと覆い尽くしていた炎の壁はすっかり鎮火している。
「おるあっ!」
ヴェゴーの右拳が鉄ゴーレムの左拳を弾いた。同時にゴーレムの指が吹き飛んでいく。
ゴリ押しの力比べで、人間が鋼鉄に打ち勝った瞬間であった。
だが、ゴーレムは止まる気配を見せない。吹き飛んだ指も構わず、そのまま第二ラウンドを仕掛けてきた。
「……の野郎、相当な負けず嫌いだな」
楽しそうにヴェゴーは呟く。
両者合わせて数十発の打ち合いで、クリーンヒットはヴェゴーの一撃だけ。
ここで一旦離れて仕切り直すのも手ではある。
それでもヴェゴーはその勢いにのり、却って間合いを詰めていった。互いの感覚が縮まり、打撃のリズムが早まっていく。回転が上がり、互いに少しずつ攻撃を喰らうようになっていた。ヴェゴーの頭の横からは、かすった拳で出来た擦り傷から血がにじんでいる。
またヴェゴーがゴーレムの拳を弾く。と、今度は同時に更に踏み込み、交差する瞬間に腰関節へ膝を叩き込んだ。
鉄ゴーレムの腰部がくの字に曲がる。ヴェゴーは更に後ろに回り込みつつ、ゴーレムの左腕を自分の腕で抱え込んだ。
(こいつのパワーは大したもんだが、動きは人間とそう変わらねえ。……てことはっ!)
そのままゴーレムの左腕を捻り上げ、更に上に絞る。手首を畳むように極め、更にもう一段階肘関節を絞り上げると、ふいにゴーレムの力が抜けた。
ヴェゴーが、鉄ゴーレムの肘関節を破壊したのである。
「……やっぱりな。腕相撲の時で分かっちゃいたが、こいつ出来が良すぎる。……関節の弱点も人間と一緒だ」
「……破」
「……ふん」
それまで無言でいたカント博士が口を開いた。ヴェゴーは博士のドライブゴーレムの方を振り向き、ゆっくりと歩いていく。
「さすが英雄というところかよ」
「名乗ったことも認めたこともねえな。……で? あんたはどうすんだ……うおっ!?」
急に背後に鋭い殺気を感じたヴェゴーは、本能的に脇に避けた。直後、元いたところに鉄ゴーレムの腕が振り下ろされていた。
「……まだやるってか!」
「……滅」
「穏やかじゃねえなおい!」
片方の腕をぶらりと下げたまま、鉄ゴーレムは滅茶苦茶な動きでヴェゴーに殴りかかってきた。腕を破壊されバランスが崩れているのだろう。それでも明確にヴェゴーを狙ってきている。
(動きがデタラメすぎて対処が追いつかねえ!)
予想のつかない動きにヴェゴーは翻弄されるが、その動きは諸刃の剣でもある。手数が減っている分隙が大きくなるのだ。
それに気づかないヴェゴーではなかった。
「うらぁっ!」
一瞬の隙をついてしゃがんだヴェゴーは、超重拳魔法の効果を脚に集中させた。そのままゴーレムの足元に水面蹴りを入れる。
ゴーレムはそれを受け、バランスを大きく崩していた。
「よしっ!」
すぐさま立ち上がり、前蹴りでゴーレムを引き剥がす。ゴーレムはそのままバランスを失い、轟音と共に尻もちをついた。
(あと一発だ。保ってくれよっ!)
ヴェゴーは超重拳魔法を解き、再び両拳に力を込め、今度は火属性の魔力を練りあげる。魔力が漏れ始めると、今度は手を合わさず、そのままゴーレムに向かって走った。一気に距離を詰めたヴェゴーは、ゴーレムの上に跨るように乗った。
暴れないよう肩口に体重をかけ、顔面を右手で押さえつける。そのまま左手で右手首を掴むと、左手に発生していた魔力が右手に繋がった。朱色の魔力の奔流がヴェゴーの腕全体から伝わり、右手のひらが眩しいほどに輝いていく。
更に濃紺の細い筋のような光が混じり輝きが増す。
ヴェゴー自身の持つ“気”が混じっているのである。
「わりぃな。……熱核溶解魔法!!」
すさまじい勢いでヴェゴーの魔力が鉄ゴーレムに注ぎ込まれていく。それは顔だけでなく、首から内部へと流れ込み、関節のつなぎ目から強烈な魔力光が漏れ出る。
全ての魔力を注ぎ込んだヴェゴーは、すぐさま鉄ゴーレムから飛び退いた。
超高熱となった魔力の奔流がゴーレムの身体を中からドロドロに溶かしながら駆け巡る。
漏れ出た魔力はそのまま真っすぐ空に柱を立てている。紺の網がまとわり付いているようにも見える朱の柱は、やがて細くなり弱くなり、ちろちろとした焚き火の残り火の様にしぼんで消えた。それと同時に紺色の網――ヴェゴーの気もまた、空気に溶けるように消えていった。
「熱核……発生する放射線を気で封じ込めたのか。器用なことを」
「お、さすが学者だな。まぁ腐ってもギルド長だ、職員や所属の冒険者を痛い目に合わせたくはねえんでな」
ヴェゴーは太い笑みを浮かべながら、あらためてカント博士に向き直った。
「次はあんただ、博士。……心配すんな、全員で相手してやるよ」
次回、カントの最期!?
これからも応援よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°