002 かんちゃんは敏腕事務員さん
第二話になります。
次話は明日、その後はちょっとペース考えますw
書き溜めがね……なくってね……_:(´ཀ`」 ∠):
しばらくボーッとしていたかんちゃんだったが、やがて大きめなため息をつくと、おもむろに立ち上がり戸棚から茶器と紅茶を取り出してきた。
「どうしたかんちゃん」
電話を終えたヴェゴーが声を掛けると、かんちゃんは振り向いて言った。
「……処理しきれない出来事が起きたので、とりあえずお茶を飲もうと」
「俺にも淹れて?」
ヴェゴーが飲み干した自分のマグカップをプラプラ見せると、かんちゃんはジト目で、
「嫌です。全く、誰のせいだと……」
と、ぶつぶつ文句を言いながらカップを受け取り、真っ直ぐなセミロングの少し茶色がかった黒髪を、後ろで一つにまとめ、髪留めで留めた。
かんちゃんがとっておきの茶葉を出し、小さな蓋を開けると、芳醇な琥珀色の香りがヴェゴーの鼻にもほのかに届いてくる。
「いい香りだねぇ」
「何を呑気に……」
特に紅茶に詳しい訳ではないというかんちゃんだが、市場に行った時に嗅いだこの香りにハマって、衝動買いしたらしい。香りのおかげで少し元気になったように、かんちゃんは慣れた手つきで二人分の紅茶の準備をしていく。
湯気でくもるのを避けるため眼鏡を外して胸ポケットに入れ、常に沸騰寸前で保温されている魔導ケトルからお湯を注ぐ。
やがて部屋中に紅茶の香りが満ちてくる中、かんちゃんはまだ少しジトる目付きでヴェゴーの分を淹れ、自分のカップにも注いだ。
「……どうぞ」
「ん、ありがと」
お茶請けのクッキーを引き出しから取り出すと、かんちゃんは少しホッとした表情になった。ヴェゴーはそんな様子に苦笑しながら、淹れてもらった紅茶に口をつけている。
「ん、おいし……」
お茶とクッキーに舌鼓を打ちながら、かんちゃんがテーブルに置いた書類の束にちらっと目を向けた。
ヴェゴーから受け取ったクエストカードと、C級冒険者免許証である。
「私が冒険者、ねぇ……」
呟きながらクエストカードを順番に見る。全18件のうち、事務仕事が11件、残りが採集依頼。仕事の内容自体は問題ないことは、ヴェゴーも一応把握している。
かんちゃんはそれをしばらく睨んだ後、
「ま、いいか」
と、開き直ったような表情を見せた。
意外に諦めが早いのもかんちゃんの長所だと、ヴェゴーは思う。この業界、頭の切り替えはとても大事だ。
「今日のうちに事務クエだけやっちゃっとこうかな」
ギルドの発行するクエストカード、それ自体は小さなものだ。片手に収まる程度のカードで、クエスト種別ごとに色分けされている。書かれているのはランク、クエスト番号、そして空欄が1つ。ここにパスワードを入れるとマジックセキュリティが解呪され、詳細がホログラムの様に浮かび上がるようになっていた。
カード自体に魔力があり、パスワードはペンで書けばいいので、本来の使い方としては使用者に魔力が無くても問題はない。だが、魔力、特に事務系の魔法を使えるものには、ちょっとした裏技があった。
「とりあえず採集は置いといてと。……“解呪”」
テーブルに横一列で並べられた黄色いカードに右手をかざし、呪文を唱える。するとかんちゃんの手のひらがポゥ、と淡く輝き始めた。その手をカードの上に滑らせると、カードの空欄にパスワードが浮かび上がり、次々と解呪されていく。
カードから発する黄色い光は、やがてかんちゃんの目線の高さに文字を打ち出した。
「相変わらず手際のいいことで……」
ヴェゴーが呟くが、恐らく今のかんちゃんの耳には入っていない。
お仕事モードになった時のかんちゃんの集中力は、ヴェゴーも舌を巻くほどである。
「……わざわざ依頼するようなもの、なんにもないじゃない。半分は確定申告だし。……もう、こんなの自分でやりなさいよね」
内容を一瞥しながら文句を言うかんちゃんだが、その間も仕事の手は止まらない。カードに圧縮された書類を全て出し、てきぱきと整理して眼の前に並べている。
「……“命令”。共通項目Aを001からナンバリング。以下の文字を同時に入力」
自分の手元にマジックキーボードを出現させる。
“お仕事モード”のかんちゃんの指の動きは、かつて最強冒険者と謳われたヴェゴーですら、中々捉えきれるスピードではない。
「次。共通項目Bを……」
カードを展開してから3分。
事務クエスト11本中6本を仕上げ、かんちゃんが完了のサインを入れる。書類は再び圧縮され、カードに収まり、処理されたカードは光を失った。
「……お見事」
この手の作業はてんで苦手なヴェゴーは、本当に感心した様子で小さく手を叩く。その様子に気を良くしたらしいかんちゃんは、最後のクッキーを口に入れ、サクサクと小気味いい音をたてた。
「残り5本か。もうちょい糖分補給したいところだけど、ちょっと我慢してやっちゃってから食べようかな。……待っててね、“髭のおっちゃん”」
「好きだねぇ……」
“髭のおっちゃん”とはシュークリーム専門店である。カスタードと生クリーム、クッキー生地の絶妙なバランスは、かんちゃんの心を捉えて離さないらしい。先日、暇にまかせて数時間もの間講義を受けたヴェゴーは、食べたこともないのに口の中に味を再現出来るようになっていた。
その“おっちゃん”は今、魔導冷蔵庫の中で出番を心待ちにしているところだ。
「さて、あとは。……商品パンフの校正が2つ、論文のまとめ、感謝の手紙代筆、……え、なにこれ」
ヴェゴーもその内容は知っている。
その一枚には、こう書かれていた。
“コディラのギルド職員のかんちゃんに想いを伝えたいので、好印象になるような恋文の作成をお願いします”
かんちゃんは小さくため息をつくと、テーブルに置かれたメモ帳を1枚破き、そこにペンを走らせた。
「し……ね、と」
「ぉぅ……」
穏やかクールな美少女でおなじみのかんちゃんだが、この手の案件には辛辣である。ちょいちょい届くこの手のクエストが、受注者なしということでかんちゃんに握りつぶされていることをヴェゴーは知っている。
「容赦ねえな、かんちゃん……」
「もう慣れっこです。まったく、こんな小娘相手にしてないでクエストこなしなさいよ……」
その後も次々とクエストをこなし、全11本のC級事務クエストは、ほんの小一時間できっちり片付いていた。
「いや、大したもんだなぁかんちゃん」
「……どこかのギルド長のおかげですよ。書類関係が全部私に回ってくるから、もうすっかり手が憶えちゃいました」
「うんうん、誰だか知らねえけどそのギルド長もやるじゃねえか。素晴らしい才能の開花に一役買うとはなぁ」
「……もういいです」
“おっちゃん”のシュークリームを幸せそうにもきゅもきゅ噛み締めながら、満更でもない顔でかんちゃんが応える。その顔を見たヴェゴーは、つい余計なことを口走る。
「小動物感……」
「……なんか言いました」
「なんでもねえよ」
ヴェゴーは肩をすくめる。
その時だった。
「うぇーい、どもですぅ」
「クエスト貰いにきましたー」
ガサツな仕草でギルドに入ってきた男が四人。
見たところ戦闘特化のパーティのようだ。顔だけ出した全身鎧の戦士、革装備がメインの軽装戦士、てらてらとした素材の黒い布装備の魔道士、わざとらしいくらい聖職者っぽい白のローブをまとった僧侶。
半年程前に他のギルドから移籍してきた、A級冒険者パーティであった。
ちなみに、登録してすぐA級のクエストを受けており、前金を支払ったものの未だ完了報告は来ていない。移籍してきたのも、前のギルドでやらかしたせいであるらしい。
戦闘力だけはあるので、いくつかのクエストをこなした実績でA級まで昇格してはいるが、実質的にはヤカラグループと大差ない。
「今預けてあるクエストはどうした」
「お、ギルド長。いやー、これが中々難航してましてー」
「準備してたら資金が尽きちゃって。でもほら、全額前金で貰う訳にはいかないじゃないですかぁ。だ・か・らぁ」
「別のクエストも受けて、同時にこなすということだ」
「全ては神のお導きです。さぁ、前金……クエストを」
好き勝手なことを言いつつ迫る冒険者たちを、ヴェゴーはばっさりと切り落とした。
「ない」
「は?」
「クエストボード見てみな」
「あれぇ!? クエカードが一枚もないですよぉ?」
「SSクエもなくなっている。……どういうことだ」
「あれ、こんなところにあるじゃないですか」
「あ、それは」
僧侶が、かんちゃんのデスクに置かれたカードを見つけた。無言でカードをかき集め手にする。
「……全部受注済みになってます」
「どれ……全部C級じゃねえか。そんなのはいいから、B級探せ。たしかヤカラ街での捕獲クエがいくつかあったはずだ」
「リーダーも悪いねぇ。いくら生死を問わずったって、カツアゲまでしようってんだからぁ……」
「ボーナスステージだ。勘違いするな」
「で、B級クエはどこにあるんです? ギルド長さん」
「ここだ」
ヴェゴーは手にしていたB級クエストのカード全12枚を見せた。それを見たリーダー格の軽装戦士がカードを奪い取る。
「なんだ、持ってるなら早く言ってくださいよ……って、これも全部受注済み!?」
「……どういうことだ」
「見ての通りだよ。このギルドにあるクエストは全て受注済みだ。ま、そうでなくてもお前らにくれてやるクエストはこの先一件もねえけどな」
「はぁぁ!? 俺たち冒険者がいなきゃ、ギルドなんて何の役にも立たないでしょぉ!? そんな口利いていいと思ってんのぉ!?」
「思ってますよ」
それまで黙っていたかんちゃんが口を挟む。その顔はいつもと変わらないようだが、明らかに怒気を発しているのにヴェゴーは気づいていた。
「遊ぶ金欲しさに前金制度を悪用するような人たちは冒険者とは言えません。ただの犯罪者です」
「可愛い顔していうじゃないかんちゃん。このギルドがクズだのなんだの言われてるのはさぁ、こっちは前んとこにいた時から知ってんのよぉ。そんな偉そうなこと言えた立場かよぉぉ!?」
軽薄な口調で魔道士がかんちゃんに近づく。触れようと手を伸ばした時、その腕はガッチリとヴェゴーに掴まれていた。
「うちの大事な職員に手ぇ出すんじゃねえ」
「ぐっ……ってぇ」
万力のような力で絞め付けられる腕に、魔道士は苦悶の表情を浮かべている。ヴェゴーはそれを意にも介さず、他のメンバーにも聞こえるように大声で宣言した。
「さっき決定したことだが、お前らにも聞かせてやる。以後、冒険者支援ギルドコディラ支部は、全てのクエストの貼り出しを拒否、職員を中心としたパーティで全てを処理する! 文句があるなら表に出ろ!!」
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