013 かんちゃんにファンクラブが出来てました
「かっ、かんちゃんはぁっ、いいいいらっさられろられまするか!」
ヴーラ=カント博士の一件から数日。
それが冒険者ギルド・コディラ支部――通称ヤカラギルド――に現れたのは、ちょうどいい具合に腹も減ってきた頃合い、お昼前のことであった。
ド派手なピンクの半袖ジャケットの袖口からレモンイエローの長袖シャツが覗いている。モノトーンストライプのスリムパンツに足元はピカピカに磨き上げたショートブーツを履き、オレンジの髪を立てた、長身細身の若い男がギルドの入り口でもじもじしていた。
ほぼ大道芸人である。
「……今留守ですが」
「しっ……し、しっつれいしますたぁぁぁぁっ!!」
「あ、ちょっとあんた……いっちまった。めんどくせぇのに絡まれたなぁ、かんちゃんも……」
ぶつぶつと言いながら、ヴェゴーは電話を手に取った。かけた先は冒険者ギルド・ガーネイ支部。
つまり、オルカのところである。
【はいっ、お電話ありがとうございます! 冒険者ギルドガーネイ支部、サイが承りますっ!】
「あ、コディラのヴェゴー=アクツです。……ギルド長おられる?」
【……チッ】
(相変わらず見事な手のひら返しだなぁ……)
ヴェゴーはガーネイ支部の電話番、サイから何故か嫌われていた。
それがサイの、オルカ愛しさ故の嫉妬であることに、ヴェゴーもオルカも気付いていない。
【お待たせしました。……もしかして】
「あぁ、多分だけどな。カミッカミな上に、今いねえって言ったら速攻で出て行っちまった」
【あー……多分彼ですね。派手系のアーチャー装備だったでしょう】
「ああ、あれアーチャー装備なのか。派手だなーとは思ったけど、そこまで気づかなかった。っていうか、アーチャーがあんな目立つ色着てたらだめだろ」
【僕もそう言ってるんですけどねぇ……】
うちの娘を貴様のような男にくれてやるつもりはないっ!
そう激昂する父親の気持ちが、ヴェゴーには少しだけわかった気がした。
【まぁでも出かけてたなら結果オーライですね。今日も姐さんの所ですか?】
「ああ。こないだの一件でな、ちょいと急ぎで仕上げておく必要が出てきたからよ」
【ですね。……それにしても、自律型ゴーレムですか。……錬金術師っていうのは凄いこと考えますねえ】
「だな。昨日の博士もだいぶヤバそうだが、あれはまだこっち側に踏みとどまってた」
【向こうに踏み込んだのが死霊王、ですか】
「そういうことだな。……ところでさっきの派手なアーチャーだが」
【ああ、そうでしたね。プロフィールをついさっき転送しました】
言われてヴェゴーは魔導転送機に目をやる。そこには冒険者の履歴書が1枚、確かに届いていた。
「どれ。……ザマン=フォーミュラ、20歳。若いな……ええと、ん、あいつA級なのか」
【腕は良いんですよ。なにしろ、ここまでほとんどソロで上がってきてますからね】
「え、マジで?」
【だから、止める人がいなかったんですよね……】
「あぁ……」
確かにあの格好でパーティにいるのはだいぶキツい。本人ではなく、メンバーがキツい。
【ちなみに、近接戦闘も結構やりますよ、彼】
「そうなのか」
【ソロでの取り回しがいいからか、普段折り畳み出来るクロスボウを使ってるんですけどね。それが特注で、先端から刃が出るようになってるんです。以前うちの支部内の武闘会で、近接部門のベスト8になったことがあります。遠隔部門では準優勝でした】
「へぇ……」
【……あげませんからね?】
「いや、欲しくはない……ちょっと欲しいけど」
【彼はうちでもエース級の腕ですからね。……それだけに惜しいとも言えますが】
随分とザマンを買ってるな、とヴェゴーは感じていた。
オルカは人当たりがよく、対応も丁寧で、誰にでも紳士的に接するように見えるが、その実かなり辛辣な部分があり、滅多なことでは人を褒めない。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
そういう男であった。
そんな彼が、困り果てながらも評価している。
オルカとはそれなりに付き合いの長いヴェゴーだが、ここまで人を褒めるのを見たことは殆どなかった。
「で、そもそもかんちゃんを見初めたのはいつなんだ? 言ってもそれほどそっちとは接点ねえだろ」
【確かに。僕もそこを聞きたいんですけどね】
電話の向こうで、オルカのため息が聞こえる。
【彼、あれでだいぶシャイでしてね。尋ねる度にだんまり決め込んで、いきなり奇声あげて出ていっちゃうんですよね……】
「ほぼ猿じゃねえか……」
【まぁ、こちらに戻ってくる様なら捕縛して報告します。ヴェゴーさんも、見つけたら檻にでも入れておいてください】
「相変わらず言うことがえげつねえな……」
電話を切った後ヴェゴーは、ザマンとかんちゃんの接点を考えていた。
ガーネイという街は、隣町とはいえコディラとはそれなりに距離がある。用事があって行くのならともかく、少なくともかんちゃんがふらっと出かけるのは考えづらい。かといってあんな格好のやつがギルドにいたら一発で分かる。
となれば。
「……やっぱりあそこしかねえだろうなぁ」
心当たりはあった。
なんならこれからそこに行くつもりであった。
もちろん、PUB“遊び人”である。
ヴェゴーが遊び人に着いた頃は、昼を少し回っていた。
昼時ならばランチの客でごった返し、外に案内待ちの客が数人はいる位の人気店なので、時間を外したのである。
ところが。
「なんだこれ」
もう昼時はとっくに過ぎている。が、外には長蛇の列が伸びていた。
入り口に回り、中を覗く。すると、パンパンにごった返す店内で、かんちゃんがくるくると動き回っていた。
「はい、こちらA定A定B定大盛り、お待たせいたしましたっ!」
「こちら何名様ですか? 4名様。奥のテーブルにご案内いたしますっ!」
「はい、こちらは……10名様、テーブル分かれますがよろしいですか?」
ヴェゴーは小さくため息をつき、行列から離れて裏に回った。
従業員用の入り口だが、ここにも数人、若い男が固まっている。
「ちょいとごめんよ、通しちゃくれねえか」
「なっなんだキミはっ! 順番を守りたまへ!」
「ここの関係者だよ。……あんたらこそ、ここはスタッフの出入り口だぞ」
「そんなこたわかってんだよ! ここなら素のかんちゃんが見られると思ってあばばば」
「……何ぃ?」
「ヒッ」
「うちの店員にちょっかい掛けてもらっちゃ困りますね? お客様。……散れ」
ヴェゴーがほんの少し、凄みを利かせてみせる。
「ヒィッ!」
「す、すみませんでしたぁっ!!」
「ったくよ……」
男たちを散らし、裏口から中に入りつつ、ヴェゴーはボヤいた。
「かんちゃんも大変だよなぁ……邪魔するぜー。……って、みんな店か」
店内の喧騒がバックヤードにまで届いていた。
ランチタイムが終わるまでは誰も来そうにないなと、ヴェゴーは控室のソファにゴロリと横になった。
――――
「……――んな、旦那!」
「んあ……」
「んあ、じゃなくて。起きなさいな」
「……ぉう、寝ちまってたか。いや、すげぇ行列だったからな、こっちで待たせてもらったわ」
「あ、起きましたか。おはようございます、ギルド長」
「ああ、おはよ……んああああ、がっつり寝ちまった」
身体を起こし大きく伸びをする。
「いやしかしすげぇ人だったな。ありゃどういうことだ?」
「かんちゃんのファンクラブよ」
「ファンクラブぅ!?」
「そ。かんちゃんが来て初日のお客さんから情報が流れたらしくてね。次の日からこの有様。他のバイトさん達目当てのお客さんも巻き込んで、なんだかえらいことになっちゃってねぇ。ようやくランチタイムを終わらせて戻ってきたところよ」
「他のバイトは?」
「もう帰りました。……戻ってきたら熊みたいなおっさんがソファで寝てるって」
「ぶふぅっ!」
「え、俺!? そうか、悪いことしたなぁ……」
申し訳なさそうに頭をかくヴェゴーだったが、ふいに顔を上げ、かんちゃんに向かって言った。
「そうだ、かんちゃん」
「なんですか?」
「すげぇド派手な、ピンクジャケットのアーチャー、来なかったか」
「あー……」
「来たわよー、背の高い人でしょ、オレンジ髪のちょっといい男」
「やっぱりか……」
「その方がどうしたんです?」
頭を抱えるヴェゴーにかんちゃんが尋ねた。
「どんな感じだった?」
「どんなって……普通に座って、日替わり定食食べて帰りましたけど」
「なんか異様に緊張してたけど、お客さんだしちゃんと丁寧に対応したわよ?」
「実はな……」
ヴェゴーはかんちゃんとナンに、オルカとの電話で聞いた話を伝えた。
「へぇ、かんちゃんも隅に置けないじゃない」
「……あの人だったんですか、ザマン=フォーミュラさんて」
「ん、知ってんの?」
「……いつも私宛のクエスト依頼してきてた人ですよ」
「あれ、あいつだったのか……」
かんちゃん宛のクエスト。
それは、かんちゃんが冒険者になった日にあった事務クエ“かんちゃんに思いを伝えたい”のことであった。
あの時かんちゃんは返事として、デスクのメモに“しね”と一言書いて送りつけ、クエスト完了していた。
「まぁ、いるだけならいいんだけどな。……今度来たら捕まえといてくれ。クエストじゃねえが、オルカから頼まれた」
「はい、わかりました」
「じゃ、そろそろティータイム開くわね。片付け終わるまでお店閉めてたのよ。かんちゃんもゆっくりでいいから、休憩明けたらホールに出てね」
「はい」
ナンはそう言いながら、ホールの方に出ていった。それを機会に、ヴェゴーもお茶を飲み干し、脱いでいたジャケットを着る。
「じゃ、そういう訳だから。なんかあったら連絡くれな」
「わかりました」
ヴェゴーが帰ろうと腰を上げた時だった。
「旦那ー、ちょっと待ってー」
ホールの方からナンの声がした。
「ん、どうした……あ、お前」
そこには、ナンに首根っこを掴まれたザマンが、床にぺたりと尻をつけていたのだった。
次回はザマンくんの取り調べからスタートですw
これからも応援、よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°